秉燭夜遊(4)



 息もできない激しい口づけををしていた舌と唇が、ロイエンタールの肌を這い回っていた。耳朶に齧り付き、胸の頂きを執拗なほど舐めて吸い、舌先で転がされた。腹筋の窪みを唇で辿り、辿り着いた臍を尖らせた舌先でくすぐった。だんだんとオーベルシュタインの頭から下に下がっていく。剥き出しの太腿を乾いた手のひらが何度も撫でる。きめ細やかな絹のような手触りを楽しみながら、少し力を込めて下肢を押し開いた。
「オーベルシュタイン!」
 一度呼び掛けたくらいでは、熱に浮かされた男の気を引き寄せられない。ロイエンタールは愛撫の手から逃れるように身を捻りつつ、もう一度語気を強めて呼び掛けた。そうしなければ、この、凶暴な熱情のままに身体を暴かれてしまう。もう、抱かれることに諦めはついたが、せめて無傷で済ませたいと思うのは、身勝手な思い出はないだろう。それに、とロイエンタールは思う。勢いに任せた凌辱は、少なからず後悔を生むものであると。
「オーベルシュタイン」
「……なんだ」
 情欲の迸りを留められ、さすがのオーベルシュタインも不機嫌な声を出した。その半白の上に指を絡ませ、ロイエンタールはできるだけ優しげな声を出した。
「なあ、オーベルシュタイン、もう一度キスしてくれ」
「……どうしたんだ?」
 そう言いつつも、可愛い子からのお強請りを無碍にすることなどできるはずもない。ロイエンタールの身体の上に乗り上げ直して、オーベルシュタインはその薄い唇を合わせてきた。
 性急に口内を舐めるオーベルシュタインを、宥めるようにロイエンタールは舌を絡めた。ときには甘く噛みつき、ときには舌を差し出してオーベルシュタインに吸わせた。上顎を擽るように舌を伸ばすと、合わせた唇の隙間から熱いため息が漏れた。一刻も早く先に進みたいと離れようとする唇を、ロイエンタールは何度も引き止めた。しかし、何度かそれを繰り返すと、逸る男心を御しかねて、オーベルシュタインは不満をこぼした。
「ロイエンタール、嫌なのか?」
 義眼によくぞそこまで色を乗せたと言えるほど、オーベルシュタインの目は不安と不満を浮かべていた。それを見て、ロイエンタールは初心な男に閨の手ほどきをする女の気持ちが少しわかったような気がした。手慣れた愛撫は期待できないが、その代わりに拙い一つ一つの行為や仕草に愛しさを感じる………愛しさ………これは愛しさなのか……?
「ロイエンタール?」
「ん? ああ、すまない。さすがに俺もここまできてやめろとは言わない。それに」
 ロイエンタールはオーベルシュタインの手を取って、自らの下肢へ誘った。そこには、先程オーベルシュタインが触れようとして触れなかったものが、熱く息づいていた。
「俺もこんなになっている」
 指先に触れた熱さに、それを握り込もうと手を動かしたとき、再びロイエンタールに手を取られ引き離された。
「なあ、オーベルシュタイン。抱かれるのはもう構わない。だから………」
「だから?」
「俺も気持ちよくしてくれよ」
「どうすればいい?」
 ロイエンタールは視線でベッド脇のキャビネットを指した。
「あそこに、ゴムとローションがある」
「生で挿れたい」
「………では、ローションを取ってくれ」
「わかった」
 手を伸ばして抽斗を漁る横顔に、ロイエンタールは話し続ける。
「女と違って男は濡れないからな、それで濡らして、解して拡げてから挿れるんだ」
「ああ」
「切れると痛い。痛いのは嫌だ」
「わかった」
「キスして」
「うむ」
「もっと」
「うむ」
「体中に」
「ああ」
 目的の物を手にして、オーベルシュタインはロイエンタールの顔を覗き込んだ。先程より目が潤み頬に赤味がさしている。緩く開いた唇に唇を押し付けた。口内の熱も上がっているようだった。
「オーベルシュタイン……」
 不覚にも、言葉を紡ぐごとに興奮を高めてしまったようで、身体が目の前の男を欲しがり始めてしまった。
「早く、して……くれ」
 
