未だ恋を知らず、愛は与えられず R18

麻生亮


白夜叉×3Z



「なあ、十四郎ケーキあるんだけど食う?」
 居間と繋がっているキッチンのカウンターの中から、ややくぐもった声がした。

「いや、いらねえ」

 甘いもん苦手なんだと続ければ、冷蔵庫の中を覗き込んだまま飲み物はいるかと訊いてきた声に、そっちは欲しいと返せばわかったとやや間延びした返事が戻ってくる。

「はいよ」

 ぽいと何かが天井へ向かう緩いカーブを描いて飛んで来た。慌てて炬燵に入ったまま身体を捻ると手を伸ばし、かろうじてそれを受け取れば、冷えた紙パックのそれで落としても問題はなかったことに安堵するが、しかし掌に収まったピンク色のパッケージに自然、眉間に皺は寄る。

「なあ、おい」

 人の家に上がって、しかも貰ったものに余り文句を言う物ではないと判ってはいるがしかし。

「なに」

 眇めた目で近づいて来る、あちらこちらに跳ね上がっている銀髪を上目遣いで見遣る。耳もすっかり隠れ襟足も男にしてはやや長めの銀色の髪を揺らしているこの家の一番下の弟は土方よりも三つも下の中学生だ。

「白夜お前さ、俺は甘いモン嫌いって知ってるよな?」

 なにこの嫌がらせと、自分は無類の甘いもの好きな白夜は冷蔵庫の中で見つけたショートケーキを片手に直に持ち食べながら、だから何と言わんばかりに見下ろしている。

「それ、俺のとっておきをわざわざ十四郎にって譲ったのに」

 ちょっと酷くね?と、すとんと傍らに座り込んできたが、白夜はしゃがんでいるからまだ視線はやや上だ。背が低いことを気にしているらしく、なるべくそうやって見下ろされないようにするのが可愛くもあるのだが、生憎だと憮然と唇を歪める。

「とっておきなら自分で飲めよ。甘ったるいもんはほんと無理」

 ぐいとその掌の紙パックごと彼の胸元に押し返せば、なんだよと生クリームをつけたままの頬がぷうと膨らんだ。

 それで済めばただの可愛い押しつけじみた我が儘で済むのだが、受け取ったその紙パックを、無造作に床に放り投げた白夜の瞳の色がすっと目を細めた所為で深くなる。この色は知っていると、ぎくりと土方は肩先を尖らせる。

「十四郎は食わず嫌いが多過ぎなんだよ」

 嫌な予感は直ぐに現実になり、生クリームが付いたままの手で顎をぐいと強い力で掴まれる。その指の何本かが反射的に引き結んだ唇を割り無理矢理開けさせると、先ず舌先に自分からは得ようとしない甘みと、押し付ける唇と一緒に、ぬるりと舌先が捩じ込まれた。

「……っん、ん……っ!」

やや高い位置からの口付けに逃れようとするが、この小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどに、がっしりと引き寄せられた腕は解けそうにない。

口内に侵入してきた舌の動きはとてもじゃないが中学生のするやり方ではなく、どこでこんなことを覚えたのかと、問いただしたくなるほどに淫らに動く。指と一緒に含まされているから余計呼吸は乱れ、ぞろりと上顎をなぞる動きにどうしてか背筋が震える。そこが性感帯などと知ったのは、つい最近だ。

 わざと空気を含んで絡めて、舌先でぴちゃぴちゃと立てる音に頭の奥が痺れそうになる。口の中に広がる甘い味や、自分の意思とは無関係に重ねられた唇はただ不快なだけの筈なのに、呼吸する度に漏れる息がともすればうっとりとした吐息じみてしまうのを止められない。

「……っふ……」

 中学生相手に全く抗えない自分が情けなく、与えられる刺激にぞくぞくと腰の辺りからせり上がってくる感覚に苛まれる。視界すら滲み出した頃、やっと離れた白夜と自分の唇の間に、つうと細い糸が光るのが見えた。

