短編 | ナノ


▼ 秋伏



その日の夜、夢を見た。今日伏見さんに触ったときに流れ込んできたあの記憶。断片的に見たはずなのに、それは繋がって鮮明に見えて、他人の過去なんて見たくなくて目を伏せたくても夢の中の俺はいうことを聞いてくれなくて、ただその光景を見つめるだけだった。

「お前の言う誇りとやらが、汚れちまったなぁ、 美咲?」
「て、めぇ」

深く傷ついたような表情をする少し小柄な青年は恐らく吠舞羅のヤタガラスだろう。伏見さんが執着している青年。 その姿を心底嬉しそうに見て、歪んだ笑みを浮か べる伏見さん。

ただ、伏見さんのことを嫌悪するという感情が出てくることはなかった。上司だから好きな人だから擁護するとかそういうわけではない。こんな、友人を傷付けてそれで自分だけを見てくれてる、と喜ぶなんていうのは間違っている。けれども伏見さんから、流れてくるのだ。

(最初に裏切ったのは、お前の方だろ) (お前が、こんなちっせえ世界が全てみたいに言う から、) (お前は、いつから俺を見なくなった?) (いつ気付いてくれんだよ、なあ)

寂しかったのだ。ただ、伏見さんは八田美咲に気付いて欲しかっただけなのに。ひとりで、寂しくて寂しくて。周りに人が多いから故の孤独。ただの他人の集まりで馴れ合い、騒ぐことへの拒絶。理解者だと思っていたのに、置いて いかれた。それがなんだかとても悲しくて、切なくて、いつもそんな様子を見せない伏見さんにこんなことがあったなんて、想像もしなかった。

ふと目が覚めると、窓から細い光が差していて、 枕元に置いてある腕時計を見てみると、7時前。 いい時間に起きたな、と上半身を起こすと、頬になにか伝ったのがわかり、自分が泣いていたこと がわかった。いい歳こいて夢で泣くなんて。 はぁ、とため息が漏れだし、先に起きていたらしい弁財が起きてたのか、と声を掛けてきた。

「今、起きた。」
「そうか、朝ご飯、トーストでいいか?」 「ああ、頼む。」

少しぼーっとした後、気持ちを切り替えようと自分の頬を軽く叩いたあと、ベッドから降りた。





昔の、夢を見た。思い出したくもないけど昨日の ように鮮明に覚えているあの日の記憶。 思い出したくないというのは、嘘なのかもしれな い。本当は、やっと美咲が俺を見てくれたあの日 のことを凄く大事にしたいと思っているのかもし れない。心の拠り所にしてるのかもしれない。

らしくないことを考えたな、と舌を打つ。最近できた口内炎が痛んで、上手く打てなかったけれど。



「歓迎会?」
「はい、室長が伏見さんの歓迎会をするらしいです。」
「…断ってくる」
「いえ、あのそれが、参加しなかったら1ヶ月室長室で仕事することになるらしいです」

なんだそれは。まるで言う事を聞かない子供を手前の席に座らせる鬼畜教師じゃねえか。はぁ、と頭を掻きながら溜息をつくと秋山も同じように散々だ、というような表情をした。コイツも面倒とか思うんだな、と当たり前のことを思ってしまう。普段真面目なコイツはこういうこともノリノリなのかと思っていた

「チッ……それ、いつだよ」
「これは立ち聞きした話でまた後で副長から通達があると思いますが…なんでも明後日だとか。」
「マジかよ……」

絶対思いつきで言ってんじゃねーか。無茶ぶり ばっかしやがってあの性悪野郎。 そう思ったのは俺だけではないらしく、秋山から教えられたあのあと副長から特務隊全員に教えられ、日高から「無茶ぶりだろ!」と同じような言葉が飛んでいた。だが誰も逆らえるはずがなく、やはりまた舌打ちをした。

時が経つのは早いものでさっさと歓迎会がやってきてしまった。特務隊全員が仕事を定時で上がり、不謹慎だが誰もが何か事件が起きないかと念じていたが今日に限ってセプター4は平和で、項垂れた。

指定された場所は如何にも普通の居酒屋で、本当に宗像礼司がここを指定したのかと目を疑う程素朴で普通だった。なにか居心地の悪い高そうな高級レストラン等を想像していたので少し驚く。他の面々もそうらしく、室長なりに騒ぎやすいように気を使ったのかなとか言っていたがあの人の考える事は理解不能だ。故に誰も分からず終いだった。 店に入ると既に室長と副長がカウンターらしき場所で話していて、時間通りに来たのに遅刻した気分になる。

「ああ、来ましたか。伏見くんもちゃんといるようで、何よりです。」
「断ったら1ヶ月もアンタの側でせっせと働かないといけないんでしょ。そんなの御免です」
「悲しいですね。私は大歓迎だったのですが」
「気持ち悪いです」

