秉燭夜遊(7)



 フェルナーが旧貴族勢力による皇帝襲撃の情報を仕入れたのは、先週のことだった。それをロイエンタールではなくオーベルシュタインに知らせたのは、謀略家の端くれとして、これを利用することを考えたからだ。相談相手に大謀略家を選んだのに、フェルナー自身その時何も感じなかったが、今思えば旧主を慕う気持ちがあったからかもしれない。都合よくロイエンタールが休暇を取っていたので、それに合わせて自身も仕事を休みオーベルシュタインに会うことにした。
 病院帰りのオーベルシュタインを捕まえ、手に入れた情報とその使い途についての自分の意見を話した。
「襲撃を逆手にとって一網打尽にするというのはなかなかよい。だが、せっかくならば、有象無象の反社会的勢力もまとめて葬り去ればよい」
 フェルナーの話を聞いてオーベルシュタインはそう答えた。
「一度奴らの好きに暴れさせておいて、その犯人を捜す名目で手あたり次第に捜査の手を入れればよい。いずれ、脛に傷を持つものばかりだ。一度捕らえればあとは何とでもなろう」
 そのためには受ける被害が大きい方がいい。例えば、政府の高官が一人犠牲になるような・・・・・・。
「私がなろう」
 どうせじきに死ぬのだ。同じ死ぬなら皆の役に立って死ぬ方がよい。今日の検査で悪性腫瘍の脳への転移が認められた。いつまで今のような生活が保てるかわからない。
「フェルナー、私を使え。元とはいえ軍政のトップであった私が犠牲となれば、畏れ多くも陛下も黙ってはおられまい」
 脳への転移ーーまるで高性能なコンピューターのように、正確に冷徹に解決を導き出してきたオーベルシュタインの頭脳が侵された。その事実はフェルナーを大いに動揺させた。そして、オーベルシュタインの不安を、いや、自分がオーベルシュタインの立場であったなら当然感じるだろう不安を、想像し重ねてしまった。病に徐々に殺されるより、軍人として潔く死を選びたい、と。
「陛下の代わりにオーベルシュタイン閣下を乗せた車列を襲わせ……その報復に今私が掴んでいる全てのアジトを攻撃潰滅する……予定でした」
 
 ロイエンタールは怒りで頭の中が真っ赤に燃えるようだった。だから、奴は、あの時!
「クソッ!」
 抑えきれずにシートの背もたれを拳で殴ると、
「閣下!」
と、前方のコックピットから声が掛かった。
「見えました! 既に戦闘状態である模様」
 枯れた荒野に所々置き忘れられたようなオアシスのひとつから、黒煙が立ち昇っている。目を凝らすと光線が飛び交っているのか見え、交戦中であることがわかる。
「死ぬなよ、オーベルシュタイン」
 祈るような気持ちで言った言葉は、開け放たれた扉から吹き込む風の音に掻き消された。
 隊長機からの信号を受け、空挺隊の降下が始まった。

 強大なエネルギーの衝撃を感じたと思ったと同時に、オーベルシュタインが乗っていた地上車が横転した。胸を強く打ち、意識が飛んだ。これで終わりだと安堵したのもつかの間、腿の中程の強い圧迫感に意識を取り戻してしまった。遠くまた近いところで断続的に起こる破裂音。戦闘はまだ続いているようだった。周到にロイエンタールが立てた警護計画を、その対象が変わったことを理由にできる限り軽微なものにしたのだが、よく訓練された憲兵達は、所詮は烏合の衆にすぎない旧貴族どもの敵う相手ではなかったのだろう。しかし、その旧貴族どもにもう少し頑張ってもらわなければ、彼らが私を殺さなければ、この計画も意味をなさなくなってしまう。私はここだ、ここを狙えと、オーベルシュタインは心の中で叫んだ。その声が届いたからではあるまいが、一発の小型ロケット弾が横転している地上車に撃ち込まれた。弾自体は地上車の装甲を貫いて行ってしまったが、その時電気系統を焼き切ったらしく、ごげ臭い匂いが立ち込め始めた。どこかで火が起こったのか、次第に閉鎖された空間が熱くなってきた。
「楽には死なせてくれぬというわけか」
 オーベルシュタインは目を閉じた。どんなに苦しくとも、今いっときのことだと覚悟はできている。ふと死ねば意識も記憶もなくなるのだろうかなどと思った。ならばとオーベルシュタインは瞼の下にロイエンタールを思い描こうとした。凛々しい立ち姿、柳眉を逆立てて激高する姿、たまに見せる不器用な笑顔。どれも脳内に記憶されているはずなのに、今思い出されるのは最後に会ったときの、揺れるような悲しげな姿だった。記憶の中のロイエンタールは徐々に表情を変えていった。悲しみから不安に、そして最後には恨めしそうにその稀有な二色の瞳で睨めつけた。違う。そんな顔を見たいのではない。そんな顔を、させたかったのではない。私は、ロイエンタール、君に幸せになってほしいと、私の死後、私の存在が君を縛ることがないようにと、ただそれだけを願っているのに! なぜ、君はそんな顔をするのだ? 君はいったい、何を思っているのだ?
「ロイエンタール……」
 横転した地上車の内部は随分と温度が高くなってきていた。気管支が焼け付くように痛い。愛している、ロイエンタール。もう一度、最後に会いたかった。酸素が薄くなってきたのだろう、肺がまるで収縮するような痛みを感じる。意識を保っているのも、もう限界だ。会いたい、会いたい、会いたい。もう二度と会えぬことがこんなに切なく辛いことだとは……。自分はどうしてこうも簡単に生を手放してしまえると思ったのだろうか。ロイエンタール、ああ愛しいロイエンタール。死などもっと簡単に受け入れられると思っていた。君を思うとこの世に未練ばかりが残ってしまう。こんなにも私は君を愛していた。こんなに大切なことを今になって知るとは、これが私の業なのか。だが、この苦しみもじきに終わる。この胸を締め付けられるような苦しみも、もう少しだ。……だが、これでよかったのかもしれない。こなような苦しみに胸を焼かれながら先の見えた時間を生きるなど、私にはとても耐えられそうにもないのだから。………しかし、彼はどう思っているのだろう? 彼の気持ちなど、考えてみたことがあっただろうか? ああ、私は、彼にとって、いったい、何だったのだろう? 
「ロイエ…ン……タール……」

続く








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