 ふうと思わず息を吐く。それは単に息苦しかった呼吸がやっと出来た、そのつもりだったのにくすりと嗤う声に神経が逆なでされ目の前の白夜を睨みつけた。

「気持ちよさそうな顔をするよなあ、十四郎は」

 そんなに俺のキス上手?と尖らせた自分の唇を指差して、得意げなのがまた憎たらしい。

「ね?キス好きだろう?」

 さらにとどめとばかりにニヤリと嗤うその横っ面をはり倒したい衝動に駆られるが、年下相手にムキになるのもとぐっと堪え、濡れた唇をぐいと手の甲で拭く。問われたことには応えず、ほらさっさと宿題やれよと自分の対面を促した。炬燵の上には手つかずのノートが開きっぱなしだ。

「早くやらないとみてやらな……っ」

 さっきまでの出来事を何事もなかったかのように冷静に対処していなすつもりでいた。だが、そんな目論みも今度は反対に、やや下から銀色の髪をふわふわと揺らし覗き込んで来た、一見無邪気な瞳に阻まれる。

「やるってこっち?」

 そう言うとずぼっと炬燵の中に手を突っ込んできたのを慌てて止めようとしたが、寸でのところで間に合わなかった。やめろと口で制したものの、敢えなく制服のズボンの上から握られては、ふっと息が不覚にも漏れてしまう。

 やっぱり勃ってんじゃんと嬉しそうに言う白夜に文句の一つでも言いたいのだが、一体何の文句だと考えてしまうと口を吐いて出て来ない。

「チューくらいで勃起する十四郎可愛いなあ」

「……っやめろ……っ……!」

 抗おうとするが背後から抱き竦められる形で腰を掴まれては、その悪戯な手を止めることが出来なかった。ほらと、ズボンの生地を持ち上げているのを教えられては肩口から前を覗き込んでいる白夜の頬と自分の頬が触れ合っているところが灼けるように熱い。

 自分とてこんなことくらいでと思うのだが、反応してしまう浅ましい身体が恨めしいとは思う。しかもこんな中学生の悪戯みたいなことでと、必死で手首を掴んで引き剥がそうとするが、また寄せて来た唇を重ねられては、それだけですうと力が抜けてしまうのが情けない。

「い、いい加減にしろっ……やめないと来ねえぞもう……っ!」

 これ以上流されまいと、堪らず大きな声を土方は上げた。すっかり度を失ってはいたが、荒い息の中背後を睨みつけてそう怒鳴れば、やっと指は離れ、十四郎こわいーと戯けてみせるのだから、反省の欠片もない。

「後で、試験前にここ解らないとか言って泣きついてきても知らねえぞ」

「あ、それはちょっと困るかも」

 じゃあと眉間に皺を寄せたまま、顎で件のノートを指す。すればようやく、はいはいと背中を抱いていた身体は離れ、立ち上がると土方の対面に座り、白夜もまた炬燵に身体を滑り込ませた。めんどくさいんだよなあと言いつつもやっとシャーペンを握り、テキストを開き出した彼にこっそり安堵の息を吐く。

「解らないところあったら訊けよ」

 今の今まであんなことをされていたのに、自分でも律儀だとは思いつつそう声を掛ければ、へーいと早速眉間に皺を刻んだ白夜の顔が見えた。しかしなかったことにしてしまわないと、いつまでも引き摺ってしまいそうで、無理矢理にでも平静を取り戻そうとするのが正解だ。

「なあ、そういえば先生は」

「あ?銀八?今日は呑み会行くって」

「じゃあ、メシは」

 お前どうするの、と続ければ適当にコンビニで何か買って食うと案の定な返事に、やっぱりと土方は顔を顰めた。

「仕方ねえな。なんか適当に作ってやるよ」

「やった、なあ、じゃあさ俺この間お前が作ってくれたオムライス食いてえ」

 いいよと口元を綻ばせる。マジ、じゃあ頑張ると俄然やる気になった様にまだまだ幼さを感じ、とてもさっき自分を翻弄していた相手と同一人物とは思えない。













 土方くんにお願いがあるんだけどさ。

 何かの折りだったのか忘れたが、多分提出物のプリントか何かを集めるのを頼まれて準備室に届けた時だっただろうか。国語教師で担任でもある銀八が唐突に、内緒にしておいてと声を潜めてきたことにどきりと心臓は跳ねた。

 お前、確か教職狙ってんだよなあと続き、なんだただの進路関係の話かと、ちょっと内心落胆した自分を慌てて、何考えてるんだと心中で焦りもしたが、それは表情には出さずええと応えるとニヤリとその唇がつり上がった。

 俺の弟の勉強見てくんない?