 ロイエンタールが望んだように、輪郭を確かめるように全身を愛撫して、とうとう快楽の極みを示す場所に行き着いた。持ち主の印象のままの端整な男の象徴は、しっかりと力を漲らせ先端の窪みにぷくりと露をおいている。その屹立越しに窺うと、二色の瞳がオーベルシュタインを見つめていた。常の人よりも暗闇に強い人工の目には、微かな灯りを受けて煌めくロイエンタールの瞳がよく見えた。美しい。金銀妖瞳とはよく言ったものだと、妙な感心をする。そんなふうに気を逸らさなければ、理性を保っていられない自覚があった。
「ハァ……オーベルシュタイッン」
 声を発すると同時に、オーベルシュタインの手の中の熱がピクッと動いた。その手をゆっくり上下すると、艷やかな喘ぎ声が上がる。
「んぁ……オーベルシュタイン」
 ロイエンタールの口から零れると、自分の名がこれほど美しいものだったのかと気づかられる。
「オ…ベル…ンん………」
 何度かこの美しい響きに耳を愉しませて、漸くロイエンタールがなにか訴えているのではと、思い当たった。
「どうした?」
「ハァ……ハァん………」
 喘ぎの合間に紡がれた言葉は、確かに「舐めてくれ」と聞こえた。二色の瞳は愉悦を湛えてオーベルシュタインを見つめていた。露を置いた先端に口づけすると、ロイエンタールの両足に力が入ったのがわかる。それに勇気づけられて、一気に花芯を口に含んだ。そして、顎が疲れるほどにロイエンタールを舐め尽くした。
 夢中になっていると、ロイエンタールが自ら下肢を開いてその奥にオーベルシュタインを導いた。ずしりと重みを増した陰嚢の更に奥に、ひっそりとそこは息づいていた。ヒクヒクと蠢く窄まりは、まだ固く乾いていた。しっかりと締まったそこは、指一本でさえ受け入れられるようには思えなかった。細かな皺を舌で舐め指先を這わすと、ロイエンタールがピクッと震えた。不安にさせているとわかりながら、しかし、どうにも途方に暮れたような心持ちになっていると、オーベルシュタインの痩せた腕に白い指が絡みついてきた。そして、先程オーベルシュタインが抽斗から取り出した物を手渡してきた。
「それを……使え」
 オーベルシュタインはローションのボトルの蓋を開け、中身を掌に出した。慌てていたのか大量に出た少しとろみのあるそれを指に絡ませ、残りをロイエンタールに擦り付けた。ローションで濡れたアナルは淫靡にオーベルシュタインを誘うようだった。
「大丈夫だから、まず指を挿れッ……んぁッ!」
 我慢がきかず、言葉の途中で指を押し込んだ。ロイエンタールの中は熱く、入り口が指の付け根をきつく締め付けるが、その奥は柔らかく滑らかで不規則に収縮と弛緩を繰り返していた。この中に早く包まれたいと、オーベルシュタインのペニスはしとどなく先走りを垂らしている。だが、指一本ですら苦しげにしているロイエンタールを見ては、性急に挿入することはできない。この子も気持ちよくなるようにしてやらねばと、ローションを足しつつ抜き差しし、指を二本にまで増やした。ネチネチという湿った音がエロティックだ。しばらくそうしていると締め付けが緩んできたようだった。ロイエンタールの息遣いもただ甘く湿っている。オーベルシュタインは中で指を開いてみた。熱い粘膜は指の動きに従って柔らかく拡がった。
「アぁ!……それ……イヤ…だ」
「なぜ?」
 問い掛ける声が掠れる。しかし、ロイエンタールはイヤイヤと首を振るだけで答えてくれない。
「ロイエンタール、言ってくれなければ分からない」
 オーベルシュタインはさらに指を広げてみせた。ロイエンタールはまた嫌だと首を振った。オーベルシュタインにはわかるまいが、締め付けるのもをなくしてただ拡げられると、例えようもない喪失感を感じるのだ。早く中を埋めて欲しいと渇望してしまう。粘膜同士でさえ擦り合わせられないこの切なさを、言葉にするのは難しい。だから、ただこう訴えるしかなかった。
「もう、挿れてくれ……早く!」
 ほころび始めた蕾は指を抜くとすぐに口を閉ざした。しかし、オーベルシュタインの鋒をあてがうと滑らかに口を開き飲み込んだ。剥き出しの神経に直接触られるような、度を過ぎた快感が脊髄を伝って脳を痺れさせるようだった。
「ロイエンタール……」
 柳眉を顰めて何かに耐える表情が、オーベルシュタインの意識を繋ぎ止めていた。腰は今にも激しく動こうとするが、それを抑えて深く穿ったまま、愛しい人の様子を見る。
「いけるか?」
「んん……もう…少し……このまま……」
「わかった」
 汗が流れる。こめかみから顎先を伝いポトリと落ちる。全ての神経が集まったように、ロイエンタールの中のどんな僅かな動きをも感じでしまう。もう、限界だった。
「もう、すまぬ」
 言うや否や、ぎりぎりまで腰を引きすぐに打ち付けた。
「アッんぁ……」
 ロイエンタールが仰け反って喘ぐ様を、覆い被さるように上から見つめる。その声は熱い滑りの中の凝りにカリが引っ掛かるごとに甘く零れる。こと更にそこを攻めるとロイエンタールの身体が熱く震えだした。そして、こらえ切れなかったまるで叫びのような嬌声を上げた。オーベルシュタインは自らの一物がロイエンタールの熱い粘膜に舐めるように愛撫されているのを感じた。もっと突きたい、もっと喘がせたいと思うが、締め付けがきつくて身動きが取れなかった。切ない叫びは長く続いたが、やがて弛緩の兆候が感じられ、その波に合せてオーベルシュタインは律動を再開した。腕の中ではロイエンタールが身を捩り、身を貫く剛直から逃れようとする。それを抑え込んで更に激しく腰を使う。
「ハァッ……ハァッ」
「アァ…ハッ……ンぁ」
 激しい息遣いと艷やかな喘ぎ、そして、ベッドの軋む音だけが、薄暗に密室を満たしていた。本能に突き上げられるようにただただ腰を振り続けた。ロイエンタールが切なく上げる声が、耳に心地よい。ロイエンタールの中が再びオーベルシュタインを締め付け始めた。断続的に訪れる収縮に射精感がグンと高まる。
「ロイエンタール!」
 限界が近いのを感じ取ったのか、ロイエンタールは自らのペニスに手を伸ばした。先走りでぐっしょりと濡れはそれに指を掛けると、その上から筋張った大きな手が重ねられた。
「一緒に……オスカー!!」
 名前を呼ばれ、ロイエンタールはふと何か言い返そうとした。しかし、一瞬意識が白んで果たせなかった。
 
