温泉に行こう!(3)



さて、時は移ろいいよいよ新年会当日。午前中で仕事を業務を終えたロイエンタール艦隊一同は、浮き立つ気持ちを隠しもせず元帥府を後にした。会場である温泉宿は、静かな山里にあるらしく、そんなところに、きらびやかな帝国軍の将官が軍服で大勢押し掛けては迷惑だろうということで、私服に着替えていくようにと、閣下からのご下命があった。
 一番の功労者でもあるレッケンドルフは、今は幹事かツーリストの担当者だ。数日前から宿屋と綿密な打ち合わせを行ってきた。レッケンドルフの悩みは2点にまで絞られた。閣下を雑魚寝させてもよいものかということと、閣下の艶やかな裸体を誰にも触れさせたくないーーつまり、いわゆる裸の付き合いというものをどう回避するかである。物理的な問題で、閣下に個室をご用意することはできないが、こちらは移動式の衝立とやらがあるそうで、とりあえずはプライベートスペースは確保できそうだ。風呂の方は、自分が上手く立ち回る他はない。そう腹をくくって、一足先に温泉宿に向かった。

 ロイエンタールはベルゲングリューンの運転する車で現れた。女将さんに迎えられ、コートを脱いだロイエンタールは、白シャツにローケージのカーディガンという寛いだ装いで、釦を一つだけ外した襟元にレッケンドルフの胸はザワザワと騒いだ。
「ようこそお出でくださいました。ロイエンタール閣下におこしいただけるとお聞きして、仲居どもはみなほんまに楽しみにしたいたんですよ」
 鞄を受け取りながらハッとしたレッケンドルフは左右を見回した。自分たちの時より迎えの仲居さんの数は格段に増えてはいるが、みな慎ましげに控えている。女将の教育が行き届いているようで、ロイエンタールに不埒な行為をするような者はいなさそうだ。
 女将に先導されて離れへ向かう。
「うちは、温泉も引いておりますが、もとは料亭でございまして、お部屋の数も限られております。今晩も、母屋のほうも満室でございまして、閣下にはご不自由をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「いや、気にすることはない。繁盛していて結構なことではないか」
 前を歩く二人の会話を聞き、レッケンドルフは再びハッとした。他の客!そこに女はいるのか? 懸念材料が増え、げっそりする彼の耳に再び2人の会話が届く。
「はい、おかげさんで。でもようございました。今日のお泊まりのお客様はみな男の方でいらっしゃるので。女の方が見えられていましたら、そりゃもう大騒ぎでございましたでしょうねぇ」
「ん・・・」
 そこはロイエンタールも自覚するところがあるのか口ごもっている。しかし、そうか!女はいない。ほっと胸をなで下ろした。
 離れに案内し終えた女将は、ロイエンタールに風呂をすすめた。一間続きになった大部屋に、先に到着していた面々はいない。ということは・・・。
「女将さん、ちょっといいですか?」
 部屋に入っていったロイエンタールの死角になる場所に女将を招き寄せた。

 ロイエンタールを今日は使われることのない女風呂に案内し、レッケンドルフはほおっと大きく息をついた。懸念事項の一つが無事解消されたのだ。今頃男風呂の方は提督方で芋洗いの如くなっているだろう。黒色槍騎兵艦隊に比べるべくもないが、ロイエンタール艦隊の提督方も軍人である。それも気心の知れた死線を共にくぐり抜けてきた仲間との裸のつきあいとなれば、少々、いやかなり羽目を外しているに違いない。そんな中に閣下を放り込むことなど許されることではない。閣下にはゆっくりと湯と情緒を堪能していただきたいものだ。できれば、女風呂の前で見張りに立っていたいところだが、幹事であるレッケンドルフにはまだまだすべきことがあった。後ろ髪引かれる思いで宴会場である離れの大広間へ向かった。

 席の配置や酒の種類など仲居頭と打ち合わせをしていると、浴衣姿の提督方がぞくぞくと集まってきた。
「閣下は?」
 そこに姿のないことを不審に思ったのだろう、ベルゲングリューンが聞いてきた。
「今、風呂にご案内しました」
「ん? お会いしなかったぞ」
「ええ、女風呂は今日は使わないということでしたので、そちらの方に」
「そうか・・・」
 髭に覆われてベルゲングリューンの表情はよくわからない。ここはあえて安堵の表情と受け取っておこうとレッケンドルフは思った。
「卿も入ればよかったのに。気持ちいいぞ」
「ありがとうございます。ですが、しなければならないことがありましたので」
「そうか、卿は大変だな。しかし、着替えだけでもしてこい。そんな格好をしているのは卿だけだぞ」
 言われて周りを見ると、スーツの上着は脱いだもののネクタイを締めている自分は、まさしく添乗員である。折角の新年会なんだもの、自分も輪の中に入りたい。後は頼もしげな仲居頭にお願いし、レッケンドルフは着替えることにした。

 大広間に戻ってみると、もう皆揃っているようであった。レッケンドルフは一番下座に着こうとすると、上座の方から彼を呼ぶ声がした。
「おーい、卿の席はここだぞ!」
 バウトハウザーの指し示す先は、ロイエンタールの隣の空席だった。余りの上の席に戸惑っていると、
「今回の一番の功労者は卿だからな。閣下の隣を空けておいたんだよ。遠慮するな」
近くにいたシュラーがその理由を教えてくれた。一番の上座はもちろんロイエンタール。次席はさすがに幕僚長が占めているが、その隣にはバウトハウザーが座っている。なるほど功績順という訳か、と理解できた。並み居る提督方を差し置いてと思わないでもなかったが、ここは言葉に甘えてしまおうと腹を据えた。

<続く>


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