後の心(3)



軍事査閲官がなぜシルフィートにいるのか。遅めの昼食をとる最中も、頭を占めるのはそのことばかり。
伊達と酔狂で帝国軍ーー今の皇帝に刃を向けていたあの頃とは違い、アッテンボローは新帝国とやらに敵意も嫌悪感も持っていなかった。確かに彼は帝国に敵対し戦っていた。それは、帝国が憎いからでも、民主主義を守るためでもなく、ただヤン・ウェンリーという傑出した人物に心酔していたからにすぎない。そのヤンを失ったとき、彼の戦う意味も消えたのだが、敬愛していた先輩の遺志を受け継ごうとする者のその心意気にほだされて、その後もイゼルローンに止まってた。だから講和が成ってからは彼はイゼルローンから退くことにしたのである。
思想などどうでもよかった。しかし、ヤンが望んでいた平和な時代が脅かされるのは看過できない。アッテンボローは新帝国が人民の平和を害する動きを始めたときは、再びその抵抗勢力として立ち上がる決意をしていた。だが、戦争は駄目だ。戦争ほど民衆を苦しめるものはない。彼の武器はトマホークではなくてペン。アッテンボローはジャーナリストとして、体制に戦いを挑むつもりだった。
だから、もし、この軍事査閲官の動きが有事の端緒であるならば、決して看過することはできない。アッテンボローにとって妖精より髭面のむさ苦しい男が気にかかるのは当然のことだった。
そんな気負いで、取材と称して彼の人物が写っていた場所をアッテンボローは訪れた。
「蜂蜜専門店………?」
蜂蜜がどんな策謀に繋がるのか、見当もつかないが、この店を隠れ蓑に何かを企んでいる可能性も、無いことはない、か。自然と力が抜ける肩を僅かに怒らして、アッテンボローは、店内に踏み込んだ。
「いらっしゃい」
「あ、どうも」
山の男風の出で立ちをした無愛想な男が、店主だった。この男が総督府と繋がっているとしたら、意外性に富んでいるな、とスクープの見出しに頭を捻りながら、見るともなく店内を物色していると、
「どんなものを探してるの?」
と声を掛けられた。見かけによらず気さくな親父だったようだ。
「いやぁ、色々あるんですね。迷っちゃうな」
「ご自宅用? 贈り物?」
「えーと、自宅用、です」
贈り物をする相手がすぐに思い付かないことにショックを受け、同時にあの堅物そうな男が誰にこの甘ったるい代物を買ったのか、興味が湧いた。まあ、件の人物を話題にして、反応を見ればいいさという軽い気持ちで、アッテンボローは山の親父風店主に尋ねてみた。
「今朝、髭面の男が来たと思うんだけど……」
「ああ、いらっゃいましたよ。お知り合いでしたか?」
「ええ、まあ」
アッテンボローは店主の様子を観察したが、おかしな様子は全くない。今は、ベルゲングリューンがここで何をしたのか、それに関心が移っていた。
「仕事で付き合いがある人なんだけど、あの人が蜂蜜なんて、なんだか意外だったから」
「奥さんに土産なんじゃありませんか? 一番高いの買ってくれましたよ。奥さん、体が弱いみたいでね………」
女か、とアッテンボローはがっかりしたようなほっとしたような気持ちになった。今回の軍事査閲官の行動は、陰謀や策謀とは異なるものだということは、明確だ。ただ、あの堅物そうな男に女がいたとは。
適当な物を購入し、店の外に出た。
「スクープだと思ったんだけどな」
ベルゲングリューンの女関係も高く売れるネタには違いなかったが、下世話なもので名を売ろうとするほど、落ちぶれたくはなかった。
「やっぱり、俺はしがないルポライター止まりなの?かなあ?」
アッテンボローは食うために、与えられた仕事に精を出すことにした。


