時軸:現代
設定:もしも、嫌われていなければ





「春樹ちゃん、これ、書類届けて貰ってもいい?」
「あ、はい。十一隊ですね。只今」
「そうだ。美姫ちゃんが、今日のお昼は裏庭でって」
「裏庭」
「今、椿がきれいなの」
「ああ。分かりました。楽しみですね」
「ね」


彼女は名の如く花のように笑う。
この隊には汚れのない子が多い。私のような人間に彼女たちは本気で友情を感じてくれているのだ。
奇跡にすら近い。このぬるま湯のような環境を、私は好いていた。
十一隊への書類を抱え、五番隊を後にする。


「朝倉!刀を抜けェ!」
「お断りします」
「春樹ちゃん、遊ぼうよー」
「ここでの遊びは痛いから嫌です」
「問答無用」
「う、ぁああああぶない!私は書類届けに来ただけだといっているのですが!」
「うるせぇ。死にたくなきゃ掛かってこい」
「隊長、本当に朝倉好きだよなァ」
「まぁ、二択ならば美しいかな。僕には敵わないけれど」
「そんなことはどうでもいいから助けなさいそこの下っ端共!っ、」


あいつおもしろいよな。あぁ、それは確かにね。春樹ちゃんかあいいよねえ!まぁそれも確かですけど。
なんて縁側の年寄りみたいにほのぼのと会話を交わす奴等に書類を投げつける。空を舞う白に皆が気を取られている隙に逃げ出した。全速力で駆け抜け、追っ手を漸く巻いたところで膝から崩れ落ちた。鉄分が足りない。目の前がくらむ。
風の音がうるさいと思ったらそれは自分の呼吸する音で驚いた。あぁ、もう。だからあの隊は嫌なんだ。
何かが落ちる音に目をあげれば、赤い椿の生首が落ちていた。


「椿…」


頭が痛み目を瞑る。目蓋の裏に蘇る映像に呻いた。違う。もう、私は平穏を手に入れたんだ。
消えろ。思い出すな。
こんな花如きに乱されるな…!


「おい。お前」
「……」


声に膝に埋めた顔をあげ、瞳を開く。
目の前に現れたのは、椿の紅ではなく美しき蒼。


「酷え顔色だな」
「あ、」
「大丈夫か?」


私に視線を合わせるために地にひざまずいたその人は死覇装の袖で私の額に滲む脂汗を拭う。


「あ、あの」
「あ。悪い。馴れ馴れしかったな」
「え、いえ。そうではなくて」


少し焦ったように彼は手を引き懐をあされば、私に手ぬぐいを寄越してくれた。汗を拭うでもなく、それを握り締め彼を見た。
怒ったような表情。幼い顔立ち。白いまつげ。碧の瞳。そして、眩しいくらいの隊長羽織。なぜ、このようなかたが私なんかに手を貸すの


「思い出した。朝倉だな」
「え」
「何度かうちの隊に書類を持ってきていただろう」
「え、あ、は」
「五隊五席。だったな」
「は、い」


あぁ。変わったお方なんだ。
さもなければ、こんな風に他隊の、数回書類を渡しに来た程度の人間を覚えているはずがない。


「四番隊に行くか?」


四番隊。繋がる名前はただ一つ


「いえ。立てそうにもないので」
「分かった。じゃあ腕を回せ」
「え?」
「運ぶ」
「うっえ、だ、そんなにしてもらわなくても平気です、しゃがんでいれば治りますから!私のことは放って置いてください」
「そうか」
「……まだ、何か?」


明確な拒絶をしたと言うのに未だそこから去ろうとせず私の側に座り続ける彼に、思わず不躾なことを言ってしまう。しかし彼は気を悪くした様子もなく、寧ろ何処かすまなそうに自分のうなじを指で掻いた。


「ここにお前を残して行くわけにもいかないだろう」
「……残して、良いですよ」
「出来るか」


彼は大袈裟にため息を付く。なんて人だろう。こんな、他隊の得体の知れない不躾な女に、そんな、


「すごい、殺し文句」
「なんだ?」
「いえ、べつ、に」
「お前…笑ってんのか?」


笑っていた。お腹を抱えて、地面に膝を突いて。何故か、どうにも止まらなくて。
涙の滲む瞳で彼を見れば呆気にとられていた。同じ気持ちですよ。全く。


「落ち着いたか」
「こんなに笑ったのは、久しぶりです」
「そりゃ良かったな」


機嫌を損ねたようにそっぽを向く彼に再び笑みがこみ上げるのを感じて、あわてて抑える。彼も、こんなばかな女、さっさと置いて行ってしまえば良かったのに。
ふと、地に咲く傷んだ椿に目が行く。映像は、痛みは蘇らない。腹の底に渦巻く感情が消え去っていた。


「美しいな」
「え?」
「椿」
「あぁ」


彼の視線を追い、深い緑を彩る紅を見つめる。抱いた感情の懐かしさに苦笑いをかみ殺した。あぁ。私は何時だって地面ばかりを見ていたんだな。
全く、どうしようもない。涙も出ないくせに無性に泣きたくなってため息を吐けば、不意に頭を叩かれた。


「なっ!?」


それなりの力で叩かれた気がした。じんじんと痛む頭に本気で涙目になっていれば、私を叩いた日番谷隊長は頭をぐしゃぐしゃに撫でる。痛んだが、その掌の温かさは心地が良かった。


「よく分からねえが、あまりため込むなよ」
「え?」
「お前は、笑っていた方が良い」


ぱき。
椿の木が音を立てる。見上げれば、痛んでいたのか前触れもなく枝が折れ落下していた。隊長は殆ど反射的にそれを掴む。花が付いていた。あぁ、彼の白にそれはよく似合う。雪の日の椿だ。


「やるよ」
「え?」
「迎えだ」


枝を私に持たせ立ち上がる彼の視線を追えば、一人の少女が此方に向かって駆け寄ってきていた。
最後に礼を言おうと顔を上げれば、隊長はもう居ない。幻?

慌てて目を瞑り触れたばかりの霊圧を探ってみる。


(有った)


彼の霊圧は確かに存在していた。
せせらぐ雪解けの川のように強かに清らかな霊圧。戴いた椿から熱が流れ込む。
胸の辺りが、熱いものでいっぱいになった。
そして、同時に酷く焦がれた。


「日番谷、冬獅郎」


目蓋を閉じ、確かめるように声にする。
脳に刻み込んだ霊圧を、名前を、温かさを、感情を。私は一生忘れなかった。





必然


(何が有ろうと私達は出逢い、物語が始まる)20081224



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