相互記念小説
幸村甘夢

<幼馴染>


幼馴染というと、人はどんなことを想像するんだろう?

一般的に言えばやっぱり「仲が良い」とか「信頼できる関係」とか「一番近い存在」とかとか…人によって違うだろうけど、こんなのが出てくるんじゃないのかな。


だけど私と彼との関係は、上記のどれにも当てはまらない。

言うなればこれは、


「どうしたの名前?」

「………」

「そんな怒った顔して…ほら、もっと笑ったら?」


敵対関係だ!!!!!


幼馴染




「どうして私が怒ってるのかわかる?精市。わかる?」

「うーん……俺が今日、隣のクラスの女子と話していたから?」

「全っ然ちがう!そんなんで怒るわけないじゃんバカ!」


学校の帰り道。

家が近所な私たちが、偶然一緒に帰ることになるなんてそう珍しいもんじゃない。

だけど、今日は特別…というかなんかあっちが待ち伏せっぽいことしていた。

私はただでさえ怒りが収まらず一日中カッカしていたというのにも関わらず、穏やかに微笑む幼馴染に心底腹が立った。

「精市が!」

「俺が?」

「私の!」

「名前の?」


「恋路を邪魔するからっ!!!」


ご近所中に響き渡るような大声でそう怒鳴りつけた。

あ、今のはまずい。


もしかしたらお向かいの町田さん家とか黒川さん家とかに聞こえちゃったかも。

だけど精市は私がそんな大きな声を張り上げたというのに、まだニコニコ余裕たっぷりの表情を浮べていた。


「名前の恋路?そんなのあったの?あっても分からないからごめんね」

「わかってるくせに!!わ…私がっ、私がどれだけB組の松山くんを好きだったか知ってるくせに!!」

「へぇ、それは初耳だなぁ」


うっすら腹黒い笑みを浮かべる精市に一瞬、背筋がゾクリとしたけど今ここで怯んではいけない。


「今日…やっと告白したのに!したのに!」

「そうなんだ。どうだった?」

「よ…よくそうまあ、ぬけぬけと聞けるわね!」



―ま、松田君!私と付き合ってくれませんかっ!?


顔を真っ赤にしながら初めてした告白。

けれど松田くんは顔を真っ青にしながら私に向かって言った。


―ごめん。絶対無理

―!?



あのときはもう、天と地が逆さまになったくらいの衝撃を受けた。

ごめんならまだしも、絶対ってなに。無理ってなに。なんで二つの単語をくっつけたの。



―松田君は私のこと…き、嫌い!?

―いやいやいや…名前のことは友達として好きだよ。ただ…

―ただ?


そのあとに彼が続けた言葉こそが、今回の私の失恋と、そしてこの収まらない怒りの全ての原因・発端であった。


―お前の幼馴染…幸村、だっけ?怖ぇもん…俺はとてもじゃないけど駄目だわ。悪ぃな


そしてあっけなく、私の一ヶ月と半月の恋に終わりが訪れた。

失恋へのショックと、好きな人に拒否された虚しさと、何より私の恋愛をことごとく邪魔する性格の悪い幼馴染への激しい怒りがふつふつと沸いてきた。

そして現在に至る。


「………ぜ、全部精市が悪いのよ!!!」

「どうして?俺は悪くないよ。ふふっ」

絶対にこいつが悪い。いや、こいつしか原因が見当たらないもの。


「彼氏ほしいのに!えりもゆーこもなっつもみんな彼氏いるんだよ!?彼氏いないの私だけ!彼氏がほしいほしいほしいーっ!!」

駄々っ子のようにその場で足をばたばたさせる。

精市は呆れた目で私のことを見ていた。


「彼氏がほしくて松田が好きだったの?」

「違うよっ!松田くんに彼氏になってもらいたかったの!記念すべき初彼!」

「そうだよね名前。もう中三なのに誰とも付き合ったことないもんね」

笑いたきゃ勝手に笑えばいーよ!


「もう…どーして精市は私の邪魔するかなぁ……私のこと嫌い?嫌いだから邪魔するの?」

足をぴたりと止め、こちらを振り向く精市。

私は一瞬、びくっと身体を強張らせた。


精市は見たこともないような顔をしていた。私が全然知らない表情。


「……名前、自分の初恋がいつだったか覚えてる?」

「は?いや、今はそんなの関係な」

「名前の初恋は幼稚園のとき同じすみれ組だった井上ゆうた。大して意味も知らないくせにゆうたくんにチョコあげるんだーとか言ってバレンタインのとき、名前があいつのカバンに入れたチョコを抜き取ったのは俺」

