白き火焔 2



 オーディンに帰還後、ロイエンタールと二人きりになれる機会はすぐに訪れた。親友のミッターマイヤーがロイエンタールと入れ替わるように宇宙に飛び立ったことがファーレンハイトには幸いした。海鷲で一人杯を傾けるロイエンタールに、先日の「賭け」を話題にするきっかけを探しながら近づくと、幸いなことにロイエンタールの方からそのことを口にした。
「賭け物は決まったか?」
「最初から決まっております」
「ほう、何だ?」
「ここでは申せません。提督、今から小官宅へお越し願えませんか?」
「ここでも言えぬ物だというのか」
いいだろうとそのまま腰を上げたロイエンタールを連れて、ファーレンハイトは自分の官舎へ戻った。
 リビングのソファーに案内し、ワインとグラスを用意してファーレンハイトはロイエンタールの横に座った。ボトルを半分ほど空けたとき、ロイエンタールが痺れを切らしたように切り出した。
「で、卿の求める物は何だ?」
 ファーレンハイトは居住まいを正してロイエンタールに向き直った。
「わたしの求めるものは、提督、あなたです」
 ファーレンハイトの真剣な眼差しを受けて、ロイエンタールは皮肉な笑みを浮かべた。
「なんだ、俺の体が目当てか」
「違います、提督。わたしはあなたのすべてが欲しいのです」
 しばし見つめあった後、ふとロイエンタールの目が妖艶に揺らめいた。
「俺が欲しくば、跪いて請うてみろ」
 ファーレンハイトに躊躇いはない。ソファーを滑り降りるとひざまずき、ロイエンタールの手を取った。
「あなたが欲しい。くださいますか?」
「体だけならくれてやる」
 手に取った指先に口付けして、ロイエンタールを見上げた。
「ずっと、お慕いしておりました。愛しています。体だけでなくお心も頂くことはできませんか?」
「卿にやれるものは体しかない。心など、俺にとてどこにあるものやらわからんものを、卿にくれてやることはできぬ」
 心がどこにあるかわからない・・・。ロイエンタールに感じる影の原因はそこにあるのだろうか?
「では、見つかりましたなら、いただけましょうか?」
「卿が見つけたのならば、見つけた卿の物だ。好きにすればいい」
 婉然と自分を見下ろすロイエンタールの姿を前にして、体をくれてやるとまでいわれて、欲望を抑えることなどできなかった。
 ファーレンハイトは誘われるようにロイエンタールに口付けた。迎え入れるように薄くあいた歯列の隙間に舌を突き入れると、やわらかく舌を吸われた。ロイエンタールの口腔内を余すところなく蹂躙した後、絡めとるようにしてロイエンタールの舌を自らの口の中に誘い込み、ベルベットのように滑らかな舌を貪るように吸い上げた。
「ベッドに行きましょう」
 ファーレンハイトはロイエンタールの手を引いて立ち上がらせると、寝室のドアを開けロイエンタールを迎え入れた。壊れ物を扱うようにロイエンタールをベッドに仰向けに押し倒すと、先ほどの熱に浮かされたような激しいキスではなく、優しく唇を重ねた。上着の釦を外し耳朶に首筋に、白く滑らかな胸にと唇を這わせた。乳首を口に含み舌先で転がすように愛撫すると、ロイエンタールに息づかいに変化がみられた。浅い息づかいが次第に速まり官能に火がついたことが触れあう唇や指先から感じ取れる。ファーレンハイトは急いで自らの着衣を脱ぎ去った。その様をうっすらと目を開けて見つめるロイエンタールに再び覆い被さり性急にベルトを外しズボンを引き下ろした。手に触れるロイエンタールの男性自身はすでに力強くそそり立ち、愛撫を待っていた。緩急をつけ擦りあげるとロイエンタールの手がファーレンハイトの上下に動く腕を掴み、欲情に潤んだ金銀妖瞳が咎めるようにファーレンハイトを見上げた。性急に手だけでいかされるのが気に入らないようだ。不満そうな表情を浮かべる唇を貪るように吸いながら、ファーレンハイトは一気に上り詰めさせた。首を仰け反らせながら達したロイエンタールの精を手のひらに受け止め、その手をそのまま徐々に下に下ろしていき、ロイエンタールの精液を絡めた指を菊座にしのばせようとした。固く締まった周辺を優しく指で撫でると、少しずつほぐれてくるのがわかる。指を中に進入させると受け入れやすいようにロイエンタールは意識して体から力を抜いた。その行為に慣れた反応にどうしようもなく嫉妬心を感じ、ロイエンタールの中の感じるであろう箇所を激しく責め立てた。ハッと短く息を吸い込んで体を強ばらせたロイエンタールはその次の瞬間ガクガクと体を震わせた。ファーレンハイトの指を包みむ場所が痙攣するように波打ち、体を弓なりにしならせ、眉根を寄せて底の知れない快感に耐えていた。その後ふと体中から力が抜けロイエンタールはシーツに身を沈めた。ファーレンハイトはその鮮やかな痴態を目にし、ますますロイエンタールにのめり込んでいった。
 その後何度目かの絶頂を迎えさせてから、共に果てたファーレンハイトは腕の中にいる男に切ないほどの愛おしさを感じていた。射精で得られる快感よりも、もっと高みに上ってオルガスムスを感じるロイエンタールは、挿入する側からは伺いしれないほどの快感と疲労とを味わったのだろう、今はぐったりと身を預けるように胸に寄り添っている。