 情けないんだけど出来が悪過ぎてと銀八は寝癖を直しもしない髪をぼりぼりと、バツが悪そうに掻いた。

 そんなの先生が教えればいいんじゃないかと思えば、俺の言うことなんて聞きやしないと言う。要するに反抗期らしい。

 こっそりだけどバイト代も出すからと懇願され、確かにいろいろと入り用でもあったからその資金が欲しくてバイトでもするかと物色していたところだ。有り難い話ではあったが、なんだか責任重大な気もしたし、兄弟のいない自分にとってそんな反抗期まっただ中の中学生を御し得るのかと自信がないから直ぐに返事が出来ない。

 お前、優秀だしさ、大体みっともなくて他に頼めるヤツいねえんだ。

 なあ、頼むよと懇願されては悪い気もしなかったし、自分にしかと言う言葉の響きは余りにも甘美ではあった。それにここまで話を聞いといて断り、ならと他の生徒なり誰かに頼む銀八を想像すればそれは嫌だと思ってしまったのだからどうしようもない。

 やってみますとその頼みを受けたのが夏休み明けの丁度二月前。

 じゃあ早速とその日のうちに下校後、銀八の車で初めて彼の自宅を訪れた。来てみれば今まで知らなかったが、家の近所だったということに驚き告げれば、なんだよじゃあ帰るのも心配ないなあと、そんなところまで考えていてくれていたのはちょっと嬉しかった。

 見知った住宅街を抜け、ここと車が入っていったのは、他に立ち並ぶすっきりとした今風のそれではなく、古風なというよりは瓦屋根の一昔前の家だった。ややくすんだ白壁には所々ヒビが入っていたが、塀の内側をまたぐるりと取り囲んでいる植木はちゃんと手入れが行きとどいているように見えたし、地面には箒で掃いた跡がある。

 なんだか門を入った途端に田舎の祖母の家を訪れたようなそんな感覚に捕われながら後に続くと、これもまた古風なガラガラと横に滑らす引き戸を開け中に入れば、薄暗くひんやりとした空気がまた田舎の家と似ていると思った。

 遠慮しないで上がってと、暫くぼんやりと立ち尽くしていたらしい。あ、はいと慌てて三和土で靴を脱いで上がる。悪いな、うちスリッパとかねえんだと、まさか学校のスリッパをガメる訳にもなあと、いい加減上履きのひとつも買えばいいのに、いつも校内でペタペタとだらしなくいつまでたっても学校のスリッパを履いている銀八が言うのがまたおかしかった。

 白夜呼んで来るから、とそこで弟の名を知った。そこに座ってと促されたのが、あの時はまだ炬燵に設えてはなかったこの座卓で、暫くして半ば引き摺られるようにして部屋に連れて来られたのが最初の出逢いだ。

 銀八と同じ銀髪がふわりと揺れ、むっつりと不本意と言わんばかりに顔を顰めてろくに自分の方を見ようとはしないが、それにしてもよく似た兄弟だとそれが最初の印象だった。

 彼の子供の頃は丁度こんな感じだったのだろうかと思えば、気付かぬうちに口元が綻んでしまったのだろう。何にやけてんだ気持ち悪いといきなり罵倒の言葉を浴びせかけられるとは思わず、それには銀八も焦ってぽかりとその頭を小突いた。

 すまん口が悪いんだと、ぐいぐいと無理矢理頭を下げさせると、ほら今日からお前の勉強見てくれるんだと言う。

 土方にしてみてもこんなことで気を悪くする筈もなく、反抗期で兄である銀八とは成る程険悪な雰囲気ではあったが、もともと仲が悪いようには決して見えなかった。中学生特有の虚勢を張っているというのがありありと感じ、よろしくと未だ立ったままの白夜に手を差し伸べると、名前はとやっと自分の方を正面から見据えた彼が言う。

 土方、と言うと下の名前だよと全く年上に対する口の聞き方ではなかったが、やはり怒る気にはなれず、十四郎と続けた。

 すれば何それ女みてえな名前と、吹き出した白夜に勿論傍らの銀八から今度はかなり強めの拳骨が与えられ、自分も流石にどこが女っぽい名前なんだと憮然としてしまう表情を隠すことが出来なかった。