立ち話もなんなので、と室長に座敷に案内され る。どうやら今日は貸し切りのようで店内には俺達以外の姿は店員以外見当たらない。この人ならまあ当然か。 上座には室長が座り、誰がどこに座るのかと揉めていたら今日は席を気にしなくていいんですよ、 と一言言われ、各々適当な場所に座った。

「君達がいつも飲みにいく時、誰が音頭をとるの ですか?」
「布施です」
「(おい!)」

すかさず日高が答え、布施が小声で抗議する。 可哀想に。室長が私はあまりこういうことに慣れてないので、お願いしてもいいですかと布施に頼み、引き攣った笑顔で勿論です!と威勢よく答えた。

「ぅ、あ、う ん…あ、ハイ!じゃあ、伏見さ んの未来に乾杯!!!」

なんだそれ。センスの無い言葉に全員苦笑した。 日高は爆笑していたが。でもその気の抜けた音頭のお陰で少し特務隊の面々の緊張が解けたようで、いつも通りのガヤガヤした感じになった。こういう騒ぐのは苦手だから加わるのは御免だが。

「伏見くんは何を飲みますか?」
「んー…じゃあ、これで」
「君、未成年じゃないですか。ダメですよ」
「チッ…そこはキッチリしてるんですね…」
「勿論です。」

じゃあこれで、と頼んだものは普通のウーロン茶で、室長は分かりましたと一言言い、全員の注文を聞いていたらしい副長に伝えた。 ああ、帰りたいな。と早々に思う。だってこれか ら恐らく素面で室長の相手をし続けることになるのだから。



時刻はもう10時を過ぎていて、ここに来てからもう3時間経過していた。伏見さんは未成年なのに日高に飲まされたらしく、室長に厄介な絡み方をしていて室長は終始笑顔でそれが逆に怖かった。日高が明日生きているかどうか心配でしょうがなかった。
俺は弁財と加茂と一緒に飲んでいたのだが弁財が加茂に吐いてしまい異臭を放ちながらトイレに行ってしまった。大丈夫かな、と心配になったが、加茂なら介抱してくれるだろうと、馬鹿騒ぎする日高達を眺めていた。道明寺も未成年なのに飲まされたらしい。こいつら本当に公務員か。

すると伏見さんがこっちへやってきた。覚束無い足どりで俺の隣にどさりと座る(というより机に突っ伏した)伏見さんに大丈夫ですか、と声を掛ける。すると伏見さんはうー、と唸ったあと、俺の手をつかんだ。 その行動に一瞬びくりとするが、以前のように伏見さんの記憶が流れてくる事は無かった。酒を飲んだからなのか、血行がよくなっているらしく前に触れたときより幾分暖かい。あの時は氷のように冷たかったのに。それより俺の体温が急上昇してやばい。

「あのさぁ、お前さ …俺のこと嫌いなら嫌いって はっきり言えよー…」
「……はい?」
「明らさまに避けすぎなんだよ…別に嫌いなら嫌いでいいんだけどさぁ…お前、結構仕事早いから気に入ってんだよ…」
「え、」

思いもよらない突然の上司の言葉に一瞬何を言われたのか分からなくなる。俺の手を掴んだまま、 惚けた顔の伏見さんがこちらを向く。男なのに妙に色気があるなぁ、と思ったのも束の間、眉間に 皺を寄せて伏見さんがこちらに近付く。

「なぁ、どうなの」
「あ、別に嫌いとかそう言うわけではないです。 誤解させるような行動をしてしまってすみませんでした」
「本当に?」
「本当です」
「俺が上司だから気ぃ使ってそんなこと言ってん じゃねーの…」
「そんなこと…どうやったら、信じてくれます か?」
「うーん……やっぱいい。信じるから」

そう言ってまたテーブルに突っ伏したかとおもえば、今度はすぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。いつもはこんなこと言うはず無いのに、やっぱり中身は19歳なのだなあ、と実感した。
少しならいいかな、と伏見さんの髪を梳こうと触れる。

「……っ!!」

するとこの間のように伏見さんの記憶がビリビリと流れてきて慌てて手を離した。なんで、さっきは何ともなかったのに、


もしかして、俺から触れるのがいけないのか?しばらく自分の手を見てごちゃごちゃと考えてしまう。暫くして弁財達が帰ってきて、どうしたんだと聞かれ、慌ててなんでもない、と誤魔化した。


だとすれば、俺から伏見さんに触れることは出来ないということなのか。何故か伏見さんにだけ機能しないこの手袋が忌々しくてしょうがなくて、意味もなく睨みつけた。



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