「……………」

何なんだろう。この状況は。

リビングのソファーに仰向けで寝そべる私の傍らには―――


「Ah…n?どうした、Honey」

「いえ……」

『気持ち良くねぇか?』
優しく見下ろす竜の問いに、ゆるく首を振ることで答えて。

凍える冬の昼下がり。
オイルヒーターで適温に暖められたふたりきりの静かな部屋で。


「もう、大丈夫だから…」

「良いですよ」と続けるつもりが、『No』の一言で却下されて早1時間。

月のお客様の、特に重い2日目の朝、軽い貧血でうずくまってしまった私を政宗さんは顔色を変えて介抱してくれた。
恥ずかしかったけど、病気じゃないと伝えて安心して欲しくて
『月の障りです』
初めて男の人に告げた。

抱いて運んでくれたリビングで一瞬隻眼を瞬かせ、羞恥にいたたまれなくなって『だから大丈夫です。じき痛み止めも効いてきますし』と、ソファーから立ち上がろうとした私の肩をそっと押し戻したその人は

『せめて薬が効いて来るまで』と言って、寒くない様にと掛けてくれたブランケットの上から、優しくその掌でさすってくれたのだった。

30分もして、薬も効いたのか痛みから来る気分の悪さも引き始めた頃、最初の『もう大丈夫です』『NO』のやり取りがあり、
その度毎に髪を梳かれ、額を撫でられ、腰の砕けそうな声で『良いコだ…』なんて囁かれ続けて。


(逃げられない…)

「…さすがに、慣れてますね」

「Ah…n?」

「女性の扱い、と言うか…」

「あぁ…、―――jealousyか?」

「や!そうじゃなくて…!」

振るんじゃなかった。
何が『そうじゃなくて』なんだか。
それ以外に聞こえないじゃないか。

(ばか…私。)

生理中だからか、いつもより感情の振り幅が激しい。
一緒に生活してるからって、この人は私の恋人でもなければ夫でもないと言うのに。
触れてくる…触れてくれる掌が、指先があまりに優しいから思わず勘違いしてしまいそうになるのだ。
本来なら決して交じり合うことのなかった人との間に“何か”が生まれただなんて。
有り得ない夢を。


「確かに、女の扱いにゃ慣れてるかもしれねぇな」

「…」

答えなど期待していなかったとばかりに続けられる言葉に、胸の中のどこかがチクリとささくれた気がしたのも

「社交術、教養の一環か?こなせて当然。上手くやれねぇと恥をかく」

「そうですね」

奥州王の恥は国元全ての恥、あらゆる局面において抜きん出る事を強いられ続けて来たんだろう。

相変わらず撫で続けられている腹部の感触に気持ち良くてぼんやりしながら、戦国の世、其処に立つ彼の姿を思い浮かべた。


「でもな、」

「?」

ふと、手の動きが止まり意識を引き戻される。

腹部に添えられたのとは逆のそれが、ゆっくりと視界へと入り、そのままクッションを枕にした名の頬に触れた。

「…政宗さん?」

ふ…、と薄く笑まれて心臓が跳ねる。
かっと赤く染まった頬をゆっくりと政宗の掌が撫でてゆくのを、まるで夢の中にいる様に感じていた。


「誰にでもする訳じゃねぇ―――You see?」

「…っ…」


『解るか』と、真正面から真摯な瞳で捕らえられた視線の逃げ場はなく

射竦められた様に動けなくなってしまった名は深く後悔する。

やはりこれは天性のものだ。
学んで身に付けたものではなく、生まれついての人たらし―――

愚かな獲物が竜の牙にかかるまで、あと数秒――――――







もう手遅れ秘密のそれは走り出してしまった
ブレーキなんて気の利いたものはついていない


それでも
気づ
かない振りをするしかない






110130

でも、唇にはさせてくれない名さん(笑)



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