Geschenk



 いつになく少し豪勢な夕食を済ませ、食後のコーヒーを飲んでいたロイエンタールは、ワグナーが持ってきた小さなケーキを見るて眉をひそめた。テーブルに置かれたのは真っ白な生クリームたっぷりのケーキである。同じ添えるにしても、いつもなら自分の好みに合うような物を選ぶワグナーがなぜ、と批難の意味を込めてその顔を見上げると、意味ありげに笑っていた。ワグナーの視線の先には、こちらは気まずそうな顔をするベルゲングリューンがいた。
「私の勝ちですね」
「どうやらそのようですな」
 二人の会話に取り残されたように感じ、ロイエンタールはおもしろくなかった。
「何の話をしているんだ」
 不機嫌な声に、二人のハンスが揃ってロイエンタールを見た。
「閣下、今日がどのような日かお気づきではありませんか?」
 代表してベルゲングリューンが口を開いた。
「今日?」
 ロイエンタールは昨日の出来事や、先日の定例会議の内容や、総督府の行事予定などを思い浮かべてみるが、さし当たり予定のない休日であることくらいしかわからなかった。
「何か大事な予定でもあったか? 今日明日と休めると思っていたが・・・」
 この時間帯からなら、どこかのパーティーか何かだろうか。明日も休みだから今晩はゆっくりと目の前の男と過ごす心づもりだったロイエンタールは、知らず知らず溜息をついていた。
「いえ、何もご予定は入っていないのですが・・・」
 はっきりとものを言わないベルゲングリューンに腹を立て、さらにロイエンタールは不機嫌になった。
「だったら何だというのだ?」
「閣下・・・、今日は何月何日ですか?」
 疑問に疑問で返されて、むっとしながらも、ロイエンタールは壁のカレンダーを確認して答えた。
「今日は10月26日、土曜日だ」



『ハハハハハ! 卿のことだ。そんなことだろうと思っていたよ』
 誕生日おめでとう、とモニターに現れたミッターマイヤーに、ようやく合点がいった先ほどの遣り取りを掻い摘まんで説明すると、まったく卿らしいなあと笑われた。
『卿は俺の誕生日は覚えているのに、自分の誕生日は忘れるのだな』
「当たり前だ、ミッターマイヤー。卿の誕生ほど俺にとって大切な物はないのだぞ」
 二月ほど前に、ミッターマイヤーの誕生日を言祝いだ言葉をもう一度繰り返そうとするロイエンタールを、ミッターマイヤーは遮った。
『待て待て、あのくさい台詞をもう一度言うつもりか?!』
「”くさい”とは失敬な。あれは俺の偽らざる本心からの言葉だ」
『ああ、わかったからもう言うな。今日は卿の誕生日を祝わなければならんのだからな』 
もっともらしい顔を作り諭すように言うミッターマイヤーは、一歳年下のくせにロイエンタールの漁色や言動を窘めてきた、以前の彼の姿を思い出させた。懐かしいその姿は、今二人を隔てる距離と時間をロイエンタールに意識させた。今まで押し殺してきたものが胸の奥底からせり上がってき、二人で過ごせた若き日が、たまらなく愛しく思えた。
『ロイエンタール? どうかしたのか?』
「いや、なんでもない。ただ、久しぶりに二人で酒でも酌み交わしたいと、そんな気持ちになったのでな」
 それだけ言えば、ミッターマイヤーにもロイエンタールの気持ちは通じる。ミッターマイヤーはちょっと切なげな顔を浮かべたが、すぐに持ち前の明るい笑顔で言葉を継いだ。
『機会ならこれからたっぷりとあるさ! 俺たちはまだまだ若いんだからな』
「若い、ね」
『そうだ、まだ34だろ?』
 そういうと、ミッターマイヤーは真顔になり、ロイエンタールに言葉を贈った。
『ロイエンタール、誕生日おめでとう。卿がこの世に生を受けたこの日を心から祝福するよ。互いに重責を担う身になったが、これからもかわらず俺の親友でいてくれ』
 コロコロとよく変わる表情は実にミッターマイヤーらしい。その10年来の親友に、ロイエンタールは答えた。
「ありがとう、ミッターマイヤー」
 再びミッターマイヤーの表情が変わった。今度その顔に浮かんでいるのは驚きの表情だ。
『卿、変わったな。なんというか・・・、素直になった』
 俺は昔から素直な男だったと返すと、それはない、と即答された。


二人で語らい出すと時間を忘れるのは、尉官の頃と変わらない。もうそろそろと、どちらからも言いそびれて、結局1時間近くも回線を繋ぎっぱなしにしてしまった。名残惜しくはあるが、部下たちに聞かれたら赤面ものの下らない会話で、重要なフェザーン・ハイネセン間の回線を塞いでいることもできない。次会うときにはロイエンタールの好きな酒を用意しておくよ、という言葉を最後に通信は切れた。
トントントン、と控えめなノックとともに、ベルゲングリューンが通信室に入ってきた。時計を見ると、ミッターマイヤーがモニターから去ってから20分近く経っていた。
「ああ、少しぼんやりしていたようだ」
座ったまま見上げると、碧の瞳に何かを案じる色を浮かべていた。口を開きかけたベルゲングリューンに、無言でキスをねだると優しく唇を重ねてきた。唇が離れると再び目に入る碧の瞳。何も案じることはないという思いを込めて頷くと、安心したように微笑んだ。
「今日は俺の誕生日だったのだな」
「やはりお忘れでしたか。ワグナー殿との賭けに負けてしまいました」
何を賭けたんだと聞くと、そんなことよりと手を引かれた。


