『いいのかよ?仮にも、国主たる客人を袖にして…』

それは残酷な言葉から始まった―――…







異世界の、落ちた先は虎の住処だった。真っ赤な鬣の、雄々しくも優しい虎と若虎、そしてその子飼いの猿と。
想像を超えた事態にパニックを起こした私を、さして疑ることもせずその巣の中に引き入れてくれた彼等への感謝は言葉ではとても言い表せない。
厳しいばかりの戦国の世、外界から守られて私はこの世界に馴染んでいった。
そんな時現れたのがあの男だった。
奥州筆頭・伊達政宗――若虎の宿敵だと言うその人は、同盟国であるのを良い事にしょっちゅう上田を訪れて幸村さんと手合わせをしていく。
女中でもなく、そうでなくとも若い女の少ない武田で私の存在は無視出来るはずもなく。

『お館様にお世話を任されたので御座る!』
胸を張る幸村さんの紹介に佐助さんがさり気なくフォローを入れて。
失礼のない様にと最低限の挨拶を済ませ、場を辞した私に彼がアプローチし始めたのは出逢って一刻も経たない内からだった。

『俺の事もアイツ等と同じ様に呼べ』

命じられた強引な隻眼の奥に横たわった陰…一見似付かわしくないそれこそが彼の本心なのだと気づいた時には、きっとどうしようもなく捕らわれてしまっていた。

出逢いの季節が過ぎ、雪深い奥州から出歩くことが難しくなる冬が来て…

『雪解けまで、暫く来れねぇ』

二人きりで話す中庭、擽る様に冷えた耳朶へ触れて来るその指先。
寂しさを隠すため顔も上げずに『お身体に気をつけて下さいね』とだけ告げ、するりその視線の熱から逃れた。

年を越えて。
久しぶりに現れた彼に、やはり揺さぶられる心を見透かされたくなくて、出来る限り顔を見せない様にしていたと言うのに。
こともあろうか湯を貰い休もうとしていた私の部屋へと押し掛けられてしまえば、もう逃げ場などなくて


脅す様に告げられた言葉
のし掛かる固い身体を押し退けたくても、捕われた手首はびくともせず。

彼が、初めてだった。
慕う心を口にし告げたのも
強引に唇を奪われ、しかし許したのも


何より、あんな風に激しく…まるで嵐の様に身体を繋げる行為なんて―――


「どう、して…」

最中に口にすることの出来なかった問いが涙と共に零れ落ちる。

何故そうも優しく触れるのか
思わせぶりな言葉の、指先の、視線の真意は?


『俺が欲しいか』

そう問いながら
畳に抑えつけた両腕と誰より強い視線で私を縫い付けて、けして首を横に振ることなど許しはしないくせに
昂ぶらされた身体が辛くて、それでも彼と自分の立場の差を考えると、YESだなんて口に出来るはずがないのに

煽られるだけ煽られて放置されて、徐々に冷えてゆく身体に比例して覚めてゆく理性がそれでも“NO”と告げようとした時、再び嵐の様に襲いかかった熱は―――慣れない身体に抗えるレベルをゆうに超えていた。


『あなた、が…好き…っ…』


精一杯の。
強いられたとは言ってもそれは本当の心で。
だからもう笑えばいいと思った。
叶いはしない夢を見る愚かな女を。
我が意を得たりと弧を描いた唇によって齎された呼吸困難のせいにしても、慰められはしないけれど

“今だけならば”
微かに聞こえた気がした誘惑に促されて、そっと力の入らない腕を愛しい男の逞しい背中へと回したのも。
―――全て所詮は自分の意志なのだから―――


:::::::::::::::::::::


目が醒めれば全てが終わっていて
冬季の遅い夜明け前、立ち働く人々の声もこの部屋までは聞こえて来ない。

「…」

しっかり着せかけられた夜着の下には汗の不快感すら残されていなくて。
夢ではないと、唯一感じる事の出来るのは下半身に残る鈍い痛みと―――

(伽羅の、香り…)


居はしないだろうと解っていた。
寒い夜に温もりをただ求めただけ

「…っ、ふ…」

閉じた目蓋から滑り落ちてゆく雫に濡れた枕の、温度にすら気づかない程に凍えてゆく心の臓の冷たさを、名前は独りきり抱き締めるしかなかった。



慣れない行為は自覚していた以上に身体に負担をかけたらしい。
いつの間にか眠ってしまっていた名前が次に目覚めたのは陽も昇りきった午前も遅い時刻だった。


「帰られ、た?」

「うんそう。やっぱ、執務ほったらかして来ちゃってたみたいでさ、右目の旦那と一緒に早朝の内に、ね」

『名前ちゃん体調思わしくないみたいだったから起こさなかったんだ』
佐助の気遣いにありがとう、と精一杯の微笑みを返す。
上手く笑えていたか自信はなかったけれど

「何!名前殿は体調がお悪いのか?そう言えば何やらお顔の色も優れぬ様子」

「昨日旦那達の手合わせ、こっそり覗いてたでしょ。あん時また薄着だったから身体冷やしちゃったんじゃない」

本心から心配してくれている二人に申し訳なく、凍りついてしまいそうな思考を奮い立たせ、『お部屋で大人しくしてるね』と、今返せるであろう最適な言葉を口にするしかなかった。


