友だちのキス(5)



3 Kuss der Sanktion(2)

 ミッターマイヤーは勝手知ったる他人の部屋で、ワインセラーやキャビネットから上等な酒を取り出し、リビングに運び出した。そのボトルをロイエンタールはじっと見つめ、数本元に戻した。せっかくだから上等な酒を飲みたいと思っていたミッターマイヤーは不満顔だ。
「級友との再会だろう? とっておきを出してもいいんじゃないか?」
「・・・あいつらに、酒の善し悪しはわからん。良い酒を飲ませるだけ無駄だ」
 依然として仏頂面のロイエンタールに、何が気に入らないんだとミッターマイヤーは首を傾げた。
 
 18時30分かっきりに、ワーレンとビッテンフェルトはロイエンタールの官舎を訪れた。彼らは両手にたくさんの荷物を抱えていた。
「お前のことだ。どうせ酒はあるが食いもんはないんじゃないかと思ってな」
 どうやら二人は近くのレストランでテイクアウトできるものを持てるだけ持ってきたようだ。そんな二人を、ロイエンタールはゲンナリと、ミッターマイヤーは喜々として出迎えた。
 ミッターマイヤーは持ち前の気安さで、すぐに二人と打ち解けた。そして級友二人は、彼とロイエンタールとの馴れ初めを聞きたがった。
「480年、イゼルローンというと、あの決闘事件のあとか?!」
「ああ、女を取り合って3人と決闘したんだってな。で、降格になって・・・、それで、これか・・・」
 ワーレンは、あの事件がなければ上級大将か、まかり間違えば元帥にでもなっていたかもしれない級友を、改めてまじまじと見た。
 それまで、頑なに口を閉じ、ひたすら酒を飲んでいたロイエンタールが、この時初めて口を開いた。
「誰が女を取り合って決闘などするか」
「「「違うのか?!」」」
 3人は巷に流布していた噂の真実を、本人の口から聞きたがった。
「俺は、お前が伯爵令嬢を取り合って3人の男と決闘をしたと聞いたぞ」
 ビッテンフェルトが息巻いて言うと、ワーレンも、
「ああ、俺はそれを聞いたとき、ロイエンタールも真っ当な男になったものだと、感慨深く思ったものだ」
と続けた。俺は真っ当ではないと言いたい口振りだなと呟き、酒を煽ったロイエンタールは、当時のことを簡潔に振り返った。
「結婚しろとうるさいから女を振ったら、女の求婚者が決闘を申し込んできたのだ」
「・・・?・・・俺は頭が悪いのか? 何のことやらさっぱりわからん」
 ビッテンフェルトは心底理解できぬといった表情をした。
「お前の頭が悪いのもあるだろうがな、俺にも奴等の行動がわからなかった。空き家になったなら誰かが入ればいいだけのこと。出ていった者を責めるなどお門違いも甚だしい」
「・・・・・・」
 ミッターマイヤーは、親友の同期生二人をそっと見た。彼らは親友の女癖の悪さと、その背景にある蟠りを知っているのだろうか、と。
「俺はわかるぞ! お前をぶん殴りたいという奴らの気持ちに、今俺は激しく同調する!!」
 いきなり拳を握りしめ、大声でいきり立ったビッテンフェルトを、ワーレンは押さえ込み、苦笑いして言った。
「そうだな。そして、お姫様を傷つけた悪者を退治して、自分を売り込もうとしたのだろう。ま、騎士道精神といえんこともないが・・・。しかし、それで降格とは、ちと厳しくないか?」
「ふん、女が上官の娘だったからだろう」
「「「・・・」」」
 三人は口には出さないが、上官の娘に手を出した挙げ句に、弄んで捨てるお前はどうかしてるぞ、と顔に書いてロイエンタールを見つめた。
「しかし・・・」
 ミッターマイヤーは遠くを見るような目つきをしていった。
「そのお陰で俺と卿は出会えたのだな」
「ああ、そうだな」
 ロイエンタールはその晩初めてニッと笑った。その様子をビッテンフェルトは少しおもしろくなさそうに、ワーレンは微笑ましく見ていた。
 結局、ロイエンタールが口を開いたのは、そのとき、自分の名誉を守るためだけであって、あとは始終憮然として、一人黙々と酒を飲んでいた。

