No title




曇天を背景に、温い温度の空気を掻き分ける。
歩きなれない足をごまかすように、キィコ、キィコと自転車のペダルを踏んでゆく。
もうすでにぽつぽつと肌を叩く雨粒を当たり前に認識しつつ、自転車を漕ぐのも嫌いではない、から。
雨が降るのは人魚が悲しんでいるせい、なんて誰が言ったお伽噺か。
泳げもしないのに人魚気取りとは笑ってしまう。自嘲気味にくい、と上がった口角を認識しながら静かな街にペダルの音を響かせる。

どうしようもないな―一抹の感傷が少しだけ解消されたような、そんな気分になって、今日はここまで、と自転車を止めたのはいいけれど。来ていたパーカーはもうびしょびしょで、使い物にならなかった。ひやりと、衣類に隠されて微かな温かさを保っている肌に、水滴が落ちる。暴力的なまでの冷たさを保ちながら、身体の曲線に沿って流れていく。じっと、その水の跡を感覚で辿る。鳥肌が立つ、水の導線が鈍くなる、その一つ一つを明確に感じる。
ピピッ、機械的な電子音とともに、風呂の湯が温まったことを知らされる。
目を開けて、カゴへと着ていたものを落とす。何の音もなく重なった布を尻目に、ガラリ、と風呂場の扉を開ける。
キュッ、と小気味よい音を立てて、シャワーを浴びる。温かいそれに先ほどの冷たさが嘘のようだ、と忘れないように先ほどの感覚を思い出そうとした、けれ、ど。
温かい中でそうするのはあまりにもむつかしくて。
そっと静かに目を瞑った。


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