 ふと意識を取り戻したとき、ロイエンタールは自分のものではない荒い息遣いを耳にした。靄のかかったような状態ではそれが誰のもので、何を意味するのかを理解することはできなかったが、それをオーベルシュタインのものと気づいたとき、ロイエンタールは四肢の痺れも下半身の怠さも忘れて飛び起きた。
「大丈夫か?」
 オーベルシュタインはまるで全力疾走した直後のように息を切らしていた。「男」の運動量を考えると当然の状態ではあるのだが、この男はそもそも普通の状態ではなかったのだ。それに、射精後の心拍数は非常に上がると言う。病魔に侵された肉体の心臓に普通でない負荷をかければどうなるか、最悪の事態が容易に想像できてしまった。暗闇の中目を凝らしてみると、両手両足を投げ出すように仰向けになり、胸を大きく上下させている痩身が仄かに見えた。苦しんでいるようには見えないその姿に、とりあえず安堵し、ロイエンタールはベッドを滑り下りた。そして、ウッドパネルに隠された冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して、オーベルシュタインに突きつけた。
「飲めるか?」
「すまない」
 オーベルシュタインは体を起こして受け取った水を飲んだ。
「大丈夫だ」
 気遣わしげな表情にそう言えば、つんといつものように取り澄ました顔に戻った。しかし、その顔にも身体にも情事の名残りが明らかで、そのギャップに愛しさが募った。
「ありがとう、ロイエンタール」
 そう言うと、手が伸びてきてオーベルシュタインの手からボトルを奪い取った。その残りの水を飲み干す姿に、知らず知らず笑みが溢れる。
「………」
「何だ?」
「いや、卿が笑うのを初めて見たと思ってな」
 口の端を乱暴に拳で拭いながら、ロイエンタールは怪訝な目を向けてきた。
「そうか、私は笑っているのか……」
「ああ、多分そうだぞ」
「それは、君が可愛いからだ」
「なにッ?!」
 目を剥き噛みつかんと身構えるロイエンタールを、オーベルシュタインは手を振って制した。
「そう怒ってくれるな。今までであっても君は可愛かったが、今となってはたまらなく可愛く思うのだ。食べてしまいたいくらいとは、このことを言うのだな、と感慨に浸っているにすぎぬのだから」
「………そういうことは、心の中だけで思っておいてもらいたいものだ」
 可愛い可愛いと連呼され、ロイエンタールは頭を抱えたくなった。オーベルシュタインは更に続ける。
「人心地つくとはこういう気持ちを言うのだろうかな? 私はこのような状態になった今、初めて生を感じたように思う」
「そうか……」
「うむ、だから、ありがとう。ロイエンタール」
 唐突に謝意を述べられて、ロイエンタールはほんの少し、本当にごく僅かに寂しさを感じた。自分の気持ちがなんだか宙に浮いたままになったような、そんな微かな違和感を感じてしまったのだった。

続く



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