 そんな最悪な出逢いがどうしてと、気を抜けば未だ身体の奥に潜んでいる熱がぶわりと沸き上がりそうだと、土方はそっと息を吐く。

「なあ、十四郎」

 解らないんだけどという声に、どれとやや腰を浮かし、指差した問題を見遣る。

 最初は勉強を見てやって欲しいと言われて、出来るのだろうかという不安感の方が強かった。だって先生が教えるのが一番手っ取り早いんじゃと至極当然の考えがまっさきに浮かんだのだが、俺は国語以外は専門外だという一言で呆気なく潰えたのだが、まあ確かに言われてみればその通りだ。

「あー、だからここにエックスを代入して……」

「あっ、そうか。成る程な。解った」

 やってみると、皆まで聞かずにノートにシャーペンを滑らし出した。途端にすらすらと計算式を書き出したのを見て、大丈夫そうだなと視線を自分が手にしているテキストへと戻す。

 銀八は、弟のことを随分出来が悪いと言ったが自分には到底そうは思えなかった。今のようにヒントをひとつ与えれば、それがきっかけで解法を導き出せるのだから決して頭は悪くない筈だし飲み込みも早い。

 一度教えれば素直にそれを取り入れる、まるで水を吸うスポンジのようで、要するに本当に成績が悪かったというのなら、それは単純に勉強の習慣がなかったからか、勉強の仕方を知らなかったのどちらかだろう。

 勿論、これで成績が上がらない訳がなく、この間の中間試験では一気に上位へとその順位を食い込ませたらしい。

『ひでえよ、カンニングだって疑われたんだぜ!』

 憮然と口を尖らせたがとはいえ得意げに、こともあろうか土方が通う高校に試験結果を手にやってきたほどであったのだから、余程彼にしてみても嬉しかったのだろう。しかもそこに通りかかった銀八が、白夜がいることに驚いたりはしたが、ほらと見せられた結果を見てあまり綻ばせない口元をゆるりと解いたのを横目で見た。

 よしよくやったなあとその時は、すっかり先生ではなく兄の顔で弟の頭を撫でる。白夜の方も、仲が悪いと公言し、実際家で顔を合わせてもろくに口もきいてはいなかったが、やはり兄弟の絆はそう簡単には揺るがないのだろう。嬉しそうに笑った顔はまだまだ幼く、自分が少しでも力になれたのかと思えば、それだけで嬉しかった。

 本当にありがとうな、と不意打ちで自分も銀八に頭を撫でられたのは、思わぬお零れで、それもまた土方の心を弾ませたのだ。

「なあ」

 知らずに唇は緩いカーブを描き、僅かに鼻歌も漏れていたらしい。声を掛けられてそれに気付き、やや気まず気に顔を上げればここ、とまた教科書を手に白夜が顔を近づけているところだった。

 なんだ聞き咎められてはいなかったのかと安堵し、どれ?と顔を寄せる。すればこれと顎を掴まれ、ちゅっと不意打ちに唇を吸われた。

「なっ……!」

「ほんとにちょろいよな、十四郎センセは」

 隙があり過ぎとぺろりと唇を舐められまたぞわりと背筋が震えてしまう。うるせえと凄んだところで彼には通用しないことも判っているし、頬がやけに熱い。恐らく顔が真っ赤であることも知り得てるから、これ以上ムキになっても無様なだけだ。

 それにまた反応してしまえば、白夜を余計煽り立ててしまうだろうし、こういう時は口を噤む。およそ二ヶ月、彼と接するようになってやっとこの悪戯な年下の小悪魔の対象法を最近把握した。

「もう。質問じゃねえならさっさと仕上げろ」

 こっちも終わってねえと自分の進捗状況にやばいと頭を掻く。

 勉強を見ると言っても家庭教師みたいなことじゃなくていいからと、果たして自分に出来るのかと二の足を踏んでいた土方に銀八は大丈夫だと笑った。

 弟の勉強見てもらって肝心の土方くんの成績が下がったら本末転倒だからと、要するにその時間は自分の勉強をしつつ白夜を見て欲しいそういう目論みがあったらしい。

 実際この手はうまくいった。さっきのように判らないところだけ訊いて来る遣り方は、最初はずっと質問されっぱなしになるのではと危惧したがそれはいらぬ心配で、年の差は違えど二人で勉強するのはお互い励みにもなりいい刺激にもなった。

