最後は朽ちた、彼女のように。
人魚の涙
(0401)



そうだなあ、恋をした人魚の男の子の話をしよう。少年は少女に恋をした。海辺で1人、歌を歌う、切なげな少女に。二人はいつしか大人になって、少年は少女に会うために声と引き換えに人間の足を貰った。声を発すれば、泡になってしまう。でも、彼女は視力を失ってしまっていた。

彼女には夢があった。
音楽の先生になるという、夢。でも視力を失ってしまっては、大好きなピアノも、勿論その夢も、諦めなきゃいけない事になってしまった。
療養の為、帰ってきた故郷で出会ったのは…幼い頃の王子様だったのに。彼は声が出ないから、彼女が気づく事はできなかった。

そうして少しの、彼女が療養している間、彼と彼女は寄り添っているのだけど、そんな間にも時間は淡々と過ぎていって。
とうとう、彼は彼女に婚約者がいる事、もう自分にも時間が無い事を知る。
だから、最後に。

彼女と海へ行く。

何も知らない彼女はそこで幼い思い出を、綻ぶ蕾の様な笑顔で楽しげに語る。
彼が、寂しそうな顔をしていることを知らないで。
そうして、あの時の歌を、もう一度聴きたい、と。切なくて、恋しくて、儚げで、キラキラしている、あの声が聴きたい、と。
もう一度、歌い合いたい、とそう涙を流す。

繋いでいた手を離し、彼は静かに海の方へ歩いていく。
そして、歌う。
それは彼の身体を蝕む行為。
少しずつ、泡に消える自分を感じつつ、せめて、これだけは全て歌わせて欲しい、と必死に、切なげに、歌う。後ろからは彼女の声が聞こえて。もう全てが消えようとする時、歌は止み、

ふっ、と口元に笑みを湛え、一筋の涙が頬を伝った。


「好きだよ」

泡となって溶ける寸前に、彼はそっと、呟いた。声を聞いて、最後の…寂しい告白を聞いて、彼女は彼があの時の王子様だった事を知る。

後には、蒼い海だけが、残されたまま。



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