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 その日、ロイエンタールは建設中の軍港ターミナルの視察に来ていた。久しぶりにデスクワークから解放され、春の訪れを感じさせる日差しの中を歩く上官が、ことのほか上機嫌であることを、付き従うベルゲングリューンは感じ取っていた。本来ならば、このような場には副官が随行する。しかし、この日はレッケンドルフは別の仕事に掛かりきりになっていた。そして、随行できないことを悔しがる副官を後目に、ベルゲングリューンはこれ幸いにと随行を申し出たのであった。
「ベルゲングリューン提督、お尋ねの件ですが」
 軍港で働く士官が彼に声をかけてきた。その回答を耳にして、彼は短く返答し、前を行く上官の元に駆け寄った。
「閣下、トリスタンが訓練から戻ってきているようです」
「そうか」
 彼の耳には、その上官の声が喜色を帯びていることがわかる。ベルゲングリューンは頭の中で上官の予定を変更した。すなわち、この後直帰すべきところを、トリスタンに立ち寄ることにしたのである。何が彼の上官を喜ばせるか、ベルゲングリューンはよく心得ていたし、また、彼の愛してやまない人の喜ぶ姿は、彼にとってもこの上ない喜びをもたらすのだった。

 案の定、トリスタンに立ち寄る旨を告げると、ロイエンタールは部下の手配に満足そうに頷いた。
 トリスタンは主の帰還を、総員で出迎えた。居並ぶ乗組員の前を行くロイエンタールの一分の隙もない優美な姿を、ベルゲングリューンは充足感をもって見つめていた。今この場にロイエンタールを立たせ、彼と彼の部下たちに喜びを与えたのは自分であると、ベルゲングリューンはてらうことなく思っていた。
 艦橋に足を踏み入れたロイエンタールは、指揮シートに腰掛けながら艦長と言葉を交わしている。それは、この訓練航海の成果であったり、これから試みてみたい戦術への対応であったりした。ベルゲングリューンは思う。自分がお仕えするこの方は、生粋の軍人であると。元帥閣下から回されてくる書類を見ると、元帥閣下は彼の上官に行政官としての資質を見いだしておられるらしい。確かに、我が上官は何をさせても平均以上の成果をお上げになる方だと思う。しかし、ロイエンタールが自らの居場所と認めているのは、この旗艦トリスタンの艦橋に他ならない。ベルゲングリューンは、ここで艦隊を指揮するロイエンタールが一番美しいと思った。そして、その隣に着き従う自らの姿を夢想し、血肉が沸き立つような高揚感を覚えるのであった。

「この近くに、昔ミッターマイヤーとよく行った店があったはずだ。そこで食事をして帰ろう」
 気をよくしたロイエンタールは、ベルゲングリューンを夕食に誘った。もちろん彼に否やはない。若き日の双璧が通った店で、美味い料理とワインを堪能し、店を出たことにはすっかり日も暮れ、春の陽気の気配も消え去ってしまっていた。
「少々寒くなって参りました。外套をお持ちすればよかったですな」
 鍛え抜かれた軍人であるロイエンタールが、この程度の寒さで体調を崩すとは考えられないが、それでも彼は愛しい上官を寒気にさらすことが忍びなかった。レッケンドルフなら気を回して用意しておいたのだろうなと、一人落ち込んでいるところへ、ロイエンタールの声が降ってきた。
「卿にそのようなことを期待してはおらぬよ。卿は卿にしか出来ぬことをしておればよい」
 そして、ほれっと、上着のポケットから革手袋を出して見せた。
「レッケンドルフはレッケンドルフにしか出来ぬことをする。それでいい」
 手袋をはめながら一人ごちるように言うロイエンタールを、ベルゲングリューンは恍惚と見た。軍人として、上に立つものとして、希有な資質を持つこの方を上官に持つことを、彼は誇りに思った。そして、自分にとって命より大切なこの方を、切ないくらいに愛おしく感じた。 
「御意」
 返す言葉が、かすかに震えた。