 問題はこの集中力が切れた時に彼が仕掛けて来る揶揄めいた行為であり、それが常に土方がこの家を訪れる度に密やかに緊張しているなど白夜は気付いていないのだと思う。

 みっつも年下の中学生相手に怯えているなどと知れたらと冗談じゃないと頭を振ったが、実のところ彼に怯えている訳ではない。怯えよりも畏れているのは自分の中に巣食う浅ましい欲望だ。

 知らなければよかったのにと、悔しさにも似た感情は、シャーペンを握る力を強めてしまい、ポキリと芯が折れた。さっきとて、あんなキスごときでと思いつつも、そう考えたことで口内をぞわりとなぞられた感触を思い出しては、ぶるりと腰の辺りが震えてしまう。

「なあ、十四郎」

 また自分を呼ぶ声にそれが見透かされたのかと思い、何?と自分でも驚くほど大きな声が出た。肩先も尖り怪しまれてはいないだろうかと慌てれば、何故か目の前にいた白夜の姿が忽然と消えている。

「白夜?」

 おかしい今自分の名を呼んだ筈と首を巡らせれば、しかし直ぐにその訳を知った。

「ちょ、おい。何やってんだ」

 足下にするりと触れた感触に背筋が跳ね上がり、炬燵に掛かっていた布団を捲り上げれば、あろうことかそこにぴょこりと白夜が顔を出した。自分の股先に一体と反射的に腰が引ければ、おい逃げるなと足を掴まれ引き込まれる。

「さっき、中途半端だっただろ?イかせてやるよ」

「莫迦か。お前、宿題は……っ!」

 自分でも拙い制止の言葉だとは思った。そんなものは今さっき終わったと楽勝だねと舌を出し、無邪気な顔で笑う癖に指先は土方のベルトをカチャカチャと外し始めたのだからまた焦る。

「お前、莫迦ほんと止めろ」

 慌ててその指を握り込もうとするが、あっという間に前を解かれ下着の上からぎゅうと握られた。

「ほらやっぱり満足してなかったんじゃん」

 まあ知ってたけどねとにやりと笑われ、やっぱりと土方は臍を噛む。

 互いに向かい合わせで勉強している時、何度か炬燵の中で白夜の足と自分の足はぶつかった。

 足を組み替えるのだから仕方ないと思ってはいたし、その度に白夜は律儀に悪いと詫びた。それを素直に受け止めていたし、ただどうも足先が内股を擦ったりその先を掠めたりしてはいたが、それも自意識過剰だと思い気のせいで片付けてはいたのだ。

「ホント、十四郎って淫乱だよな。あんなことくらいで勃ちまくりかよ」

「違う……っ!」

 多分にお前の所為だと言いたかったが、それはまさに墓穴だ。いいからやめろと握り込んでいる指先を剥がそうとしたが、あろうことかもう片方の手がその両手首を容易く捻り上げ、その隙に下着のゴムをついと伸ばされて中に潜んでいた熱を引きずり出される。

「このちょっとふにゃっとしてるの可愛いよなあ」

 とんでもないこと台詞と無理矢理引きずり出された己の性器を目の当たりにして、土方は全身の血が頭に上る気がした。

 やや長めの前髪の隙間から紅い瞳がちらりと土方の反応を確かめるかのように見上げる。唇から小さな舌先が覗いたのを認めれば、莫迦とその銀色の髪に指を埋め制したがまたもや遅い。ぬるりと口内に含まれる感触に、はあっと思わず息が漏れる。

「汚ねえって……」

 温い口内に一度全部埋められ、またつぷりと窄めたその唇が離れた。

「ホント、十四郎の汗の匂いがする」

 否定されても信じられないと思うが、直情的な言葉もまた羞恥心を煽り頬を灼いた。

 しかもそのままもうやめてくれればよかったのに、柔い先端をぱくりと軽く唇で食んでくる。まだ芯が通らないその熱を何度かその唇がずぷずぷといったりきたりしていると、いきなりぎゅうと血液が集まるそんな感覚に苛まれ、またふうと漏れるのは熱い吐息だ。

