惜別の朝(2)

 途端に、頬を張られる音と痛みがマイアーを襲った。
「余計なことを言うな。だが、そんなことでは君のルームメイトは逃げないよ。さあ、ロイエンタール。こちらにおいで。君のルームメイトに会わせて上げよう」
 最後はロイエンタールに向き直って声を掛けたフンパーディンクは、ロイエンタールがドアを閉めこちらに歩きだした様子を、満足そうに見つめた。誰にも真似できない典雅な歩みで間近に来たロイエンタールを、マイアーはじっと見つめた。
「・・・ごめん・・・」
 声にならない声を聞き、ロイエンタールはマイアーの傍らに立つ上級生を睨みつけた。
「何が目的だ」
「クククっ」
 フンパーディンクは楽しげに笑った。
「この状況で目的と言えば、”君”しかないだろう? 愛しのオスカー。わたしたちを満足させておくれ」
 後ろ手に締め上げられたまま、マイアーは引き立たせられた。向かった先は旧校舎の奥まったところ、作りからして医務室だった。
「オスカーはこっちだ」
 乱雑に積み上げられたマットレスのある一角に、ロイエンタールは連れて行かれた。少年らしさを残した華奢なロイエンタールを、もう大人の体つきをした上級生4人が取り囲む。
「腕を出すんだ」
「マイアーを解放しろ」
 フンパーディンクの言葉をロイエンタールは全く無視して言った。
「ククッ、それはできないな。彼は見届け人だ」
 男爵は彼の後ろにいる取り巻きに向かって顎をしゃくると、彼らは一斉にロイエンタールに襲いかかった。されるがままに上着をはだけさせられ、剥き出しになった白い肌に、小さな機械を持ったフンパーディンクが近づいた。それが注射器だとは、少し離れたところで、屈強な上級生に取り押さえられていたマイアーにも見て取れた。
「君も楽しめるように、用意させたのだよ」
 ロイエンタールの耳元で、睦言のように囁かれた言葉は、マイアーの耳にも届いた。そして、それが何か、彼らの目的が何かを明確に理解できたマイアーは、我を忘れて叫んだ。
「やめろ! ロイエンタール、逃げるんだ!」
 言葉を言い終えるや否や、マイアーの体は横様に倒れた。
「マイアー! 彼に手出しをするな!」
 ロイエンタールの叫び同時に、右目の上辺りに強烈な痛みが走った。とっさに瞑った目を開けようとするが、右目が開かない、いや、止めどなく流れる血が目に入り開けられないのだ。血を流したまま、マイアーの体を、先ほど一撃を加えた上級生が立ち上がらせ、再び後ろ手に締め上げた。
「ククク」
 フンパーディンクが冷たく笑った。
「お前のような平民が一人死んだところで、誰もなにも思わん。いや、お前がここで死んだなら、立派な殉職者にしてもらえるだろう。名誉なことだ」
「ウッ」
 マイアーに気を取られているロイエンタールに、フンパーディンクは注射器を押し当てた。
「オスカー、彼がどうなるかは君次第だよ」
 痛みに耐えるロイエンタールを恍惚と見下ろしながら、フンパーディンクは取り巻きに命じた。
「可愛がっておあげ。しっかりと解すのだ。痛い思いはさせたくないのだよ。ただし、唇と性器には触れぬよう」

 マイアーの限られた視野には、ロイエンタールの白い裸体と、それに群がる大きな黒い影が蠢くのが見えていた。その傍らに立っているのがフンパーディンクだろう。マイアーは再び声を上げようとは思うものの、頭の痛みと口を覆う手に阻まれて出来なかった。
 フンパーディンクは、触れられないまま立ち上がってきたロイエンタール自身に目を遣り、「もうよい」と取り巻きたちを制止した。息を上げながら上目遣いに睨む金銀妖瞳を満足げに見つめ、首をもたげ始めた花芯を握りしめた。ぴくっと身を震わすロイエンタールに覆い被さり、小さく喘ぐ唇に自らの唇を重ね、口腔内を蹂躙した。
「んっ!」
 下肢を割り、体内に侵入してきた熱い異物に、ロイエンタールは首を仰け反らした。その艶やかな反応に、挿入を果たしたフンパーディンクと、ロイエンタールの体を押さえ、その様子を欲情した目で見つめる上級生は息を飲んだ。
「可愛いよ、オスカー。もっと乱れておくれ」
 高く両足を掲げられ、繰り返し身を貫かれ、噛み殺し損ねた甘い喘ぎ声が漏れる。その光景を、その声を、淫らな水音を、受け入れたくなくて、マイアーは目を耳を塞ぎたかったが、腕を逆手にねじ上げられ果たせない。背後からも、荒い息づかいが聞こえる。
「薬が効いてきたな。これからだよ、オスカー・・・」
「うんっ、あぁあ!」
 一際奥を激しく突き上げられ、ロイエンタールは絶頂を迎えた。前後してフンパーディンクも精を吐き出したらしい。
「いい、いいぞ、オスカー。もっと楽しませてくれ」

 室内は完全に闇に覆われてしまった。漏れ入る街頭の明かりが、仄かに室内の淫靡な惨状を浮かび上がらせている。マイアーは痛みと、それに勝る精神的苦痛のために、遠のきそうになる意識を引き留めるのに必死だった。
「もう・・・止めてくれ・・・」
 両手で頭を抱えたマイアーは、床にうずくまったまま動かなかった。しばらくして、彼は自分に起こった異変に、ようやく気づいた。
 先ほどまで自分を拘束していた上級生の姿がない。恐る恐る左目を凝らして見ると、今ロイエンタールにのし掛かっているのが、彼らしい。微かなうめき声を漏らすロイエンタールに、己の欲の塊を突き入れ、夢中になって腰を振っている。
 マイアーは静かに立ち上がった。そして、放置されたままの回転椅子を抱え、力一杯放り投げた。

 ガシャン!!

 大きな音を立て、窓ガラスが割れた。回転椅子はそのまま外に飛び落ちた。
「くそっ! 貴様!」
 一斉にマイアーを振り返った上級生たちは、次の瞬間に色を失った。

<続く>


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