 大通りに面したパーキングに入れていた地上車を、自動運転で動かした。目的地はロイエンタールの官舎である。ロイエンタールを後部シートに座らせ、自らはそれと斜めに向かい合う、いつもの位置に腰を落ち着けた。しばらくして車内が暖まってきたところで、ロイエンタールの手が、手袋をつけたままであることに気づいた。
「閣下」
 身を滑らせるようにロイエンタールの正面に座りなおしたベルゲングリューンは、徐ろに上官の手を取った。そして、指の一本一本を丁寧に外すようにし、右手から手袋を取り去った。同じように左手からも手袋を外した。そして、名残惜しげに裸になった指先を握りしめた。
 左手を手首に添えて、右手でロイエンタールの指を小指から順に、根本から揉みしだくように握りしめる。親指まで来ると、次は手のひらを指先で擽るように撫でた。そして、両手で包み込むように握りしめ、そっとロイエンタールを伺った。無表情で彼を見返す金銀妖瞳に、微かな欲情の炎がともっているように思えた。ベルゲングリューンは、握りしめた手に顔を近づけ、唇と舌で丹念に愛撫した。指先をくわえて吸い上げ、指のまたを舌先で擽り、唇で指の腹を柔らかく挟み、手首の内側まで舌を這わせた。
 左手をベルゲングリューンに預け、されるがままにしていたロイエンタールの口から、微かな吐息が漏れた。
「閣下・・・よろしいのですか?」
 ベルゲングリューンはロイエンタールの隣に移動して問うた。返答の代わりに、誘うかのように薄く開いた唇に、彼は貪りついた。彼が体重をかけたので、ロイエンタールの体はシートに深く沈み込んだ。その上官に覆い被さるようにして口を吸うベルゲングリューンの首に、ロイエンタールは両腕を絡めた。舌を吸いあう淫媚な音と熱い溜息だけが、車内を埋め尽くした。
「はっ・・・」
 互いの膨れ上がった熱をスラックス越しに擦り合わせると、体の下の上官の体の震えが伝わってきた。ベルゲングリューンはたまらずロイエンタールのベルトに手を掛けた。
「ベルゲングリューン」
 濡れた唇から鋭い声が発せられた。普段からの習性でベルゲングリューンは「はっ」と返答する。
「ここでは駄目だ。官舎まで待て」
 確かに車内でことに及ぶなどと外聞をはばかることを、ことこの上官にさせるわけにはいかない。しかし、と、ベルゲングリューンは自分の状態を振り返った。ロイエンタールの官舎まで、ここからまだ小一時間はかかる。こんな扇情的な愛しい人を前に、こんなに熱くなった身体をもって、一時間も何もせず過ごすなど、出来そうにない。
  
 ベルゲングリューンは、熱気に曇った窓を手で拭い外の景色を見た。闇に沈みながらも、彼には見慣れた景色がそこにはあった。彼は、股間に集まった血液をどうにか頭に戻し考えた。そして、様々な選択肢を検討した結果、これしかないという答えを導き出した。
「閣下、お願いがございます」
「何だ」
 のしかかったままの彼を、上目遣いで見上げるロイエンタールを、今の彼は直視できない。再び手を取り、その甲に口づけした。
「小官宅へお越しねがえませんか? ここから、そう遠くありませんので」
 今彼らの乗った地上車が走る幹線道路から、少し脇には行ったところにベルゲングリューンの官舎はあった。
 普段と異なり、妙に上擦った声を出す部下をロイエンタールはおもしろそうに見つめていた。今自分がお預けを食らわせた男がどのような状態なのか、同じ性を持つものとして彼には手に取るようにわかる。そして、それは自分も同じだった。
「よかろう、俺を卿の家へ連れて行け」
「御意」
 返答するや否や、ベルゲングリューンは猛スピードで自動運転の設定を変更した。そして、彼の命ともいうべき人をひしっと抱きしめた。

