ハイラート・ラプソディー(1)



1.プロポーズ

「結婚してください、閣下」
 仕事終わりに、ロイエンタールをハイネセンで屈指のレストランに誘いだしたベルゲングリューンは、意を決して思いを伝えた。
「えっ?!」
 空気を読まずに押し掛けてきたレッケンドルフが、目を丸くする。一世一代の告白の場面に、赤の他人が介することが不本意ではあるが、これを逃すと二度とこんな告白、できないかもしれない。
 告白された当の本人は、微酔いの様子で何事が起こったのかとこちらを見ている。酔いの回ったヘテロクロミアは、世の全ての者を魅惑できるだろう。
「閣下、ねえ閣下! プロポーズですよ。お返事はどうなさるんですか?」
 邪魔者でしかないと思っていたレッケンドルフだが、ナイスアシストだ。自分なら、ここで「お返事」をせっつくことなどできなかったに違いない。
「閣下・・・」
 不安気にヘテロクロミアを見つめていると、突然ククッとロイエンタールが笑った。
「まあ、よかろう。俺を退屈させるなよ」
 望んでいた返事とは、微妙にニュアンスが異なるが、諾の返事をもらえたことには違いない。
「あ、ありがとうございます。必ず、閣下を大切にいたします」
「楽しみにしている」
「はっ」
 感極まったベルゲングリューンは、両の拳を握りしめ真っ赤になって震えている。
「わー! おめでとうございます! 結婚式はいつですか? 必ず呼んでくださいね!」
 余韻に浸りながら、レッケンドルフのはしゃぐ声を聞くともなしに聞いていた。



2.エンゲージ

「受け取ってくださいますか?」
 目の前に差し出された小さな箱を、ロイエンタールは見た。何だ? と目だけで問いかけると、これも無言でベルゲングリューンが小箱の蓋を開けた。中からはダイアモンドがあしらわれた指輪が現れた。
「エンゲージ・リングです」
「エンゲージ・・・」
 ロイエンタールは思い出した。先日、同じこの場所で、目の前の男にプロポーズされたことを。そして、それを自分が受けたことも。何だって、男からの、それも常日頃から身近に接している部下からのプロポーズなどを受けたのか、自分で自分が信じられない。あのときは強かに酔ってはいたが、それを理由になかったことにできる雰囲気でもない。それに・・・。
 反逆の嫌疑が晴れてからのこの数ヶ月、ロイエンタールは訳の分からぬ焦燥感に駆られていた。仕事に没頭いているときは感じないが、一人になるとじわじわとロイエンタールを苛んでくる。それが、この男の碧の瞳を見ていると和らぐように思うのは、気のせいだろうかーー。
「指にはめていただくことは、できぬと思いましたので・・・」
 ベルゲングリューンはもう一つ、細長い箱を取り出した。中には指輪と同じ色に輝くシンプルな鎖のネックレス。その鎖を指輪に通し、ベルゲングリューンは立ち上がり、ロイエンタールの背後に回った。
「このようにして、身につけていただけたらと考えたのですが・・・」
 そっとロイエンタールの首にネックレスをかけると、襟口をくつろげ、すとんと中に落とし入れた。金属のひんやりとした感触が、次第に体温に温められ肌に馴染んでくる。 
 それに従って、ベルゲングリューンのあり得べからざる申し出を、不思議にも自然に受け止めている自分を、ロイエンタールは発見した。
ーーおもしろい。俺も、この男も・・・。
 くくくっと小さく笑い、ロイエンタールは背後に立つ己の婚約者たる男に命じた。
「俺を、退屈させるなよ」
 御意という返事の後、ベルゲングリューンは形のよい耳に口を寄せて囁いた。
「前もそうおっしゃっていました」
「そうだったか?」
 振り向くと、至近距離に髭の男の顔があった。見慣れた顔のはずなのに、妙にどきっとした。



3。手順を踏んで

「ベルゲングリューン・・・」
 あれ以降、ロイエンタールの私邸で過ごすことの多くなったベルゲングリューンに、ロイエンタールは迫っていた。
「いけません、閣下」
 ソファーでくつろいでいたベルゲングリューンは、風呂上がりでバスローブを纏っただけという、扇情的な姿のフィアンセの体を、無情にも押しやった。
「ものには、順序というものがございまずぞ」
「順序?」
「はい」
 ベルゲングリューンは、ロイエンタールを隣に座らせて、「順序」について説明した。
「卿は・・・、結婚していたことがあったのか?」
 まじまじとヘテロクロミアで見つめられ、ベルゲングリューンは、心外なとばかりに強く答えた。
「ございません!」
「なら・・・、童貞か?」
 信じられぬとばかりに、見開かれた色違いの瞳に、「婚前交渉」などもってのほかと断じた男は苦笑した。
「この年にもなって、それはありませんぞ」
 ベルゲングリューンは、近くにあったロイエンタールの手を取って、その指先に口づけた。
「あなただからです。あなただから、大切にしたいのです」
 性交渉など、快感が得られる運動程度にしか思ってこなかったロイエンタールにとって、ベルゲングリューンの発想は驚きであり新鮮であった。そして、今までのセックスでは感じたことのない、おだやかな満足感を感じた。
「したくないわけではございませんので、その・・・、あまり誘惑しないでいただきたいのですが・・・」
 手に取った手を握りしめ、それを見つめていたベルゲングリューンには見えなかった。髭の男が頬を染めながらの言葉を聞き、彼の婚約者が何かを企むように浮かべた、いたずらな笑みを。


