こんなはずじゃなかった

お前の前ではただの男






捕まえて引き寄せて抱き締める。
その頬に触れて唇を吸い深く侵して
はだけさせ暴いて拓いて蹂躙し
踏み込んで、支配する。
それが――――――

(“女”との付き合い方だと信じていた)





「Bless me!Hey、名!煮干しが切れてんぞ」

「えっ!大変。じゃあ私、ちょっと買いに行って―――」

「No!」

即座に否を唱えて、俺はエプロンを外した。
思っていることを丸ごと顔に描いて、“何故?”と訝しげに此方を見つめる女の頭に、軽くコツンと拳骨を入れて。

「女が一人でこんな時間から出歩くんじゃねぇ」

「でも、まだ夕方だし…」

「Ah…n?」

まだ言うか。
この手の会話はもう幾度となく繰り返しているもので、
いくらこの現代が戦国とは違って危なくはないとは言っても、危険は何処にでも転がっている。
何も刀を持った輩だけがenemy《敵》とは限らないのだ。
その証拠にTVstationは毎日様々な種類の犯罪で溢れかえっているではないか。

チラリと見やった俺に、女――名――は小さな声で『ごめんなさい』と謝って来る。

(まぁーったく、懲りねぇ女…)

呆れだけではない、この胸を温める仄かな感情。
仲間達にも小十郎にも、唯一無二のrivalにも抱いた事のない不可思議な。
例えるならば奥州の春を待ち望む桜の色づいたその蕾の如く、
淡く甘く、しかし未だ固く噤んだそれ。

ならば異性にのみ湧き起こるものなのかと言えば、女を知ってこの方一度も感じたことなどなく。

(この…世界の所為、か?)

戦国時代には有り得ない安穏とした日々。
帯刀は許されず、他人を傷つければ罰せられ。

一人暮らしの女の部屋に突然夜落ちて来て、偶々そいつが“俺”のことを見知っていたから良かったものの

(外に放り出されてたら、あっという間にjailかhospital行きたぁな…)

「じゃあ私は、他の準備でもしてますね」

そう言いながらコートを脱ぎかけたその手を捕らえる。

「何言ってんだ、アンタも一緒に行くに決まってんだろ」

どうしてそんなに引け目を感じるのか、名は俺の隣に己が並ぶことを好まない。
家の中に居る時ですら距離を置こうとする。


『男性に慣れていないんです!』
真っ赤な顔をして俺の胸板にその小さな掌をついて。
しかし年を聞けば20台も半ば、興味と匿い養ってくれることへの感謝の意と、多少の揶揄を込めつつその耳元へと囁いた。

『俺が、恋って奴を教えてやるよ』

『ご遠慮致します!』と、
もうこれ以上赤くはなれないと蒸気でも吹き上げそうな頬に軽く口づけて…

(あの時はヤバかったぜ…)

限界だと突き飛ばされて、笑いながら覗き込んだ表情に、ズクリと頭を擡げそうになった欲望
―――そうだ。
確かにあの時点では只の“欲望”でしかなかったはずが。

この時代のruleを教わり、生活様式を教わり。
苦手な範子の代わりに料理をし、供したそれに感動しながら食す姿に。
教えられたruleと現実の矛盾について問うた時の苦しげな表情に。
避けられれば触れたくなる天の邪鬼に照れながら怒る姿に。

自分では呑まない濁酒をわざわざ手に入れては、自身の居るべき場所への郷愁に駆られた俺にそっと差し出してくれた―――

その時ばかりは俺の心中を慮ってか、もたれ掛かった身体を優しく受け止めてくれて。

甘えることを許される。
少しずつ
少しずつ。

外出時には『はぐれたらどうすんだ?』と、指を絡めて手を繋ぐようになり
独り酒はつまらないと、清酒で付き合わせて。
酔うと無防備になる様に『絶対他の男共と飲むな!』と強いた。

(随分と懐には入れてくれる様になったよな…)

感慨深くも、しかし最後の砦は強固で。

それでも、照れながらも振り払われない小さな掌に今日もまた安堵するのだ。

「そう言やアンタの酒もそろそろ無かったぜ?」

飲み出すと結構イケる口だった範子は複雑そうな顔をして

「政宗さんに付き合ってると、私アル中になっちゃう…」

そんな不満を呟きながらも、結局この女は俺に付き合うのだ。

「肴はお浸しがいいです!」

「Ha!全然飲む気じゃねぇか」

笑い合いながら。

マンションの部屋から駅前のスーパーまで、すれ違う女達の視線にどれだけ名が怯えようとも
決して繋いだ手は離さない。



『恋って奴を教えてやるよ




笑っちまう。

教えられたのは、俺の方だなんて、な。






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