嫉妬(3)



「はあ…」
ファーレンハイトは崩れるように座り込んだ。先程までの煮えくり返るような熱さはすでに去り、今は寒々とした虚しさだけが胸中にあった。
大人げなかったな、とは思う。しかし、自分とロイエンタールの関係を見せつけなければ、自分の存在を主張しなければ自分を保てないような、そんな危うい精神状態だったのだと思う。今でもあの二人がどうしているのかと考えるだけで、いてもたってもいられない焦燥にかられるが、そこは敢えて考えないようにと理性が働く。
「今日は満月だったな」
満月は人の気を狂わせるという。この苛立ちが月のせいなら、明日からは今まで通り、熱い思いを心の奥底に押し込めて、表面上は平静に過ごせるのだろうか。
ファーレンハイトの胸がキリッと痛んだ。
もう、ロイエンタールは自分のもとには戻ってこないかもしれない。月は同じように満ち欠けを繰り返すが、ロイエンタールが同じとは限らない。
ファーレンハイトは両手を目の前にかざした。
溢してしまったのかもしれない、自ら、掌中の珠を………。


四阿で時間を潰し、酔いの回った人たちで盛り上がりを見せるヘルメスベルガーの屋敷を後にした。着せられていた夜会服を脱ぎ、一張羅のスーツに着替えながら、もうここには来ないと決めた。もう十分義理も果たしたし、帝国軍大将として軽々しい振る舞いは慎まなければならない。それに、自分の曝した醜態を思い出したくはなかったから。
車を呼べば人目にたつだろうと、官舎まで小一時間の道のりを歩いて帰ることにした。夜道を一人歩くことなど随分久しぶりのような気がする。少し冷えた夜風は心地よく、ファーレンハイトの乾いた心を慰めるように肌を撫でていった。

「?!」
ファーレンハイトは我が目を疑った。
官舎にたどり着き、いつもの習性でロイエンタールの部屋を見上げたとき、そこに微かな光の揺らぎを見つけたのだ。ほんの一瞬の光景が、平静を取り戻したかに見えていたファーレンハイトの心を、再び波立たせた。
「こちらに戻ってきているのか?」
あのような場面を彼女に見られたのである。ご機嫌とりのためにも、今晩ロイエンタールは彼女の家かホテルで過ごすものと思っていた。それとも、年若い娘のことだ、男と口づけを交わすような男を受け入れられず、別れ話に発展したのだろうか? 自分の領域に女を連れ込むことのないロイエンタールである。どちらにしても、今晩ロイエンタールがこちらに来ていることが信じられなかった。ファーレンハイトは無意識にポケットの中にある、ロイエンタールの部屋の合鍵を確認していた。乾いた心はロイエンタールを欲していた。

本当に戻ってきているのか、半信半疑で呼び鈴のボタンを押した。しばらくたってもインターフォンからは返事はない。ファーレンハイトは合鍵を使って扉を開けた。室内は闇に侵されていた。しかし、ロイエンタールはここにいる。微かな人の気配をファーレンハイトは捉えていた。さらに神経を研ぎ澄ますため、ファーレンハイトは目を閉じた。
ーーパタン
キッチンの方から聞こえる微かな音、おそらく冷蔵庫を閉めた音だ。その後衣擦れの音が移動し、どこかの扉が開閉された。ファーレンハイトは静かに目を開き、暗闇のなかを確かな足取りで音のした方に向かって歩き出した。
寝室の扉の僅かな隙間から柔らかな光が漏れている。ファーレンハイトは音をたてずに扉を開け寝室内に滑り込んだ。
「卿を呼んだ覚えはないぞ」
ミネラルウォーターのボトルをサイドテーブルに置きながら、振り返りもせずロイエンタールは言った。
「こちらにお戻りだとは、思いもしませんでした」
「屋敷にはあれがいるからな・・・・・・」
「・・・・・・」
ロイエンタールは女性を自分の私的な空間に入れることは今までなかったはずだ。それだけ彼女が特別だということなのか。
「閣下…」
「俺は疲れている。今日は卿に用はない、帰れ」
ファーレンハイトは我知らずロイエンタールに詰め寄り、バスローブの帯を解き夜着を手に取った後ろ姿に問い掛けた。
「では、明日は会っていただけるのですか?」
柔らかな光の中に浮かび上がる魅惑的な裸体を晒して、ロイエンタールはこのとき初めてファーレンハイトを振り返り、色の違う両の目でじっと見詰めた。そして、ふっと片側の口角を上げ言った。
「嫉妬か、見苦しいな」
押し隠していたつもりの心の奥底を見透かし嘲るような言葉に、ファーレンハイトは水を浴びせられたように感じた。羞恥と怒りで今まで押さえ込んでいた激情が堰を切ったように溢れ出た。