4.ホウ・レン・ソウ
ワグナー
「ワグナー殿、お話が。その・・・、閣下に結婚の申し込みをして、お許しをいただいたのですが・・・」
 言いよどむベルゲングリューンを、ワグナーは驚きつつも微笑ましく見た。彼が言いにくそうにする理由はわかる。男が男と結婚をするというのだ。それも相手は当家の主人である。普通ならば「なんたることを! 認められない!」と拒絶されても当然の告白であろう。
 しかし、相手は「あの」方なのだ。
 ワグナーは偏に主人の幸せを願っていた。余人が望むべくもない高い地位についていらっしゃる今でも、主人はワグナーの望む「幸せ」を得てはいない。いや、得ていないだけではなく、身近に接するワグナーだからこそ、以前にまして、主人の孤独の色が濃くなったように感じていたのだ。主人を慕う部下は多いが、「それ以外」の人間関係が、ここノイエラントでは存在しない。
 その孤独を癒してくれるのなら・・・。
 ワグナーは直立不動の姿勢で返事を待つ、主人の忠実な片腕の提督を見た。この堅物そうな男が、よもや我が主人に懸想していたなど思いも寄らなかった。だが彼ならワグナーもよく知る人物であるし、主人の幸せを託すことのできる相手でもある。
「それはそれは。おめでとうございます。そして、ありがとうございます」
 思いを込めて頭を下げるワグナーに、「いえいえそんな、こちらこそ」と意味のない言葉をいいながら、膝に頭が付くくらい、深いお辞儀をした。
「お式の日取りはいつになさいます? 結婚後は提督はこちらに住んでいただけるのでしょう? お料理やお招きする方はどうなさいますか?」
 ワグナーの口から矢継ぎ早に飛び出す現実的な先の話に、ベルゲングリューンは幸せをかみしめた。二人の胸の内にだけあったことが、いよいよ現実味を帯びて動き出したのだ。しかし・・・。
 水を得た魚のように思考を巡らし始めたワグナーを見て、ベルゲングリューンは思った。
 退屈していたのは、閣下だけではなかったのだ、と。

レッケンドルフ
「ささやかだが、祝宴をもうけようと思うのだが、来てくれるか?」
「もちろんです!って、結婚式はなさらないのですか?」
「いや、もちろんそれも兼ねてなのだが」
「閣下の副官として申し上げます。うちの閣下を幸せにしてさしあげてください」
「もちろんだ。卿から見ればいろいろと不安があるだろうが、俺は俺の全てを捧げて閣下を幸せにする。約束する」
「はい。ありがとうございます。提督であれば小官に異存はありません。ところで」
「なんだ?」
「結婚式というと、やっぱり閣下はドレスを着られるのですか?」
「はあ?」
「えっ! まさか、提督が!?」
「いやいやいや。それは閣下だろうが、いや! 違うぞ! 卿はまったく、なにを・・・」
「くすくす・・。冗談ですよ。でも、小官には高嶺の花だったのですよ。敬服いたします、提督」

エルスハイマー
「民事長官、お話があるのですが、少々よろしいか?」
 エルスハイマーは、珍しくもない軍事査閲官の訪問を受けた。民事と軍事の連携を密にとること、互いに対立してはならないことは、総督から特に二人の長に厳命されていることである。しかし、今日の訪問が、民事と軍事の連携をはかるためでないことは、エルスハイマーにはわかっていた。
「実は・・・」
「閣下とご結婚なさるそうですね。おめでとうございます」
「えっ?!」
「レッケンドルフ大佐からお聞きしましたよ」
「・・・・・・。おめでとうとおっしゃってくださるのですか?」
 ベルゲングリューンは、ロイエンタールには言っていないが、実は不安があった。それは、この民事長官の反応である。それでなくても、総督たるロイエンタールは帝国軍の元帥であり、総督府全体が軍事色のつよい組織であることは、誰の目にも明らかである。その上に、この度その総督と軍事の長たる自分が結婚しようというのだ。民事の長たるエルスハイマーからみれば、おもしろくないどころか、危険を感じるものであるかもしれない。
「査閲官のご懸念は、わかるつもりです。しかし、心配には及びません。他ならぬ、オスカー・フォン・ロイエンタールという方の人となりを、私もわかっているつもりですから。それに、査閲官も同様です。ですから、私は心からお祝い申し上げているのです。それに・・・」
「それに?」
「ノイエラントの民法では、同性婚は認められたものなのです。法的にもなんら問題ありません」
 ベルゲングリューンは、今まで心に掛かっていた心配ごとが一遍に解消したように、心が軽くなった。
「ところで、本国へはどうなさいますか?」
 エルスハイマーの義兄は、ロイエンタールの僚友ルッツである。悩みは尽きないものだと、ベルゲングリューンはそっとため息をついた。
〈続く〉


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