短編 | ナノ


▼ 五伏



「伏見さん、僕伏見さんのことが嫌いです」
「…そうですか。」

寮内で珍しくバッタリ会った部下にいきなりそんなことを言われる上司などいるのだろうか。少なくとも伏見の記憶の中ではそんな肝っ玉のある奴を見たことはなかった。ただ、目の前にいる人物はサラッと、自分のなんでもないことを語るように、言葉にしてしまった。
伏見はそれに対して苛立つわけでもなく、素直に受け取ることができた。いつもと違い今日は非番で心にまだ余裕があるのでいつものように舌打ちして怒鳴り散らすことは無いというのもあるが、嫌われる要因に心当たりがありすぎるくらいだからだ。寧ろ好かれるはずがない。

「あんた非番じゃないでしょ、早く仕事行ったらどうですか」
「んふ、伏見さんはこんなとこで何してるんですか?いつも非番の日は部屋に引きこもってるのに」

ムカつく。しかもなんで知ってるんだよストーカーか。ピクリと眉間に皺が寄るが、ここで怒鳴っても意味が無いし、朝なのでそこまで怒鳴る気力はない。

「……コンビニ行くんです」
「ああ、なるほど」
「もういいっすか、」

そう言って邪魔な障害物をすり抜けるように五島の側を通り抜けようとすると、パシリと腕を掴まれた。苛立ちが更につのり、なんだよ、と五島を睨みつけるが、へらっと笑って今日なんの日かわかりますか、と訊ねる。

「今日?3月30…」
「意外と日付の感覚無いんですねぇ、朝だからですか?」

は?何行ってんだコイツ。ポケットを漁りタンマツを取り出し今日の日付を確認する。するとそこには4月1日と表記されていた。もう月をまたいでいたのか、とどうでもいいことを考える。そして五島がわかりましたか?と。

「何がいいたいんだよ」
「僕は伏見さんのことが大嫌いです」
「わかったから、」

言いかけてハッとする。伏見は五島の言いたいことを今更ながら悟ってしまい、握られている腕と顔の温度が少し上がった気がした。

「冗談よして下さい」
「僕は本気です」

掴んでいた腕を離され、痛かったですか?と撫でられる。午後に仕事が終わったらもう一度会いに来るんで、部屋開けてくださいね?と。絶対に開けねえ、そう言っているのに飄々と癪に障る笑みを浮かべ、仕事へと向かっていった。




午後、本当に五島が部屋にやってきた。最初はシカトしていたのだが、5分くらい経ってなんだか出てやらないのも可哀想だな、と思いドアを開けようと重い腰を上げた時だった。

「あ、開いた。」
「!?」

コイツ、俺がドア開く前に自分で開けやがった。ピッキング?いや、この寮の部屋は全室オートロックのはずだ。ならどうやって、

「どうやったんすか」
「そんなのどうでもいいじゃないですかぁ。」

パタンとドアが閉じる。その途端首元の服をぐいっと引き寄せられ、口づけられる。
意外に長い五島の舌が伏見の口内で暴れる。歯列をなぞられ、舌を吸われ、ちろちろと嬲るように舌が動く。唾液が口の端から流れ出して顎を伝う。息をするのも苦しくなりやめろと突き放そうとしても手に思い通りに力が入らない。

「んーっ!ん、んぅ、はァ、」

やっと口を離され、酸素を求める伏見を嘲笑うかのように伏見の舌と五島の舌を繋ぐ糸を舐めとった。勿体無いとでもいうように顎に流れた唾液さえも舌で掬って舐めとった。

「好きです、伏見さん。僕のものになってください」
「はッ、っはぁ、誰がなるか、不法侵入者、変態」
「えー…」
「ちょっ!っ何してんだ」

あろうことかこの変質者紛いの部下はやわやわと下半身のソコを撫で出したかと思えば下着の中に手を滑り込ませてきたのだ。

「いや、僕のこと好きになってもらうには身体からが手っ取り早いかなって」

滅茶苦茶だ。






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