私室の扉を開けると、目に飛び込んできたのは色とりどりのプレゼントの山だった。今日は休日ということもあるが、結婚後初めて迎えるロイエンタールの誕生日を、水入らずで過ごさせてやろうとの、ありがたいレッケンドルフの配慮により、皆贈り物を託けていったのだった。それに、
「総督閣下に贈り物となると、贈賄と見なされないか心配したようです」
込み上げる笑いを抑えて何とか言うと、ロイエンタールは呆れたように、こちらは苦笑いを浮かべて言った。
「こんなことをするのは、艦隊の奴らだろう? 奴らが俺にどのような見返りを求めると言うのだ」
「わかりませんぞ。皆今のポジションに満足はしていますが……」
「何だ? 何か不満があるのか?」
「不満と言えばそうですな。以前より閣下との距離が開いたように感じているようで、皆少々寂しく思っているようです」
「そうだな……」
ベルゲングリューンは机の上の包みを一つ、ロイエンタールに手渡した。
「そんな彼らの気持ちです。お受け取り下さい」
ロイエンタールは細長い包みを開けた。中身はワインだと見当がつく。
「これは……」
ロイエンタールは出てきたボトルをしげしげと見た。銘柄はごくありふれた、少し上等なもの、しかし、それだけでは『贈り物』としては物足りなく思うほどの。
「ああ、そうか。そういうことか」
同じように思案げな顔になっていたベルゲングリューンに、ラベルを指して教えてやった。
「この年、俺はトリスタンを賜った。当時艦に積んでいたのがこのワインだったのだ」
感慨深げなロイエンタールの様子を見、ベルゲングリューンは目を細めた。
「では、彼らの期待に応えて差し上げなくてはなりませんな」
「そうだな」
以前のように宇宙を駆ることはできないかもしれない。しかし、ほんのひとときでもそれが許されるのなら、彼らと共に宇宙に行きたい。
ロイエンタールは次の包みを手にした。これにはレッケンドルフからだとわかるメッセージカードが添えられていた。自己主張が激しいやつだなとベルゲングリューンは思ったが、ロイエンタールからすれば、彼らしいということになるらしい。小振りの箱から出てきたのは何やら宝石のあしらわれた装飾品。だが、人が身につけるにはサイズが小さい。ベルゲングリューンはロイエンタールからそれを受け取って眺めてみたが、一体何に用いるものだか一向にわからなかった。レッケンドルフからのカードに目を通していたロイエンタールが、カードから目をあげて舌鼓を鳴らした。待っていたかのように、レーベンが現れロイエンタールの膝に乗った。
「これはお前のものらしい」
レーベンの首に華奢な金の鎖を掛けると、黒い毛皮によく映えた。
「レッケンドルフはどうして閣下が猫を飼われていることを知ったのでしょうか?」
どうしてだかはわからないが、愛猫がおしゃまに飾った様は、ロイエンタールを喜ばせた。
二人してああだこうだ言いながら、カラフルな包みの中を確認する作業は、ロイエンタールに今まで感じたことのない幼くも心踊るような感動を味わわせた。要不用を問わず、思いのつまった贈り物を前に、ロイエンタールは幸せだった。生涯の伴侶を得て、自分を敬愛してくれる部下に恵まれて、自分の存在を肯定される。ミッターマイヤーの不在を差し引いても、生涯で最高の誕生日だった。


「実は、私からも贈り物があるのですが…」
お気づきのなりませんか、との言葉にロイエンタールはわからいでかと、お気に入りの一人掛けソファーの横を顎で示した。
「この木が、お前からのプレゼントか?」
ベルゲングリューンはソファーの背後からロイエンタールを抱き締めた。
「この木もそうですが、もっとよくご覧ください」
ロイエンタールは今まで視界に入るともなく入っていたその木に正対した。何の変鉄もない鉢植えの木を見た。すぐにその木の中程に光るものを発見した。おそらくはクリスタルでできた、雪の結晶を模したオーメントだ。
「これか……」
ロイエンタールはその溶けることのない雪の結晶を手に、ベルゲングリューンに尋ねた。
「はい」
ベルゲングリューンは、そのオーメントの由来を説明した。
太古の昔、まだ人類が地球の重力に縛られて生きていた頃、毎年一つずつこのようなオーメントを増やしていく慣わしがあったという。毎年一つずつ、大切な人と共に時を過ごした証しに、オーメントを一つずつ増やしていく。
「来年のオーメントは、一緒に買いに行きましょうね」
ああ、と是の返事をしながら、ロイエンタールははたと気づいた。それは、二人にとって重大なことのように思えたので、ロイエンタールはベルゲングリューンの袖を捉えて言った。
「だが、十年も二十年もすれば、この木は屋敷を突き破ってしまうのではないか?」
ベルゲングリューンは、ロイエンタールの言葉を聞いて、とても幸せな気持ちになった。そんな気持ちはおくびにも出さず、持ち前の生真面目さで答えた。
「大きくなれば、この木は庭に植え替えてやりましょう。そして、また新しい木を探して来ましょう」
ああ、そうか、そうだなと、得心のいったロイエンタールを後ろから抱き締めた。ベルゲングリューンは幸せだった。
「何だ? 嬉しそうだな」
返事の代わりに、さらに腕の中の人を強く抱いた。
「お誕生日、おめでとうございます。貴方がこの世にあることを、心から感謝いたします」

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ロイエンタールの誕生日を祝って
「ハイラート・ラプソディー」の二人で。 1日遅れてしまいましたが、ロイエンタールお誕生日おめでとう!大好きな人たちに、この世に生を受けたことを祝って貰ったら、自分の存在を無条件に肯定されたら、ロイエンタールも幸せになれるはず、という思いを込めて。



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