夢みる男(side A-2)



「レッケンドルフ・・・・・・・。ミッターマイヤーには言わないでくれ」
ーーへ?
 期待とは全く見当違いな言葉に、レッケンドルフはすぐに返事ができなかった。
「ミッターマイヤー閣下に、閣下がご不調なことをお隠しになりたいのですか?」
 こくっと頷くと、胃の中のものを出し切って、少しすっきりしたのか、心に掛かっていたことを吐きだした安堵感からか、落ち着いた表情でロイエンタールは部下を気遣った。
「卿も少し早いが休憩をとるがいい」
 
 執務室から事務室に入ると、自分の席に座っているベルゲングリューンを見つけた。ベルゲングリューンはレッケンドルフの姿を認めるとすぐさま立ち上がり側に寄ってきた。
「閣下は?」
「奥でお休みになるよう、お願いいたしました」
「うむ、それがいいだろう。お加減はあまりよくないのか?」
「ええ、先ほど嘔吐されました。今はすこし落ち着いていらっしゃるようですが・・・」
「そうか・・・」
 一緒に昼食でもと、二人は連れだって士官食堂へ赴いた。

「閣下は、ミッターマイヤー閣下には、ご不調を知られたくはないようです」
「そうか、卿にもそうおっしゃったか。実は、朝お迎えにあがったときも、同じようにおっしゃっていた」
「いったい、閣下はどうなさったのでしょうか?どんなに深酔いなさっても、このようなことは今までございませんでしたのに」
「二日酔いではなさそうだ。今閣下に何かあってはと、医者へかかられることをかなり強くお勧めしたのだが、頑なに拒絶なさった」
 体調不良、嘔吐、熱っぽい眼差し、常より色っぽい表情、思わず抱きすくめたくなるような、庇護欲をくすぐられる姿・・・、そして「ミッターマイヤーには言うな」という言葉。
 レッケンドルフの頭の中で、今朝からのロイエンタールの姿がぐるぐると回った。そしてひとつの結論を導き出してしまった。

 原因はある。先日見たフェザーン資本の放送局が制作したソリビジョン番組だ。「宇宙仰天」やら「銀河びっくり」とかいった、この世のあり得ないような出来事を再現して見せる娯楽番組だ。見るともなく点けていたのでどういう経緯なのかは分からないが、男が(それもガテン系のあんちゃんが)出産しているシーンにレッケンドルフの目が縫い止められてしまっていたのだ。
 思いも掛けないことが起こる世の中だとは、ゴールデンバウム王朝が瓦解していく様を目の当たりにしたレッケンドルフは実感しているが、まさか、ここまでのことが起こり得るとは・・・。
「いやぁ、こういうことって、大っぴらにならないだけであるらしいですよ。男だ女だって言ったって、体の中がどうなっているかなんて、わかんないんだから」
 コメンテイターの言葉に妙に説得力を感じてしまい、レッケンドルフは男と女という概念をあの時少々書き換えてしまった。
 だから、だからだ。自分でもこんな面妖だと頭では分かっている結論に到達したのだ。
 ロイエンタール閣下がご懐妊だなんて・・・。
 もし、仮に、仮にそうだとすると様々なことに説明が付く。体調不調や嘔吐は悪阻だ。妊娠すると女性は色っぽくなると言う。ため息を付いたり、胸をなでたり、レッケンドルフの手を取ったり、今日の閣下の様々な態度や仕草は、色っぽいと形容できるものだっただろう。それに、「ミッターマイヤーに」云々も、これが一番問題なのだが、公私にわたって忌憚なく何でもお話なさってきたお二方だ。今更隠し事もないだろう。それなのに隠したいとなれば、閣下のお腹のこの父親はミッターマイヤー閣下だからだろう(今の今までミッターマイヤー閣下とは純粋にご親友でいらっしゃると思っていたのだが・・・)。閣下の唯一の弱点はミッターマイヤー閣下だ。そのミッターマイヤー閣下に、愛する奥方を裏切る不貞行為の証を突きつけることは、閣下にはおできにならないに違いない。

「レッケンドルフ、食べないのか?もう冷めてしまったぞ」
 突然声をかけられ、レッケンドルフは現実に引き戻された。しばらく目の前の食事を咀嚼することに専念しようとしたが、ついつい思考は元に戻ってしまう。
 そういえば、この目の前の主席幕僚殿も、閣下にぞっこんなお一人だ。いや、この方だけではない。ロイエンタール艦隊が、優秀だとは言われるが、その原因がロイエンタール閣下に愛想をつかされないために、個々が頑張った結果だと言うことを知っているものは、艦隊外にはいないにちがいない。ロイエンタール閣下に認められ、軽々に異動させられないために個々が能力を高めていった結果が、この精鋭部隊を作っているのだ。
 そうだ。ロイエンタール艦隊は、今のローエングラム元帥閣下の御為には欠くことのできない要素だ。いや、艦隊がではない。ロイエンタール閣下が欠かせないのだ。その今の状況で、ご懐妊ということになれば・・・。閣下は不貞行為もさることながら、こういう己と己の陣営のおかれている状況を鑑みられて、一人悩んでおられるのだろうか。いや、そうに違いない。お一人でいろいろなことを抱え込まれてお辛いに違いない。悪阻の軽重は妊婦の心理状態が大きく影響するとも言うし。
 閣下、ご心配あそばすな。このレッケンドルフ、閣下の困難をともに背負っていきましょう。
 レッケンドルフは、いっこうに食の進まぬ彼を怪訝に見つめるベルゲングリューンの視線にさらされながら、そう悲壮な覚悟を固めたのであった。
 


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