「じゃあ、狭いですけどごゆっくり…」

「ああ、Thanks」

パタンと閉ざされた扉に息を吐き、政宗は身に付けていたものを足下へと滑らせていった。
すべて脱ぎ去り、いざbathroomへのドアを開かんとした時、先ほど閉ざされた扉越に声が掛けられる。

「すみません、ちょっと出てきますけどすぐ戻りますから」

続けて発せられた『何か音が鳴っても出なくて構いませんから』と言う言葉など頭に入らず、素早く扉を開いた。

「今何刻だと思ってる!?こんな刻限に―――…」

「きゃあああああっっっ―――!!!!?」

「…ッ、Shit!」


扉のすぐ側。
玄関口、そこから今まさに表へ出んとしていた名の瞳が驚きに見開かれ、その小振りな唇から飛び出した叫びに図らずも耳を貫かれて…

慌てて飛び出し、その唇を掌で塞いだ。
羞恥にだろう。身を縮こませ、固く目を閉じたその面は紅梅に染まり。
その段になり初めて、政宗は己の犯した失態に気付く。

「Ah…――Sorry、悪かった」

口を塞いだ掌を外して、そのままその頭部へと回す。
怯えさせない様に、そっと優しく撫でて。

幾往復かさせた頃、ようやく名の身体の強張りが解け…
視線はさ迷ってはいたが、落ち着いた声で答えてくれた。

「…私こそ、叫んじゃってごめんなさい」

真っ赤に染まった頬に潤んだ瞳、艶ののせられた唇―――

「…ッ、いや…」


こんな女の姿は飽きるほど見ていたはず。
城だろうと、町中だろうと…廓だろうと。
だのにどうして

(コイツには…こんなに誘われるんだか、な)

「あ、の…、お風呂、入って下さい。このままじゃ風邪ひいちゃいますから」

「ああ…。…じゃねぇ!アンタさっき何て言った!?」

「えぇっ!?、お風呂…」

「そっちじゃねぇ!こんな刻限に出掛けるとか言ってなかったか!?」

「た、確かに…!って、ま、政宗さんっ!前っ、いやぁっ!!」

「っと…!」


掴みかかるように問い詰めていたせいで、名の視界には否応なく政宗の裸体が映り込んでしまい…
仕方無く、名の身体を抱え込んだまま、再びサニタリーへと逆戻りする政宗。
取り急ぎタオルを腰に巻いてから再度名の肩を掴み前を向かせた。

「これでsafeだろ?」

「…っっ、」

先程よりもその眦を赤く染めながら、小さく頷く名にほっと息を吐き、
ようやく訊きたかった問いを口にした。

「こんな刻限に女独りで出掛けるなんざ、アンタ正気か?」

「…今は、治安もそこまで悪くないから…。それに政宗さんの着替えが…」

「!」

(俺の着替えだって…?)

己の目の前で、口ごもる女。

男の裸身を目にしただけで瞠目し叫び真っ赤になる程の初心さで
ほんの少し力を入れれば折れてしまいそうな身の頼りなさで

いくらこの世界が戦国の世とは異なり多少治安が良かったとしても、今だ犯罪と言うものがなくなった訳ではないだろう。
ましてやこの世に男と女しかいないのだとすれば―――


「気遣いは嬉しいが、そのために家主を危ない目に合わせる訳にはいかねぇ」

『頼むから、こんな夜中に外出は止めてくれ』
肩を掴んで優しく双眸を覗き込めば、『はい』と小さく頷くその素直さに政宗の口元が綻ぶ。

「いい子だ」

ほとんど無意識に、未だ赤みの引かない頬へと口付けて―――…


「…っっっ!!ま…っ!!」

「おっと…、ククク…」

「む、ぐ…!」

「もう遅い時間だぜkitten、静かにしねぇと、な?」

腕の中じたばたと暴れる子猫の口を、三度その大きな掌で塞いで愉しげに笑いながら

(思いも寄らねぇhappeningだったが―――結構悪くないかもしれねぇな)

どうせ逃れられないのなら、
有り得ないこの夢の一時を存分に楽しみ、味わうことにした政宗だった。









110207



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