友だちのキス(4)



3 Kuss der Sanktion(1)

 帝国歴487年3月19日、ローエングラム元帥府が開設され、元帥府直属の艦隊司令官が初めて一堂に会した。

 ロイエンタールはその中に見知った顔を見つけたが、目があった途端に、しっぽを振って駆けだしそうな素振りを見せた士官学校時代の同級生から、視線を逸らしてそしらぬ顔をした。視界の端に顔を真っ赤にして憤慨している姿を捉えながらも、普段の1.5倍ほど冷たい顔をして無視をきめこんだ。猪突猛進しか能のない奴がなぜここにいるのか、ローエングラム閣下も物好きなと腹の中で吐き捨てていると、わき腹をつつかれた。
 ミッターマイヤーは先ほどまで珍しく楽しげにしていた親友の突然の変わりように呆れていた。「これからは俺たちの時代だ」とか、「いい働き場所を得られるぞ」とか、いつになく熱の籠もった言葉を口にしていたのはどこのどいつだ。気まぐれなところがあるとは思っていたが、このような公の、それもめでたい場所において、それを発揮する奴があるか。彼は肘ですぐ隣にあるわき腹をつつき、小声でたしなめた。
「おい、そんな不景気な顔するなよ」
「不景気? 失礼な。俺はいつもこんな顔だ」
 嘘をつけ、卿のデフォルトは左の口角を少し上げた、人を小馬鹿にした顔だろうに。何に臍を曲げているのかはわからないが、ここで口論をするわけにもいかないので、冷静に言い聞かせる。
「いいから、その眉間の皺はやめろ。物騒でしかたがない」
 
 これは既視感だろうか。
 ワーレンは重厚な扉の隙間から目に飛び込んできた光景に思わず足を止めた。いや、既視感でもなんでもない。あの取り澄ました美しい顔と、あの感情を露わにしたオレンジ色の頭は、数年前は毎日のように見ていた取り合わせだった。ふーっと大きく息を付くと、彼は状況を確認した。つんっとそっぽを向いたロイエンタールの隣では、小柄な金髪の将官が何やら話しかけている。奴から暴発することはなさそうだ。ならば、俺はビッテンフェルトを宥めるか、と、もう一度大きくため息を付いてワーレンは昔のクラスメイトの元に歩み寄った。
「おい、ビッテンフェルト、久しぶりだな」
「ん? おお! ワーレンか! なんだ、卿も召集されていたのか」
「ああ、以前元帥閣下の下で働いたことがあってな。それが縁でお声を掛けていただいた」
 卿は? と尋ねながら、どうやら危機的な状況は回避できたようだと胸をなで下ろした。
「俺か? 俺は自分から売り込んだのだ!」
 そうか・・・。元帥閣下も、それはそれは煩わしかっただろうと、新しく自らの上官になる年若い元帥に同情を覚えた。
 
 式典はミッターマイヤーとワーレンの心配をよそに、恙無く厳粛に執り行われた。ラインハルト・フォン・ローエングラムという歴史の改革者のもとに集ったのは、当時の帝国軍の先鋭の指揮官たちであった。彼らの胸はこれから始まる新しい時代を思い高揚していた。
 式典も終わり元帥閣下が退出し、諸提督もそれぞれ新たに与えられた執務室へと去っていった。4人の例外を除いて。

「おい、ロイエンタール! お前、俺のこと分かっていて無視しているだろう!」
 怒気の帯びた声で親友を呼び止めた人物とその連れをミッターマイヤーは興味深げに見た。イゼルローンで出会ってから、つかず離れずロイエンタールのことを見てきたが、ついぞ出会い頭に彼を「ロイエンタール」と呼び捨てにする者に出会ったことがなかったからだ。それが今目の前にいる。この自分のことは多く語らない親友の、過去を知っている人物に違いないと見当をつけた。そして、グレーの瞳に興味津々の光を宿して目の前の二人を見つめた。
「おい、ビッテンフェルト。久しぶりにあったっていうのにそんな挨拶の仕方があるか。ロイエンタールもそんな顔で睨んじゃいかん」
「俺はいつもこの顔だが」
「お前ら・・・」
 つんと取り澄ました金銀妖瞳と、再び怒りだしそうなオレンジ頭の間で、貫禄のある赤銅色の髪の男は大きく嘆息して言った。
「いい年をして、士官学校のガキのようなことを言う奴があるか!」
 胆からのドスの利いた声に、子供じみたと非難された2人は、さらにふてくされた顔になった。
 あっ、と、ミッターマイヤーは目を輝かせた。
「卿ら、士官学校の同期生か!」
 うむと無言で頷くロイエンタールに、ビッテンフェルトはすかさず訂正を入れる。
「違う! 俺たちは、1年生から卒業するまで、ずっと同じクラスだったんだ!」
 なのに何だよその態度は・・・、とぶつぶつと言う1年年上の男たちに、ミッターマイヤーはある提案をした。いや、正確には通達であったが。
「そうか! 俺はミッターマイヤー、ロイエンタールの友人だ。久しぶりの再会で積もる話もあるだろう。再会を祝して今晩飲もうじゃないか。場所は、そうだな、卿の官舎でいいよな。では1830に!」
 ああ、楽しみだな!と言わんばかりの様子で去っていった親友を、呆然とロイエンタールは見送った。その様子をワーレンはにやにやと見ていた。
「卿を尻に敷くとは、またエライ友人を持ったもんだな」 ビッテンフェルトはというと、まるで旋風のように去っていったミッターマイヤーを、ぽかんと口を開けてまだ見送っている。
「別に、尻に敷かれてなどおらん」 
 憮然とした面もちで呟いたロイエンンタールは、じゃあなと手を挙げて、ミッターマイヤーの後を追うように歩きだそうとした。
「おっと待った!」
 後ろから恐ろしい力で腕をとらえられた。
「卿の官舎の場所を教えてもらわねばな。今晩1830なんだろ?」
 チッと舌打ちをして、ロイエンタールはしぶしぶ振り向いた。
 
 その日は、新しく与えられた執務室の準備くらいしかする事もなく、ミッターマイヤーは定時に執務室を後にした。その足でロイエンタールの執務室を覗きにいくと、既に室内は整えられ、艦隊司令官室としての機能を果たし始めていた。奥の部屋でコンピュータの設定を行っていたロイエンタールを、無理矢理デスクから引き剥がし、ともに帰宅の途についた。
 道すがら、ミッターマイヤーはちらちらと、少し高い位置にある彼の親友の顔を見た。この尊大で傲岸で不遜で有能で優美で貴族的で、冷笑癖と自嘲癖のあるこの男にも、当たり前だが学生時代があったのだと思うと、なんだかくすぐったいような気持ちになる。あの昼間の二人は、感じからしてロイエンタールとかなり親しかった様子であった。これはきっと、いい話が聞けるに違いない。ミッターマイヤーは親友に抱きつくようにして、彼の官舎になだれ込んだ。

〈続く〉


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