「閣下・・・」
 愛してやまない美しい人がいる。それだけで、この殺風景な寝室が、なんと豪奢に感じることか。いつもは一人で寝ているシングルベッドに、ロイエンタールを組み敷いていることが、にわかには信じられなかった。
「どうした、しないのか?」
 ロイエンタールは、瞠目したまま動かないベルゲングリューンを、からかうように言った。その声に我に返った彼が、
「いえ、いたします」
と律儀に答えるのを聞き、クククっと喉の奥で笑った。その僅かに上下した喉仏に、ベルゲングリューンは食らいついた。そして、ブラウスの釦を外し、露わになった白い肌に唇を這わせる。ベルトを抜き取り下着ごとスラックスを脱がせると、鎌首を擡げているロイエンタールの欲情の証を口に含んだ。
 唇で、舌で、指先で、全身全霊で、ベルゲングリューンはロイエンタールを愛撫する。彼にとって、ロイエンタールの喜びこそが我が喜びであり、彼の人にすべてを捧げ尽くすことが、彼の生き甲斐であった。少しの苦痛も与えぬよう十二分に解したそこに己をあてがうと、難なく進入を果たせた。ロイエンタールの良いところを探るように腰を動かした。
「はっ、・・っあぁ」
 ロイエンタールの息づかいが速まり、甘い喘ぎ声があがる。普段の超然とした冷ややかな佇まいからは想像も出来ない妖艶な姿に、我を忘れて無茶苦茶に突き上げたい思いが駆られるが、そこをぐっと耐え、より強い快感を与えるためだけに徹した。
 熱い吐息を吐き出す、形の良い唇に誘われて、ベルゲングリューンは覆い被さるように口づけた。白い両腕が彼の背中に回され強く抱きしめられる。下半身の動きに同調するように、舌で口腔内を舐め尽くした。されるがままになっていたロイエンタールの腕に力が籠もり、抱きしめる体温が一段と熱くなった。来るな、とわかった彼は唇を離すと、ロイエンタールは小さな叫び声を上げて仰け反った。彼は二人の間で揉みくちゃになっていたロイエンタールの男根を握りしめた。
「閣下、愛しています」
 ロイエンタールが絶頂の上り詰めるのに合わせて、抽挿と手の動きを激しくした。
「やめっ・・・・ベルゲン・・グリューン、・・あああっ!」
 強すぎる刺激から逃れるように、身体をくねらせていたロイエンタールの動きが止まり、全身を強ばらせた。浅く激しい呼吸と震える身体が、愛しい人が高みに上り詰めたことを伝えてくる。同時に、熱い鞘に締め付けられたベルゲングリューンも痺れるような快感とともに、この上ない解放感と充足感を味わっていた。
 脱力したロイエンタールに、口づけの雨を降らせ、湧いても湧いても尽きることのない愛しさを伝え続けた。

 ふと目を覚まし、情交の後そのまま寝入ってしまったことに気づいた。狭いベッドで愛しい人は背を向けて眠っている。時計を見るとすでに1時を回ろうとしていた。
「閣下、お起きください。ご自宅にお送り致します」
 声をかけても起きる様子のないロイエンタールに、手を掛けて揺すった。
「んん・・」
 薄らと目を開けたロイエンタールは、不機嫌な色を金銀妖瞳に湛えて睨み返し、再び目を閉じようとする。
「閣下!」
 ベルゲングリューンの声を遮るかのように、上掛けを目の上まで引き上げた上官を見て、彼はほうっと息をついた。
ーーま、いいか。明日は休みだし・・・。
 上官を部下の家から朝帰りさせることに、大いに気は咎めていたが、愛しい人を腕に抱いて眠る誘惑に負けてしまった。抱き寄せたロイエンタールの身体は、しっとりと汗ばんでいてその温もりが心地よかった。項に顔を埋めるようにし、幸福感を噛みしめながらベルゲングリューンも眠りに落ちていった。

<了>
 



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