「愛しています。ロイエンタール提督」
 眼を閉じたロイエンタールは、臈たけた貴婦人のように美しい。閉じられた瞼にキスを落とすと、薄らと夜と昼の空をはめた瞳が開いた。ファーレンハイトは知った。ただ焦がれるように求めていた以前よりも、今の方が心がざわめいていることを。正体の分からない焦燥にかられファーレンハイトは情事の名残を残す唇を求めた。
「帰る」
 胸を押されて行為を遮られたファーレンハイトは何事が起こったのか瞬時には理解できなかった。ロイエンタールはさすがに物憂げに体を起こし、散らばった着衣を身につけ、みるみるまに美々しい帝国軍の将官ができあがった。「ロイエンタール提督!」
 ベッドの上に身を起こしたファーレンハイトはそのまま出ていこうとするロイエンタールの手を捕らえて、縋るように言った。
「また逢っていただけますか?」
 ロイエンタールはおもむろに振り返り、いつもの不遜な笑みを浮かべていた。
「またの機会があると思うのか?」
「はい、作っていただけますか?」
「機会は・・・己で作るがいい」
それだけ言うとロイエンタールはくるりと背を向け、今度は本当に出て行ってしまった。
「機会を作れば、逢っていただけるということか・・・」 悪い方に流れそうになる思考を無理に留め、そう自分に言い聞かせた。こんな弱気になるなど、自分らしくもない。ロイエンタールのこととなると平素の自分でいられなくなるようだった。

 あれから、ファーレンハイトは穏やかな外見からは想像できないほどのしたたかさで「機会」を作ってはロイエンタールとの逢瀬を重ねてきた。こちらから強引に関係を取り付けているようには見えるが、その実、ロイエンタールに翻弄されていることを自覚しながら。
 そういえば、いつからかロイエンタールは時間の許す限り、情事の後こうして腕の中で微睡むようになった。こんな大きな変化に今まで気づかなかった自分の迂闊さにファーレンハイトはおかしくなった。ロイエンタールの心を手に入れるために心を砕いてきた俺なのに・・・。
 ファーレンハイトはロイエンタールの頭を抱えていた腕をそっと外した。そして、その手を脇の下から背中に回し、そっと胸に顔を埋めた。寝息とともに上下する胸板とその奥から響く鼓動を感じていると、心が安らいでいく。 ロイエンタールは、顎先をくすぐる感覚で目を覚ました。薄らと目を開けると少し癖のあるプラチナブロンドの髪が視界に入った。まるで幼子がするように自分の胸にすり寄るファーレンハイトの髪に、シーツの上に投げ出していた左手を上げ触れた。かき混ぜるようにして弄んでいると、
「起こしてしまいましたか」
とファーレンハイトがそのままの姿勢で見上げてきた。まだ靄のかかった頭のまま、その薄氷色の瞳をみていると、少し前に女に聞いた話を思い出し、考えるともなくそれを口にしていた。
「卿のことを、女どもは氷の驍将と呼んでいるのだそうだ」
「氷の・・・・ですか。驍将と言われるのは光栄なことですが、氷とは・・・」
「どこぞのご令嬢に冷たくしたのではないのか?」
「それはあなたのことでしょう。わたしなど、ご令嬢に声を掛けていただいたこともありませんよ」
「ふふふ、謙遜だな。しかし表面上はフェミニストの卿だ。それが理由ではあるまい」
 ロイエンタールはファーレンハイトの髪を指に絡めて言葉を続けた。
「これが理由だ。浅はかな女どもはこれを氷と見たらしい」
 色素の薄い彼を氷と例えることはあながち間違ってはないように思える。思えるが、ファーレンハイトは自分を氷と言われると、なぜだか反発したいような気持ちが起こった。
「浅はかとは、あなたには氷とはお見えにならないので?」
 女の物言いを嘲るようなロイエンタールの言葉に引っかかった振りをして、この類稀な男が自分をどう見ているのか探りを入れてみた。
「確かに卿は白いが、この白さを氷としか見れぬとは、やはり女は浅はかなのだ。同じ白でもこれは炎の白だろう」
「炎の・・・」
「赤よりも熱い炎があることを、女は知らないんだ・・・」
 妙に口調が幼くなったと思うと、青と黒の瞳は再び瞼を下ろしてしまい、安らかな寝息が聞こえてきた。
「炎、白い炎か・・・」
 ロイエンタールにはわかるまい、今自分がどれほどの喜びに打ち震えているかということを。穏やかに取り繕う外見の下に、自分でも持て余すような激しい思いがあることを、ロイエンタールは見抜いていたのだ。
 自分に想いが向けられることなど、永遠にないのではないかと思っていた。しかし、恋情とは違っていたとしても、今、確かに自分はロイエンタールの心を感じた。自分の奥底を理解するロイエンタールの心を。
「わたしが見つけたのです。頂いてもよろしいですね?」
 ファーレンハイトは腕の中のロイエンタールを掻き抱き直し、今までに味わったことのない幸福な眠りにつくために眼を閉じた。                <了>
 

 



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