「なっ…そんなことしてたの!!?」

精市は堰を切ったようにどんどん口調を激しくしていく。

私はポカンと口をあけ、ただただ目を見開いてキョトンとするばかり。


「小ニのとき隣のクラスの眼鏡かけた奴が格好良いとか言うから掃除のとき、わざとぶつかってそいつの眼鏡踏んでレンズを片方割って逃げたのも俺」

「あああ!いくら先生が捜しても犯人が見つかんなかったやつ…」

「小六のときに東京からきた転校生が爽やかで素敵!とか騒ぐから図工の時間に転んだ振りしてあいつのズボンに灰色の絵の具かけたのも俺」

「ひ…酷い」


精市はなぜか今までの自分の酷すぎる過去の出来事を次々に話し始める。

その衝撃的過ぎる内容に、私はもう驚きすら忘れて目をぱちぱちさせることしかできない。


「……中三になってからB組の松田が格好良いとか言うから、俺が直接言ったの」

「な、なんて?」

「…………名前に変なことしたらただじゃおかないって」

「………やっぱ精市じゃん!やっぱ邪魔してんじゃん!てか邪魔しすぎだから!なんでそんな私の恋を邪魔するわけ!?恨みでもあんの!?」


掴みかかる勢いで言ってやった。すると精市から返ってきたのは意外な言葉。


「恨みはないけど、名前の彼氏をつくるっていう目標を邪魔するわけくらいあるよ」

「…はぁ?」

ますます意味がわからない。


「第一、名前が悪いんだよ」

「わ、私のせい!?」

どこまで他人のせいにするつもりなんだこの性悪男は!


「こんな美形で将来有望な幼馴染を放っておくなんてずいぶん余裕だね?」


とん、と近くの電柱に精市が手をつく。そして私の顔の前には彼の顔がドアップに。

私はもう、精市が何を言いたいのか全くわからないので首を横に振った。


「ナルシスト発言はけっこーです。……そっちだって良い寄ってくる女子なんて選り取りみどりってやつじゃん。私はアンタの恋を邪魔なんてしていないんだから、もうやめてよ」

「んー…なんていうんだろ。名前が誰かを好きになるだけでそれは俺の恋の邪魔をしているというか、妨げているというか」

「意味不明だしっ!何が言いたいのよ!?」

本当は今すぐにでもあと十メートルくらい先にある自分の家に駆け込みたいのに、行く手を阻まれているためそうもいかない。


「じゃあ逆に名前は俺の初恋を知ってる?」

「……精市の、初恋?」


そんなの簡単だよ、と言おうとして口をつぐんだ。

すぐに出てくると思ったけど、いつまでたっても精市の初恋の女の子の名前なんて出てこない。

それもそうだ。だって精市からそんな話聞いたことないし、誰からも聞いたことがない。


そんな精市の…初恋の相手?


「…わかん、ない」


"幼馴染"だから。

なんでも知ってると思っていた。

なんでもお見通しだと思っていた。

だけどそれは違ったのだろうか。精市が私について知らないことがあるように、私も精市について知らないことがある。


「じゃあ教えてあげる」


狭くなった後、暗くなった視界。

唇に温かくて柔らかい感触。

おでこにあたる髪の毛のくすぐったさ。



「…………」

「わかった?これでさすがに、名前みたいな鈍感女でも気付くでしょ?ふふっ」


私は自分の指で唇に触れてみた。

たった今、この唇には奴の唇がくっついていた。


こ れ は つ ま り


「…ファ……ファースト…キス…が……」


頭がぐらんぐらんする。

なぜ?

なぜ?

Why?


どうして私の唇は、この忌々しい幼馴染に奪われた?


「ななな、なんで!?どーして!?え、返せ!私のファーストを返せ!!今すぐに!」

「まだ気付かないの?もしかしていなくても思っていたけどさ、名前ってつくづく馬鹿だよね。鈍いに二乗しても足りないくらい」

「罵ってなくていーから、早く返せバカ」

「…名前みたいに、鈍くてバカで間抜けな幼馴染を好きな俺が一番、バカなんだろうね」

「え」


精市はふんわり笑った。一気に私の顔の温度が急上昇する。頬に熱が集まって、きっと湯気になって出て行く。


「置いてくよ、名前」

そしてまた、さっさと歩き出す精市。

私は一連の流れを頭の中でリプレイし、そして結論を推測しながら慌てて精市を追いかけた。


「なによ…精市って私のこと好きだったの?」

「悪い?」

「…べっつにぃー」

「てか、気付いたらならさ、」

「?」



「さっさと俺のこと好きになってよね」



幼馴染




(どこまでも憎たらしい

私の幼馴染

そんなアイツが格好良く見えるんだから

私も相当なバカなのか)






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