「ウッ!」
突然鳩尾に走った鋭い痛みに、ファーレンハイトは我に返った。体の下にはバスローブの帯で両手首を縛られたロイエンタールを組み敷いている。
「このようなことをして、許されると思うのなよ」
陸戦の猛者でもあるロイエンタールは、このような状態でも反撃の機会を捉えて肘鉄を食らわせてくる。しかし、体勢的に優位にあるのは自分だ。ファーレンハイトは長く垂れた帯の端を引くと、ベッドヘッドに括りつけた。
「嫉妬に狂う者を、煽ったのは貴方ですよ。貴方を無茶苦茶にしたい・・・」
無茶苦茶にして、自分という存在を、貴方に刻み付けたい。そして、俺から離れられなくしてやる・・・。
青と黒の瞳に怒りの色を滲ませ、ロイエンタールの唇が何かを言おうとした。それを片手で塞ぎ、ファーレンハイトは耳元に口を寄せた。
「何を言っても無駄ですよ。貴方はただ、感じて、喘いでいればいい」

「もう……早く…」
ファーレンハイトに熱く絡み付く腸壁が絶え間なくざわめいている。射精せず上り詰める高みには終わりがなく、これ以上の快感をロイエンタールにわずかに残る理性が拒絶するのだろう。いつもなら、滅多に見られない素直な要求に応えるところだが、今日はこれで終わるつもりはない。
「まだ、です。もっと、もっと気持ちよくなりましょう 」
ファーレンハイトは結合部に手を遣った。ファーレンハイトを受け入れて、大きく口を開いている蕾の縁を撫でた。ピクッと跳ねる体の反応を楽しみながら、優しく語りかけた。
「御存知ですか? ここは慣らせば人の握り拳も受け入れられるそうですよ」
微かにロイエンタールが首を横に振った。
「もちろん、貴方にそんなことは致しません。ですが…」
挿入したままの中心に添って、花弁に中指を潜り込ませ始めると、ハッとロイエンタールが息を吸い、体を強ばらせた。
「力を入れないで。大丈夫、良くして差し上げるだけです」
そのままそろそろと挿入させ、指先が目的の場所に辿り着くと、撫でるように刺激した。同時に奥深くに挿入したままのもので、円を描くように際奥をこねくりまわした。
「はっん…あぁん…んん…ああ!」
感じるところを二点同時に攻められて、ロイエンタールは苦悶にも似た恍惚とした表情をした。僅かに残っていた理性を手放し、今はひたすら与えられる快感に身を委ねているのだろう。日頃は聞かれない甘い嬌声が耳に心地よい。
「いいですよ、閣下、さあ、いけるでしょう? このまま後ろだけでいって下さい」
強すぎる快感に耐えているのか、それとも拒否の意思表示なのか、暗褐色の髪を乱しながら首を振るロイエンタールを、ファーレンハイトはさらに攻め立てた。
「さあ、イッて!」
「ハッ、ア、アァァァ………」
ロイエンタールの熱い白濁がファーレンハイトの腹に迸った。頭を仰け反らして射精の余韻に浸っているロイエンタールの両手を、ベッドヘッドから解放した。両手首を束ねるいましめはそのままに、ファーレンハイトはその両腕の間に首を通した。抱き合うような形になり、ファーレンハイトはロイエンタールに労りのキスをした。
「よくできましたね。ではご褒美を差し上げましょう」
「ああ! やめッ……んん!」
精を放ったばかりのものを握られて、ロイエンタールは身を仰け反らした。いつものようにクールダウンを取らずに、ファーレンハイトは絶頂に向けて、いきっぱなしになっている中をガツガツと腰を使い始めた。手の中のロイエンタールの分身は、再びはち切れそうに脈打っている。
「ウッ!」
「はんっ、あぁ!」
前後して果てた後、ファーレンハイトは脱力したロイエンタールの体を抱き締めた。この溢れんばかりの愛しさを、少しでも伝えたくて顔や首筋にキスをした。繋げたままの体をズルリと引き抜いたとき、漸くロイエンタールが気を失っていることに気づいた。
〈続く〉


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