忘年会



 今日は仕事納めの日。通常業務は午前中に終わり、午後は大掃除をして、といっても、いつも掃除は行き届いた元帥府であるので不要な書類などの整理などをするだけだが、その後、各執務室でささやかな納会を行うのが毎年の恒例である。そこに、昨年から新たな行事が加わった。その夜、各艦隊の参謀と分艦隊長、並びに副官ーーつまり、司令官閣下を除いた艦隊首脳部による忘年会である。言い出しっぺが誰であるかは不明だが、その趣旨は自明である。所属は違えど同じ身分同じ立場の者達でその年一年のたまりにたまった物を吐き出し、大いに飲もうというのである。軍人という人種は宴会が大好きだ。この会に異議を唱えるものなど誰一人としていなかった。もちろん、司令官たちも部下たちのそういう気持ちは分かる。だからこの日はさっさと仕事が終わるよう、前日から調整して協力している。
「今年はどこが幹事なんだ?」
 書類の要不要を仕分けながらロイエンタールが副官のレッケンドルフに尋ねた。別にロイエンタールにとってはどこだって構わないのだが、これは世間話だ。
「昨年は参謀長閣下のところでしたが、今年はどこでしたでしょうか?ウチでないことは確かなのですが」
 書類を処分する手を少し止めて考えていると、主席幕僚のベルゲングリューンが代わりに答えた。
「ビッテンフェルト提督のところです。だいぶんはりきっているようです」
 クククッとロイエンタールは笑った。
「黒色槍騎兵艦隊が張り切るとろくなことはなさそうだな。では、さっさと片付けて行ってくるがいい」
「はっ、ありがとうございます。ところで、閣下はこの休暇中はどのようにお過ごしなさるので?」
 レッケンドルフは興味津々の体でロイエンタールの方を見た。ベルゲングリューンも同様だ。敬愛する閣下が自分たちの目の届かない休暇をどのように過ごされるのか、これは2人にとっては自由惑星同盟の動向以上に重要なことだ。
「俺か、俺はこの夜から出かける」
「今晩からですか?・・・・それはお気をつけていらしてください」
 誰と?どこへ?聞きたいのは山々ではあるがそれをぐっとこらえた。野暮なことを聞いて閣下に嫌われたくはない。
「ああ、卿らもあまり飲み過ぎるなよ」
 ニヤリと笑うロイエンタールに何だか後ろ髪引かれる思いで、レッケンドルフたちロイエンタール艦隊のスタッフは執務室を後にした。
 
 会場は去年と同じ日本風のお座敷であった。受付で愛想よく出席者をさばいているのは参謀部のフェルナー准将だ。
「やあ、レッケンドルフ少佐。さあさあくじを引いてくださいね」
 席順を決めるくじを引きながらレッケンドルフは己の抱いた疑問をぶつけてみた。
「今年も参謀部が幹事でしたか。てっきりビッテンフェルト閣下のところかと」
「いやいや、私は幹事ではないぞ。だが、幹事の連中から仕切りを頼まれてね。どうも、彼らはこういうのは得意じゃないらしいから」
「はあ、確かに・・・」
 どちらかというと黒色槍騎兵艦隊は仕切るより騒ぐほうだ。
「はいはい、番号は?ああ13番だね、ウフッ、なかなかいい数字じゃないか、じゃ、席に着いていてね」
 ほいほいと座敷に押し込まれたレッケンドルフは13の席を探した。自分の番号の席を見つけて彼はほっとした。隣にはミッターマイヤーの副官アムスドルフ少佐だったからだ。艦隊首脳部でレッケンドルフは一番若い部類に入った。彼よりも若いのはミッターマイヤー艦隊のバイエルラインの青二才くらいしかいなかった。このアムスドルフは年上ではあるが同じ副官、それも上官同士が親友であるので仲がよかった。
 やがて時間になり、フェルナーの乾杯の音頭で忘年会は始まった。日本式の料理が目の前に並び、馴染みのあるビールやワインとともに日本酒が供された。ほどほどに酔いが回ってきたころ「アンケート用紙」なるものが配られた。
「みなさーん、アンケートに正直に答えてくださいね!すぐ回収しますから」
 陽気なフェルナーの声に促されるように皆がペンを持ち記入し始めた。レッケンドルフも酔眼を用紙の字に合わせた。
「ーQ1.この人の副官にならなりたい!という閣下は?
 A オーベルシュタイン閣下  
 B ミッターマイヤー閣下
 C ロイエンタール閣下 ・・・・・・・・
ーQ2.この人の副官は絶対にゴメンだ!という閣下は?
 A オーベルシュタイン閣下 ・・・・」
 レッケンドルフは軽やかに丸をふたつ付けた。考えるまでもない。Q1はもちろんCロイエンタール閣下だ。Q2
はロイエンタール閣下の天敵であるオーベルシュタイン参謀長閣下だ。Q1は答えが割れるだろう。なんてったって、各がお仕えしている閣下が一番だと答えるだろうから。しかし、Q2は聞くまでもなくAの閣下だろう、とレッケンドルフは思った。あの義眼の閣下の副官など、あのフェルナー准将にしか務まるまい。
 隣のアムスドルフとお互いの上官を肴にしながら、飲み慣れないが口当たりのいい日本酒をスイスイと空けていった。   

