時軸:現在
設定:サボってみた







「あんたサボったことないの!?」



松本副隊長の問い掛けの真意も分からずに、ありませんと答えれば彼女は顔を蒼白させ、それから目を輝かせた。
じゃあ、あたしが教えてあげる!
私の答えも聞かずに副隊長は私の書類を放り投げ、がっちりと手を繋いだ後、瀞霊廷中を連れ回した。遊び、食い、飲み、遊び、遊び、遊び。十時に始まったそれは終業時間である五時を迎えてもまだ続いた。


「ま、一通りこんなところかな!」
「し、しぬかと思いました」
「あら。まだまだ初心者コースなのに!」
「初心者コースで現世まで足を伸ばすんですか?!」
「じゃーこのまま飲み屋行くわよ!」


ぐいぐいと手を引かれ、引きずられるようにして居酒屋の立ち並ぶ路地へと向かうと、曲がり角で副隊長が突然立ち止まり、その背中に顔を打ち付けた。ずれた眼鏡を直しながら前を窺い見れば翡翠と目が合う。


「松本に朝倉…」
「た、たいちょー」


松本副隊長は「ここは隊長が来るかもしれない」とか「あそこは隊長にばれたからだめ」とか「この影に隠れれば隊長の身長的に見つからない」とか事ある毎に隊長関連のアドバイスしてくれたが、肝心の、遭遇した時のアドバイスはまだ聞いていなかった。どうするのかな、と、何処か他人事に眺めていれば松本副隊長はくるりと振り向き、そして叫んだ。


「逃げるわよ、春樹!!」


叫ぶと同時に瞬歩で消えた松本副隊長を殆ど反射で追い掛ければ、後ろからは恐ろしい声が聞こえた。そうだ。よく考えたら私もサボったんだ。もし捕まったら松本副隊長みたいに怒られてしまう。漸く焦りだした頃、私は異変に気がついた。
松本副隊長ってこんなに足が速かったっけ?
以前、任務に同行したときはこんなには速くなかったはずだ。義骸に入ってる私と同じか、それ以下だった筈なのに、どんどん差が広まっている。日番谷隊長だって先にスタートした私に追い付けるほど速くは無かった筈なのに。何故か私は手首を掴まれ、その逃走劇は呆気なく終わった。






「お前、何でそんなに、足が速いんだ…」


息を切らし壁にもたれながら隊長は私を見た。私は私で貧血まで併発させ、殆ど倒れ込むようにして隊長を見上げる。


「隊長こそ、速すぎます、よ…!」
「馬鹿を追う内に、何時の間にな」
「ていうか、松本副隊長、は、何なんですか」
「俺もあいつと会ってから初めて知った。あれが逃げ足と言うものらしい」
「実在、したんですか…」


戦闘時よりもって。あぁ、あの人は全力で生きているんだろうな。気配の消し方も今日は最高だった。その力を少しでも事務仕事に活かせたら、十番隊の、隊長の苦労は半減するのではないだろうか。…無理な願いか。あぁ、脱力。


「で。今日はどうしたんだ。サボリ犯」
「え?う。あー…。…ちょっと、サボりたい気分で…」
「嘘を吐け。嘘を」
「えー」
「どうせ松本に無理矢理付き合わされたんだろ」
「いえ、無理矢理と言うか…まぁ、切っ掛けはそうかもしれませんが、私もそこそこ楽しんでしまったので…」
「楽しんだのか」
「はい」
「楽しかったのか」
「それなりに」


日番谷隊長は深いため息をつき私の目の前に立つと、拳を向けた。殴られるのかと思いきや、繰り出されたのは細い指。デコピンの現実的な痛みに私は思わず奇声を上げた。


「今日で最後にしろよ」
「あ、う」
「返事」
「は、はい…!」


どうしたら指一本であれほどの攻撃を繰り出せるんだ。不思議でたまらない。額をそっと撫でていれば再び隊長の手が近づき肩を揺らせば、隊長は苦笑いながら私の肘を掴み立ち上がらせた。見かけによらず力が強いのだ。


「帰るぞ」
「…はい」


一日歩き回った所為か、久しぶりに全力疾走した所為か脹ら脛が熱を持っていた。今晩には少し疼くかもしれない。筋肉痛なんて何時振りだろう。でも、なぜだろう。悪くはない。


「…ところで隊長はさぼったこと、あります?」
「有ってたまるか」
「じゃあ今度、私が教えてあげますよ」
「…頼むから、あまり松本に毒されてくれるなよ」


切実な物言いに私はつい、笑ってしまった。松本副隊長が日番谷隊長を怒らせる気持ちが少しわかったような気がする。







散歩日和




2090903



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