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シャワーを浴びて火照った体を、ベランダに出て冷ました。またすぐに服を着なければならないので、バスタオルを腰に巻いただけの姿だ。木々を渡る涼やかな風が心地よい。湿った森林の匂いがシルフィートにいることを感じさせてくれる。あの人の近くにいることを実感できる。
「オスカー………」
胸の中の幻に向かったときだけ、漸く口にできるようになった名前。まだ、本人に言う勇気はなかった。
「オスカー……」
あの人の気配が濃厚なこの場所で、そっと口に出してみる。苦しさと恥ずかしさで胸が締め付けられるようだ。やはり、面と向かっては言えそうにない。だから、
「何だ?」
と、背後から返事があったとき、すぐに振り向くことができなかった。
「ハンス、いつまでそこでそうしている。こちらを向けよ、ハンス」
笑いを含んだ声に、ベルゲングリューンは渋々室内に戻った。声の主はベッドに腰掛けて所在なさげに足を組んでいた。
「顔が赤いぞ」
「いつからこちらに?」
「んー、お前が風呂に入っているとき、かな?」
「はあぁ……」
盛大な溜め息は、そんな長い時間黙って自分を観察していたロイエンタールと、そんな彼に気づかずに思いに浸って名前まで口にした自分とに対するものだ。
「ハンス、お前俺の名を呼んでいた。もう一度、今度は俺を見て」
「………………オ、オスカー」
「なに? 聞こえないな」
いつの間にかロイエンタールが傍に来ている。ベルゲングリューンは自分の心臓が激しく鼓動する音に耳を塞ぎたくなった。
ゆっくりと向き直る。夢にまで見た愛しい人が、夢では見たことのない表情を浮かべてこちらを見ている。ああ、本当に、これは現実なんだと思う。
「触れても、構いませんか?」
「許可がいるのか?」
手を伸ばして指でそっと頬に触れる。くすぐったそうに細められる金銀妖瞳を見ながら、滑らかな白磁の肌を撫でる。そのまま首筋に手を滑らせぐいっと胸に引き寄せた。反対の手で腰を抱き締める。
「ああ、ずっとこうしたかった」
腕の中でもクスッと笑う気配がした。
「それにしては、ずっと俺に近付かないでいたではないか」
「それは……、近くに寄れば、理性の箍が外れてしまいそうで………」
「外してしまえよ、そんなもの。ここには俺とお前しかいないんだ」
囁きと、首筋にかかる吐息に、ベルゲングリューンの理性は消し飛んでしまった。

昼下がりの柔らかな光の中で見る、ロイエンタールの肢体はこの世のものとは思えぬほど美しかった。軍務に就いていた頃と比べると、随分薄くなっているが、均整のとれた体は強烈な色香を放っていた。自らの愛撫の反応を確めながら、身体中余すところなく口付けを落としていく。
「ゥんっ……んっァ……」
喉の奥で押し殺された声が、髪に絡んだ指の震えが、ベルゲングリューンを煽り立てた。それに後押しされるように、涙を溢すロイエンタールの屹立にキスすると、白い肢体がピクリと跳ねた。そのままの勢いで下肢を押し開こうと、大腿部に手を掛けた。おずおずと人の目にさらされたことのない部分が、白日の下に曝される。気が付けば両腕で顔を隠す人に悪いと思いながらも、目はこれから自分を受け入れてくれる部分に惹き付けられる。ヒクヒクと息づく秘所が愛しくて、唇を寄せた。
「ハッ……」
閉じようとする両足を押さえ付け、口付けを深めていく。尖らせた舌先を潜らせたとき、初めてロイエンタールはベルゲングリューンの腕から逃れようと身を捩った。ベルゲングリューンは先程まで咥内でなぶっていた花芯を握り締め、そして、淫らな音を立て後孔を吸い上げた。


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ロイエンタールの胎内で、ベルゲングリューンが好き勝手に暴れている。自分の体が意思の支配から脱して、怖いほど際限なく快感を拾い続ける。
「アァッ、アッ、あァん………」
口からこぼれる嬌声が、自分のものとは思えぬほど甘ったるい。限界などとうに超えた体は、ただただベルゲングリューンのなすがまま、激しく揺すぶられている。
「オスカー、オスカー…………」
自らを呼ぶ余裕のない声に、ロイエンタールの脳幹はますます痺れ、今までなんとか保っていた意識が白く霞んでくる。
「ハ…ンス……」
身を貫くような突き上げを最後に、ロイエンタールは意識を手放した。

目を開けると、懐かしい碧の目に心配げに見詰められていた。
「ああ、お気付きになられましたか」
「ハンス」
「はい」
気を失っている間もずっとそうしていたのだろう、ベルゲングリューンはロイエンタールの髪を撫で続けている。その心地よさは再び眠りにロイエンタールを誘い込もうとする。
「申し訳ありません」
「ん?」
愛しい瞳が伏せられた。まだまだもっと見ていたいのに、と思ったが、ベルゲングリューンは叱られた犬のように、悄然と頭を垂れている。
「加減も弁えませず、無体を致しました。お許しください」
ロイエンタールは力の入らない手をあげて、癖のある硬い髪を掻き乱した。
「俺は、加減の弁えがあるようなベルゲングリューンなど、好きじゃないな」
「………………」
「お前らしくて、いい。遠慮など無用だ」
「………………」
「俺を愛しているんだろう?」
弁えなどなくなるほどにと続けると、「はい」と消え入りそうな返事があった。
「それに、 セックスで女を失神させたことなど、俺でも怱々ないことだ。自信を持ちこそすれ、そう落ち込むことではあるまいに」
「はあ………」
納得のいかないような返事を寄越すベルゲングリューンに、ロイエンタールはこの部屋に来た理由を思い出した。ハンスに気の毒なことをしたなと思うと、どちらのハンスにだ、と可笑しくなる。
「そうだ、忘れていた。昼食を用意したから呼んでこいと言われていたのだ」
「えっ?!」
「早く行ってやれ」
慌てて身なりを整えるベルゲングリューンの心情を考え、ロイエンタールはクックッと笑う。どんな顔でどんな言い訳をするのか、非常に興味のあるところではあるが、足腰の立たない状態では諦めるしかなかった。


〈続く〉


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