「それでは、先ほどのアンケートの結果が出ましたので発表いたしまーす」
 進行を任されているフェルナーは飲んでいないはずだ。なのに、妙にテンション高く声を張り上げている。皆の注目は自然と集まった。 
「まず、Q1!第3位から発表します。3位、ワーレン閣下、2位ミュラー閣下」
 まあ、無難なところか。お二方とも品行方正で気遣いのできる、どこに出しても恥ずかしくない立派な紳士だ。
「そして、1位は、ミッターマヤー閣下です!副官のアムスドル少佐、どうぞ前に」
おずおずと前に出るアムストルフを見送りながら、レッケンドルフはこの結果について、あまり回らない頭で考えた。ミッターマイヤー閣下は公正明大で明朗快活、誰に対しても気さくで分け隔てなくお優しい方だ。精神的ストレスの多い副官職だが、彼の副官にならなりたいと思うものが多いのは納得できることだ。前に立たされたアムスドルフは意地悪なフェルナーによってからかわれているようだったが、
「それもこれも閣下の人徳のおかげであります」
と無難に言葉を締めくくり、盛大な拍手を受けて席へ戻ってきた。
「続きまして、Q2、この閣下の副官だけはイヤだ!の結果発表です。第3位は、ビッテンフェルト閣下です」
 黒色槍騎兵艦隊のみなさんが大きくざわめいた。しかし、結果は妥当だとレッケンドルフは思う。あんな行動の先の見えない人の副官など、自分には絶対に務まらない。だいたい、あの猪突猛進を自ら受けて立とうと思うものなどいないのではないか。
「続いて、2位と発表したいのですが、1位と2位は僅差でして、他を圧倒的に引き離しての勝利です。なぜかみなさん、Q1には付けなかった理由を求めもしないのに付けてくださっていますので、それをまず発表しましょう」
 理由を聞いて、1位を当てろということか。しかし、他を引き離してのとは、一人は義眼のあの方だとわかるが、
もう一方は誰だろう?
「2人きりになることに耐えられない」
「何を考えているのか分からない」
「求められるものが高すぎて応じられないと思う」
「とにかく怖い」
 ーーやはり、1位は参謀長閣下か・・・。
「あの皮肉と冷笑に耐えられる自信がない」
「いびり殺されそう」
 ーー?オーベルシュタイン閣下ってこんなイメージだったか?
「はい、もうおわかりですね?この方の副官はイヤだ、で2位を僅差で破って1位に輝いたのはロイエンタール閣下です!もちろん、2位はオーベルシュタイン閣下ですけどね!」
 ーーへ?!
 はやし立てられながらレッケンドルフはその場に立ち上がった。
「栄えある1位を獲得したロイエンタール閣下の副官を務めておられるレッケンドルフ少佐です!みなさん、暖かい拍手を!」
 その場は今までにない盛り上がりを見せた。マイクを手渡され、ローエングラム元帥府内で最も辛い職にあるレッケンドルフは感想を求められた。飲み慣れない日本酒のせいか、はたまた単に気が動転していたからか、ふわふわとした頭でレッケンドルフはマイクを取った。
「小官は、ロイエンタール閣下の副官であることを誇りに思っています。そりゃ、閣下はわがままで自分勝手で人を馬鹿にして喜ぶようなところもありますが、非常に優秀な方でありますし、本当はとってもお優しいのです・・・」
 言葉を切ったレッケンドルフの目から知らず知らず涙がこぼれた。
「小官は、小官は、ロイエンタール閣下が大好きです!譲ってくれって言われたって、絶対にこの職を人に渡すつもりはありません!」
 会場はどっと沸いた。一部で啜り泣く声も聞かれる。レッケンドルフは感極まり涙を止めることができなかった。その流れで、最後のイベント、お決まりのビンゴゲームが行われたが、つきについているレッケンドルフは一番に上がってしまった。泣きながら手渡された一等の商品は何かの目録で、それが手渡されるとき黒色槍騎兵艦隊の一帯がどよめいたが、とりあえず頂いたものが何なのか分からないままポケットに入れた。それが後で騒ぎを引き起こす原因になることも知らずに。

 翌朝、自分の官舎で目覚めたレッケンドルフは、着たままの軍服のポケットに入っているものを確認して困惑した。そして、携帯に残されている伝言を聞き死にたくなってしまった。酔っぱらいに酔っぱらっていたときのことを知らせることほど趣味の悪いことはない。レッケンドルフは二日酔いの痛む頭で、この失態を取り戻せる方法を考えた。そんなものあるわけないのに。
「ーーベルゲングリューンだ。卿の閣下を思う気持ち、俺もよくわかる。ともに閣下をお支えしよう。しかし、卿は泣き上戸だな」
                       おしまい


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