時軸:未来
設定:日番谷夫婦のとある夜








「私の一番恐れているものが何か、知っていますか?」


縁側で二人。月を見上げ、酒を舐めながら俺たちは夜を明かしていた。酒の所為で身体は火照っていたが、風が冷えてきているような気がして自らの羽織を彼女の肩に掛けると、彼女はうっすら微笑んだ。


「害虫」
「それは一番嫌いなものです」
「わからん」


彼女の嫌いなものならばいくつか知っている。花を荒らす害虫。暑すぎる日。唐辛子。しかし、恐ろしいものと言われると何も思い付かなかった。聞いたことがない。
答えを待つ俺に、彼女は言葉を濁し酒をあおる。しかし、はだけた着流しから覗く白を見て、彼女は決意したかのように目を細めた。


「うらぎり」


囁く声が秋の闇に漂い消える。
反射的に二人の男の名が脳裏を過った。


「裏切りほど恐ろしいものを私は知りません。貴方は頑なに私を信じてくださいましたね」
「……あぁ」
「当時の私は、それが恐ろしかった」
「俺が、か」
「零が滅び、五番隊に配属された私は暫くして気付いたのです」


彼女は淡々と言葉を紡ぐ。次第に俺は相槌を打つのをやめた。


「ある日、名すら知らなかった五隊の人間が任務で亡くなりました。私にとって、死は恐怖でした。しかし、その時私は何も感じなかったのです。涙する人達に囲まれ、そして気が付きました。親しくなければ苦しくないのだと」

「親しいからこそ、苦しいのだと」

「…私は壁を作ることにしました」

「お陰で、五隊に裏切られたときも痛みは少なかった。壁は更に高く厚くなりました。しかし、十番隊の人たちは私の壁を壊し始めました」

「恐ろしかった。この人たちに裏切られたら、私は今度こそ生きていけないだろうと本気で思いました」



ぽつり、ぽつり。一人、話し続けていた彼女は、ふと俺の顔を見て苦笑う。
そんな顔をしないでくださいと言われたが、自分がどんな顔をして居るのか俺にはわからなかった。



「昔の話です。今はそんなこと考えていませんし、貴方が私を裏切らないことも分かっています」
「…ああ」
「でも、貴方は一つ分かっていない」


彼女が猪口を置く。月に照らされる彼女のその仕草はあまりに美しく、見惚れていると肩を押された。酒の力も手伝い、俺は容易く天井を見上げた。起き上がろうとするも、肩を押さえ付けられそれは叶わない。彼女はふわりと笑い、俺の腹に乗った。屈み込む彼女の髪が鼻先を擽る。


「死も、裏切りですからね?」


肩に置かれた手が鎖骨をなぞり、そのまま着流しの下へと潜り込んでいく。包帯の上から、掌の熱を感じた。消えかけていた虚の爪に寄る痛みが、食い込む指に舞い戻る。


「殺されたりしたら許しませんよ。虚にも死神にも病魔にも貴方はあげません」


一人の女性の名を思い出す俺の首に彼女の細い指が絡み付く。
力なんて入っていないのに、言い知れない息苦しさに襲われ逃れるように口を開けば、すかさず唇で塞がれた。
右手で喉元、左手で傷を、舌で口内を、執拗に攻め立てられ意識が濁る。酒気を含む空気から彼女の苦しみが流れ込んでくるようだった。


「いっそ、私の手で」


唇を離し、呟いた。吐息が唾液を通じて肌を冷やす。彼女は俺の胸に落ち、そのまま寝息をたて始めた。

息を吸う度に胸の傷と頭が痛みに疼く。


「(お前にならば)」


彼女の頬を伝う雫を拭い、細い身体を抱き締めた。飲み込んだ言葉が脳裏で木霊する。それは、同情から来るその場限りの慰めではなかった。


それでも俺は言葉を飲み込む。

彼女が求めているのはそんな言葉じゃない。その言葉は何よりも彼女を傷つけるものだ。

知りながらも伝えたくなるのは、感情に毒されているからなのだろうか。酒に流されているからなのだろうか。


俺は、彼女がいとおしいだけなのに。






屈折




20090919



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