友だちのキス(1)



1 友達のキス

 ロイエンタールとミッターマイヤーが連れ立って歩いていた。自他共に親しい友人と認められてから間もない頃である。時間が合わず共に酒を酌み交わすことのない夜を何度過ごしただろう。今晩の二人は空白の時間を埋めるかのような親密な時間を過ごした。満ち足りた気持ちで、微酔いの体を寄せあい夜道を歩く。町の灯りや夜空の星星が滲んでとても美しかった。
「ああ、そうだ」
 ロイエンタールがふと足を止め、ミッターマイヤーに向き直った。ミッターマイヤーもつられて立ち止まると、その両肩に彼の友人が手を掛けてきた。そして優しく引き寄せられると同時に、美しい友の顔が間近に迫まり、そのまま口付けされていた。身動きできずされるがままになっていると、触れるだけだった唇が動き始め、次第に親密な口付けへと変わっていった。脳髄が痺れるような感覚から抜け出したミッターマイヤーは、慌てて密着していた友の体を引きはがした。
「ロロロロロロ、ロイエンタール!ななな何をするんだ!!」
 顔に血が上っているのを自覚しながら、ロイエンタールの顔を上目遣いに睨みつけ、ミッターマイヤーは悲しいかな、この行為がいたずらでもからかいでもないことを悟ってしまった。感情を表すことの滅多にない友が、その希有な美貌に穏やかな微笑みをたたえている。この微笑みが向けられるのは、この宇宙広しと雖も自分一人だと思えば、すべてを許してしまいそうにはなるが、行為が行為だ。これは是非とも問いたださねばと、ミッターマイヤーは弛みそうになる頬を無理に引き締めた。
「何って、キスだろ」
「それはわかっている。なぜキスするんだ」
「なぜって、友達だからだろ?」
 ロイエンタールの表情が陰り始めたのを見て、ミッターマイヤーはまた友が要らぬ勘違いをしようとしていることに気づいた。
「そうじゃなくて、と、友達だからって、キスするものか」
「しないのか」
 ロイエンタールもまた理解してしまった。彼は聡明な男である。さらに、彼の友人は彼の少ない常識を補ってくれる、彼にとっていわば常識の窓だと認識している。その友が困った顔をして自分を見上げている。これは、自分の行為は、一般的な常識から外れたものだということに他ならない。
 金銀妖瞳を見開いて、彼としては精一杯の驚愕を表していたロイエンタールの表情が、徐々に怒りの色を帯び出した。そして、「ああ」とか「うう」などのうめき声の合間に、
「くそ、あいつ等め」
という言葉が混ざるのをミッターマイヤーは聞き逃さなかった。
「なあ、ロイエンタール。俺でよければ話してみないか?」
 ミッターマイヤーは、背の高い友の肩を抱くようにして、通りのベンチに誘った。




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