Feuerwerk



  大晦日の夜、ロイエンタールは暖炉の前のソファーに腰掛け、本を片手にワインを嗜んでいた。そばには乳兄弟で今はロイエンタール家の顧問弁護士兼会計士でもあるハンス・マリウス・ワグナーがおり、今年経済界で起こった事件などを聞かせていた。
 22時を過ぎた頃、ロイエンタールの携帯端末が鳴った。気づかない振りを決め込む主人にハンスは端末を手渡した。渋々の体で着信表示を見ると、副官のレッケンドルフであった。こんな夜分に何事かと不審に思い通話ボタンを押した。
 
 その一時間前。レッケンドルフは何の前触れもなく思いがけない人物の来訪を受けていた。
「これは・・・、ファーレンハイト閣下。それにミュラー閣下も・・・、いかがいたしましたか?」
 軍服を着ていない両閣下は、いつもより若く見えて何だか面はゆい感じがする。
「卿に命じる。俺たちにつき合え。どうせ一人で寂しく過ごしているんだろう?」
 一人で寂しくは余計だが、特に予定もないし、悲しいかな、縦社会において上級者からの命令にいかなる時も従わないなんてことは考えられない。5分やるから支度をしろと言われ、急いで用意をし外に出てみると2人は何やら大量の荷物を抱えている。レッケンドルフは今はがらくた入れになっているラジオ・フライヤーを引っ張りだした。
「お、気が利くな。さすが優秀な副官殿だな」
 ファーレンハイトの軽口を聞き流しながら荷物を受け取り、ラジオ・フライヤーに積み替えた。シャンパン、ワインその他酒類とプラスチックのコップ、そして多量の打ち上げ花火。
「まさか、Feuerwerkをされるおつもりですか?」
「そうさ!Silvesterの正しい過ごし方だろう?」
「しかし、なぜ小官を・・・」
「それだ!もうひとり、ここにお招きしたいのだが、頼めるよな?レッケンドルフ少佐!」
 両肩を捕まれ、レッケンドルフは呻いた。
「まさか、もうひとりって・・・」
「そう、ロイエンタール閣下だ!頼むぞ、すべて卿にかかっているんだ」

「ロイエンタールだ、何の用だ」
 明らかに不機嫌な声だ。まさか、女性と過ごされているのではと確認すると、
「今は屋敷にいる」
と素っ気ない返事だ。ローエンタールは女性を自宅に連れ帰ることはないので、なら安心とこれからの予定を聞いてみた。
「何の用なんだ」
 更に不機嫌の度合いを増した返事があった。思わず携帯を耳から離すとファーレンハイトがそれを横から奪い取った。そしてレッケンドルフの声色を真似て、
「軍務ではありませんが、今からお迎えに上がります。お支度されて15分後外においでください」
と用件だけ伝え、通話を切ってしまった。あの閣下になんて言い方をしてくれたのだと抗議をしたが、これくらい強引な方がいんだとファーレンハイトは余裕の笑みを浮かべた。

「いったい何なんだ!」
 腹立たしさを露わに携帯を睨み付けていると、一度部屋を出ていったハンスが戻ってきた。その手にはロイエンタールの外出の用意があった。
「さあ、オスカー様、早くご用意を。皆さん、もう来られるのでしょう?」
「何だお前まで。こんな夜分に何故出かけねばならぬ」
 訳も分からずイライラと怒っているロイエンタールの背に構わずハンスはコートを着せかける。
「こんな夜分だからですよ。今日はSilvesterですから」
「大晦日がなんだって言うんだ」
 されるがままにコートを着てしまったロイエンタールは、それからかっきり15分後、屋敷を訪れた顔ぶれに驚いた。
「ファーレンハイト・・・卿の企みか。ミュラーまで」
 レッケンドルフの背後に隠れるように立っていたミュラーを見つけてロイエンタールは呆れたように言った。
「今朝、スーパーで偶然ファーレンハイト提督にお会いして、こんな楽しいこと久しぶりですので、無理を言って参加させてもらいました」
「楽しいこと?」
「さあさあ、時間もありません。早速参りましょう!」
 ファーレンハイトはロイエンタールの肩を抱くようにして出立を促した。
「はい、オスカー様、気を付けて行ってらっしゃいまし」
 ロイエンタールは何が何やら分からぬまま、妙に嬉しそうなハンスに見送られて屋敷を後にした。