「へへ。直ぐにおっきくなったじゃん」

 満足そうな声はまるで幼い子供が上手に出来たことを自画自賛するのにも似ているのだが、視線を落とせばちゅるりとその唇が先端を吸い上げるのを見てしまうと、また恥ずかしさに身悶えする。

 やめろと掠れた声を上げ、もう一度引き剥がそうと試みるが余計口内の奥へと咥えられ、じゅぷじゅぷとそこで淫らな水音を立て始めた。

 白夜の口の中に自分の浅ましい欲望が出たり入ったりするのを見ては、目に映る光景が余りにも刺激的で、麻痺した思考はただ快楽のみをなぞり受け入れる。

「……っは……」

 白夜も苦しいのか、一度唇を離すと息を吐く。気持ちいいと訊かれ、その眇めた瞳がいつもより大人びて見え、あの面影をつい思い出しては酷い罪悪感に苛まれながらも、気持ちいいとぽつりと零した。

 よかったと嗤い、伸ばした舌先が括れ部分なぞると、また詰めていた息が漏れる。

 きちきちに反り返った性器の根元に指を添え、再び窄めた唇を通って何度も含まれては、先端が彼の喉奥を突いてしまい、その度に苦し気な声を上げる。慌てて引き剥がそうと指は彼の髪の毛の中に強く埋もれるのに、その刺激も相俟って与えられては叶わない。

「だめ……しろや…っ……もう」

 引き剥がせないどころかもっと奥へとその頭を自分の方へと土方は掻き抱いた。

 途端、どくりと放出の感覚が腰を振るわせ彼の口内で達したことを知る。甘い痺れが指の先まで届くような快楽は、土方の唇からふうという深い吐息を零れさせた。

 白夜の背中もその瞬間に驚いたかのようにびくりと跳ねた。その顔をぼおっとした思考の中見遣れば、眉間に深い皺を刻んでるのを見つけ居たたまれない。快感の波はいまだびくびくと腰のあたりを振るわせていたが、穢してしまった罪悪感に慌てて、ごめんとずるりと引き抜こうとした時だった。

「おう、土方くん。お疲れさま」

 不意に背後から投げられた言葉に驚いて、思わず声すらあげそうになった。

 全く二人とも気付いていなかったのは夢中になり過ぎていた所為か。とにかく、その背後からとんでもない声が投げられたことに驚き過ぎて、そのまま炬燵布団をかけ、押し込むように白夜の姿を隠してしまったのだから我ながら酷い。

 呑みに行くと白夜は言っていた。その当人の銀八が突然ひょいと顔を出すなど誰が想像してただろうか。

「……先生、おかえりなさい」

 幸い顔を出したのがキッチンの方からで、居間にいる自分達からはかなり離れている。白夜の姿は見えなかったとは思うが返した声が震えてやしないかと危惧しながらも、不審がられてはいけないと振り返り見遣れば、流石に外では白衣を脱ぐ常識は持ち合わせていたようで、薄ピンク色のシャツを一枚だけ身に纏った銀八はおっと意外な顔をしてみせた。

「お前さんにお帰り言われるのも悪くねえなあ」

 忘れ物をしたのだと戻って来た銀八の零した言葉を、いつもなら喜ぶところだが、今はそれどころではない。

 ぐっとその布団の中でくぐもった白夜の声がする。未だ含まれたままの感触はあるが迂闊に動けず、まさかこんな光景を見られる訳にはいかず、咄嗟とはいえ懸命な行動だったのかもしれない。

 全身に冷や水をかけられた感覚に、焦燥感が肌をひりりと引き攣らせる。この炬燵の中で実の弟が土方の性器を咥え込んでいるなど、銀八が知ったらどうしようと、嫌な汗がぶわりと全身に吹き出るようだった。


「っていうか、おい白夜は」

「えっ、あの」

 至極当然な疑問だろう。トイレかと訊かれ、しかし直ぐにバレてしまうと思い頷けない。だからといって知らないと言うのもおかしな話で、コンビニに行ってると咄嗟に口を吐いて出た言葉に、なんだそりゃと銀八は顔を顰めた。