 テーブルの上に広げていた食べ物も、大方ミッターマイヤーとビッテンフェルトの胃袋に収まり、空になったボトルがここかしこに転がっている。皆いい感じに酔いが回り、今日知り合ったばかりのミッターマイヤーもまるで旧知の仲であるかのようにその場に馴染んでいた。
 士官学校時代のイタズラや失敗や武勇伝を面白おかしく話すビッテンフェルトと、ここぞというタイミングで一言加えるワーレンの話術にすっかりはまったミッターマイヤーは、腹がよじれて痛くなると文句をつけた。ふと、あまりに静かすぎる親友を見遣ると、不機嫌な表情のまま同級生たちを睨んでいた。金銀妖瞳が据わっているところを見ると、一人でかなりの酒量を飲んでいたようだ。自分もそうとうきていると自覚しながら、ロイエンタールの肩に腕を回し、自分の方へ抱き寄せた。
「おい、何をいつまでも拗ねているんだ。気に入らんことがあるならはっきり言えよ」
 親友にだけ聞こえるように、耳元で囁いたつもりだったが、酔っぱらいの声は響くらしい。
「そうだぞ、ロイエンタール! 何でも話すと約束したろう?」
 ビッテンフェルトはワーレンを押し退け、ロイエンタールの隣にぴたりと座った。
「約束・・・」
 そうだ、覚えているだろうと、胸を張るビッテンフェルトに、ロイエンタールはピクリと片眉を上げ、地獄の底から響くかの声で答えた。
「ならば言うが、卿らは俺に謝らねばならぬことがあるだろう」
「へ?!」
 素っ頓狂な声を上げ、ビッテンフェルトは固まった。そして恐る恐る口を開き、思い当たる悪事の数々を謝罪した。しかし、そのどれもがロイエンタールの言う「謝らねばならぬこと」ではなかった。
「うーむ、お前のパンツを間違って履いていたこと、でもないか・・・」
 ビッテンフェルトは腕組みをし、うーんうーんと唸り続けた。その様子をおもしろそうに眺めるワーレンに冷たい一瞥を加えてから、ロイエンタールはビッテンフェルトと向かい合った。
「これを覚えているか」
 ロイエンタールはビッテンフェルトの肩に両腕を回した。そして体を預けるように寄りかかり、徐ろに口づけした。突然のことに、万歳の体勢で固まってしまったビッテンフェルトに、ロイエンタールは巧みなキスを仕掛けていく。目の前のあまりの光景にこちらもフリーズしていたミッターマイヤーだが、親友の口元と顎の動きから深い口づけをしていることに気づき、慌てて親友の体をビッテンフェルトから引き剥がした。
「なにをしてるんだ!」
 ミッターマイヤーの驚きと困惑の混ざった言葉に、手の甲で口元を拭ったロイエンタールは、冷ややかな声で答えた。
「何って、『友達のキス』だろう? な?」
 ミッターマイヤーの脳裏に、6年前のイゼルローンでの
出来事が甦った。
「あの、お前の言っていた同級生って、卿らのことだったのか! ん? 卿ら?」
 ミッターマイヤーの視線の先には、非常に気まずい顔をしたワーレンがいた。どういうことだ? という思いで振り返ると、金銀妖瞳を妖しく光らせたロイエンタールが、ニンマリと笑っていた。
「お、お、俺は・・・」
 ジリジリと後ずさるワーレンに、未だ茫然自失の状態のままのビッテンフェルトを押し退け、宛然とロイエンタールは迫った。
「そうだ。卿にもしてやらんとなあ。なあ? ワーレン」 今やロイエンタールの下敷きにされていたビッテンフェルトが突如彼を跳ね退け起きあがった。
「なにぃ?! お前もロイエンタールとキスしてたのか?!」
 ワイシャツの首元を締めあげ、ガクガク揺するビッテンフェルトにワーレンは苦しい声を絞り出した。
「お前なぁ、あんな嘘、誰の協力もなく、ばれないとでも思っていたのか?」
「ううっ」
 ワーレンは力の緩んだところを見計らい、首もとの手を払いのけた。
「そうだ。俺だってあいつにとっては友達だったわけだし。それにな」
 ビッテンフェルトに弾き飛ばされ、どこかにぶつけたのか、それとも過ごしすぎたアルコールのためか、今はミッターマイヤーの腕の中に収まり、大人しくなっているロイエンタールを指さして、言葉を続けた。
「あんな、あんなかわいい顔でキスをねだられて、断れるはずないだろうが!」
 その言葉で、ハッと何かに気づいた二人は、信じられぬものを見る目でミッターマイヤーを見た。
「卿、もしや・・・」
 ミッターマイヤーは腕の中のロイエンタールの乱れた髪を撫でつけてやっていた。
「んん? ああ、確かに、あのロイエンタールはかわいかったが、かといって、嘘はいかんぞ、卿ら」
 穏やかに微笑むミッターマイヤーを、まるで未確認生命体を発見したかのような驚きで、二人は見つめた。そして、この年下の僚友に対して、今まで感じたことのないほどの畏怖と尊敬の念を抱いた。
「ロイエンタールは酔い潰れてしまったようだ。俺はこいつをベッドに運んで寝ようと思うが、卿らはどうする?」
 客間ならあっちに、と教えようとするミッターマイヤーを止め、二人は退散することにした。
「あいつら、どんな関係なんだ・・・」
 地上車に乗り合わせて、どちらからともなく口にした。その彼らが真に親友であることを知るまで、まだ少し時間が必要だった。

 

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