 町はさながら市街戦の様相を呈していた。至る所で爆竹が鳴り、ロケット花火が飛び交った。市街地を少し抜け出た川べりで、ラジオ・フライヤーを引きながらミュラーと肩を並べて歩いていたレッケンドルフは、少し前をファーレンハイトと語らいながら歩くロイエンタールに飛びかかった。
「危ない、閣下!」
 ロイエンタールの体を掠めてロケット花火が飛んでいった。見ると対岸で5・6人の若者が集まってわいわいとやっている。ロケット花火はそこから飛んできたようだ。
「やってますね。しかし、ロケット花火の水平発射とはマナー違反ですね」
 ミュラーはいつもの穏やかな表情ににいたずらっ子の笑みを浮かべていた。
「そうだな、では反撃するか。でも、その前に」
 ファーレンハイトはラジオ・フライヤーからシャンパンを取り出した。
「乾杯だな」
 台車に揺られていたので、シャンパンのコルクは大きくはじけ、飲む前に瓶の中身は半分になってしまった。その残った分だけでは物足りないのでついつい次のボトルを開け、4人がかりで見る見る間にワインを2本空けてしまった。いい加減に酔いも回ったところで、ファーレンハイトは空になったボトルとロケット花火の束をロイエンタールに手渡した。
「閣下、目標は対岸の奴らです。どんどん打ち込んでやりましょう!」
 ロイエンタールは初めて手にするロケット花火を、レッケンドルフに手ほどきを受けながら打ち上げた。最初の数発は思わぬ方向に飛んでいったが、さすがは射撃の名手である、その後は打ち上げ角度と飛距離を計算して確実に敵陣に打ち込んだ。
「あはは、彼ら驚いていますね」
 ロイエンタールとレッケンドルフがロケット花火を揚げている背後で、ミュラーとファーレンハイトはごそごそと準備に余念がない。各々好き勝手に飲みながら、近くで鳴らされる爆竹に驚いたり、時々打ち返されてくるロケット花火を避けたりしていた。
「できましたよ。さあ、これからが本番ですよ」
 地面には連続で打ち上がるように導火線が繋げられた大型の打ち上げはナビが大量に並べられていた。
「これを、一度に打ち上げるのか?」
 ロイエンタールは酔いの回った金銀妖瞳を見開き誰にともなく訪ねた。
「道理で、大晦日の夜は騒がしいはずだ」
 ファーレンハイトはロイエンタールの言葉を聞いて目を細めた。
「じゃあ、火点けますね」
 ミュラーが手元の導火線に火を点けると、最初の花火が打ち上げられた。わずかな時間差で打ち上がる花火を真上に見上げながら、降り懸かる火の粉を払いながら、ロイエンタールは世間の大晦日とはこんなに賑々しいものだったのだと知った。30年近く生きてきて、こんなに馬鹿馬鹿しい年の越しかたを今までしたことがなかった。もうみんないい年の大人なのに、社会的に地位もあるのに、それらを忘れて騒ぐこの時がとても愛しく思えた。酔いの回った金銀妖瞳に滲んだ花火の光が美しく映った。

 気づかぬ間に新しい年を迎えていた。用意した花火を打ち尽くし、持参した酒をすべて飲み干し、一行は帰路についた。途中ミュラーが、
「私はこちらからが近いですので、これで失礼します」
とスニーカーの踵を合わせて敬礼して別れていった。レッケンドルフはロイエンタールを屋敷まで見送るつもりであったが、ファーレンハイトも同じつもりらしい。空き瓶と花火の残骸を載せたラジオ・フライヤーを引きながら、少し先に行く共に長身の二人の後をついていった。

 ロイエンタール邸の門扉の前まで来たとき、レッケンドルフは信じられないものを見てしまった。ファーレンハイトがつとロイエンタールの腰を両手で引き寄せ、レッケンドルフの目の前で二人が口づけを交わしたのだ。これは夢かと我が目を疑い、不躾なまでにまじまじとその様子を見つめてしまった。長かったのか一瞬のことであったのか、それもわからないくらいその光景はレッケンドルフに衝撃を与えた。そう、ファーレンハイトに嫉妬することも忘れるほどに。文字通り目を点にしているレッケンドルフを振り返り、ファーレンハイトはニヤリと笑った。そして、彼の肩をに腕を回し自分の方に引き寄せた。
「卿もしていただけ」
 そう耳元で囁くと、そのまま彼の体をロイエンタールの方に押しやった。レッケンドルフの目の前に、今までにない距離で愛しい上官の美しい顔があった。どぎまぎして濡れたような金銀妖瞳を見つめると、色違いの目がふと閉じられた。肩に手が置かれ、少し引き寄せられるとやんわりと口づけされた。ロイエンタールの唇はひんやりとしているが柔らかく、レッケンドルフの魂をとろけさせた。名残惜しいその唇が離れると、ロイエンタールはくるりと背を向け、片手を挙げて邸内に入っていった。夢心地でその姿を見送るレッケンドルフに、ファーレンハイトは水色の瞳に余裕の笑みを浮かべて言った。
「今日は無理をさせたからな。卿への詫びだ。じゃ、あとは宜しく」
 新年早々、ゴミの分別をする羽目になったが、そんなこと気にならないくらい、レッケンドルフの心は躍り上がっていた。

 自ら鍵を開けて帰ってきたロイエンタールを、ハンスは出迎えた。ロイエンタールはコートとマフラーを外し、ハンスに預けるとそのまま階段を上がり自室に戻っていった。コートに染み込んだ火薬のにおいを嗅ぎ、ハンスは切なさと喜びを感じた。そして、階段を上がるロイエンタールの背中に向かって心の中で声をかけた。
「どうか、この新しい年がオスカー様にとって実り多きものとなりますように」
                      おしまい
 



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