「逃げたってこと?あの野郎」

「いや!違います。俺がちょっと喉乾いちゃって……っ」

 だから買って来てと頼んだという言葉の語尾は、炬燵の中で身じろいだ白夜の所為で揺れた。慌てて俯けば、それを別の意味にとったのだろう。

 ああごめんと、ぽんと頭を軽く叩かれうちには甘い飲み物しかねーもんなあと、咄嗟に出た言葉をうまく納得され土方はこっそり安堵の息を吐いたが、その息は途中でまた甘い色を帯びた。

(ちょっ……信じらんねえ)

 じゅっと含まれたままの熱を吸われる。

 彼の口内で放出されたものの、未だゆるく屹立はしていた。その残滓を吸い上げんばかりに、じゅじゅっと唇を窄められては堪らない。

 莫迦と手を突っ込んだままの炬燵の中でその頭を小突き、一言だって漏らさないようにと唇を引き締める。

「それでお前、顔が真っ赤なのか。っていうか炬燵熱いなら外出りゃいいのに」

 莫迦だなあと言われ、しかし出れる訳がないと核心を掠められどきりと心臓が跳ね上がり、今まさに彼の弟の舌に翻弄されているこれが露見したらと泣きそうにすらなった。

 今度はお前が飲めるようなヤツ常備しとくわと、そのまま髪を撫でられるのが嬉しいと思うが、よりによってこんな状況でとどきどきと心臓が早鐘を打つ。

「あ、ありがとうございます……」

 礼の言葉も消え入りそうな体になり、悪いけど早く出て行ってくれないかとそれだけを念じていれば、銀八もそこまでのんびりしている暇はなかったらしい。

 部屋にかかっている時計をふと見遣り、やべえ時間と慌て出す。

「じゃあな、土方。悪いけど白夜頼んだから」

 これこれと居間の隅に置かれているライティングデスクの中から何やら書類らしきものを手にして、最後にまたぽんと頭を通りすがりに撫でて銀八はやっとその場を辞した。しかしまだ油断はならないと、玄関の引き戸ががらがらと音を立てるのを確かめてから慌てて炬燵布団を捲り上げれば、ぷはあと白夜が堪らないと頭を振りながら顔を出した。

「……っああ……っん……」

 同時にずるりと口内から抜かれた感触に、居間まで我慢していた分あえかな声が漏れてしまう。それを聞き咎められ、うわあ十四郎エロい声と揶揄られ、莫迦と罵倒しようと顔を見遣れば自分の放出した迸りで濡れた口元を、ぐいと手の甲で吹いている姿を目の当たりにして、脳が沸騰するかと思った。

「まったく、十四郎の濃いんだよ……喉に引っかかって気持ち悪い」

「え……お前……呑んだの?……!」

「はあ?だってあの状況で炬燵ん中出す訳にはいかねーだろ?」

 そっちの方が洗濯やら何やらで大変だと、しれっと事も無げに言う。ごめんと詫びれば、なんでと奇妙な嗤いをして肩を竦めてみせたが、口直しに美味しいオムライス食うからいいよと続けられ、それには一も二もなく大きく頷いてみせた。

 じゃあ早速と淫らな自分の格好を手早く直し、立ち上がろうとする。根本的にはどう考えても白夜の方が悪いのに、申し訳なさの方が先に立ち居たたまれないと逃れたかったのに、その腕をまたぐいと引かれ油断していた所為でぺたりと畳の上に尻餅をついた。

「その前に、十四郎の身体で口直しさせてくれよ」

 ちゅっと音を立てて口付けられ、部屋に行こうと誘われては言葉を失った。

「なあ、行こう?」

 選択の余地はないとばかりの有無を言わせぬ口調で、またぐいと手を引かれる。

 炬燵にずっとあたっていた所為か、それともさっきまでのとんでもない行為の所為かすっかり制服の上着の中のシャツはびっしょりと汗に濡れ、肌に張り付く感触が気持ち悪い。そこへひやりとした感触が襲い、ぶるりと背筋を震わせた。

 ね、と追い打ちをかけるように白夜が上目遣いで告げる。

 断れわれる訳がない。あの日からずっと。

 視線から逃れようと俯いた土方を、おいでと今度は宥めるように白夜が促す。

 諦めとそして抗えない快楽の前に、土方はふらりと立ち上がった。しかし顔を上げられないまま、まだ自分より幾分小さな手に引かれてついて行く。
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