:::::::::::::::::::::

具合が悪い訳ではない。
ただ酷く怠かった。
冷えた畳の上に横たわると昨夜の熱が蘇って来る。

『名前…』

欲を湛えた隻眼と耳を擽る吐息と共に掠れた低音で囁かれる名前―――

(…解ってた事じゃない)

夢など見ないと、見てはいけないのだと、青い竜に触れられる度自分を戒めて来たはずだった。
戯れなのだと
抱き寄せ、優しい言葉を囁かれても
幸村と手合わせに来る度に強引に塞がれる唇にすら意味を求めたりしなかったのに。

(政宗さんにとっては…もの慣れない女に、少しだけ興味が惹かれただけ)
(だって)

その証拠に、一度として告げられたことのない愛の言葉

土産だと来る度手渡され、時には直接身に付けさせられる上質な品々も
『遊びに来い』と、『俺の作った料理を食わせてやる』と、社交辞令だと解っていても心が浮き立ってしまうそんな台詞も嬉しかったけれど



「知りた…かったの…」

望む、贅沢な答えじゃなくてもいい。
いつまでも浸ってはいられないこの夢から目覚めるために

「あなたの、気持ち、を…」

ただ一言あなたの口から――『遊びだ』と。『暇潰しの戯れ』なのだと諭されれば。


目を覚まし、新しく歩き出すための言葉を―――あなたの、竜の爪の様に鋭い言の葉で―――









返りはしない愛しい声に焦がれて、身も世もない醜さをあなたに晒してしまわない内に―――…



:::::::::::::::::::::

どういうつもりなのかと問われれば

最初はただ、興味が惹かれただけだった。
女中でもない、姫でもない。
しかしあの武田のおっさんに任されたと、自慢げに話すのは俺のrivalで

(コイツ、確か女は苦手なはずじゃあ…)

その証拠に上田の城には女の数がとても少ない。
その分猿が苦労してるって所はウチと事情こそ違えど似た様なもので。

一方、他の女共の様に押しつけがましくすり寄って来るかと思えば、最低限の自己紹介だけを済ませ、楚々として去ってゆく後ろ姿。
何気に目で追った俺に猿が釘を刺した。

『ちょっと竜の旦那、手ぇ出さないでよ。初心な子なんだから』

言い方こそ軽かったが、猿が、そしてrivalの視線が、本当に大事にしているのだと訴えていたから。

『Ha!遊びで女に手ぇ出す程、暇じゃねぇよ』

ほっとした空気が流れて。
だが同時に、ほとんど見ることの出来なかったあの女の目に、自分と同じ様な孤独を覗いた気がして…

いつものようにあてがうわれた部屋から出て、秋の庭を探索する。
奥州より一足早くやって来ている季節を五感で味わいながら。

「ん?」

盛りを競う菊の前、どうやら室内に飾る花を選んでいるのだろう女の後ろ姿があった。
それは正しく先程手を出すなと釘を刺されたばかりの。

気づかぬ振りで通り過ぎようとした俺の視界が捕えたのは―――

「危ねぇ!」

「えっ!?」


ぐいと引いた腕の力に驚いて見上げてきた瞳は、聞かされていた年相応のものよりも遙かに澄んだ色をしていた。
胸の中に捕らえた身体は当たり前の様に柔らかく、しかし遊女の様に徒にしなだれかかってくる訳でもなく。
薫る微かな香はライバルの物とよく似ていた。
纏う衣の色さえも深い紅で。

「あの…伊達様…?」

頼りなげに揺れる双眸は、答えを求めていた。

「Noだ。“政宗”」

「え…?」

戸惑う視線と、抱き寄せられていることへのだろう、紅葉の色を映した頬と

「同じ様に呼べ。アイツ等と」

驚いて見開かれた両目、その真ん中に映る自分の貌の―――なんと満足げなことか。
そっと緩めた腕の中から慌てて離れようとする身体を、手首だけ捕らえて離さずに

「花の陰に虫が居たんだ。あれは毒がある」

「えっ!…あ、その…」

未だ解放されない自身の腕に羞恥を感じながらも、与えられた答えにさっと青ざめて礼を言う。

『ありがとうございました!』

「Don't worry」

瞬間、返した言葉にホッとした様子に更に深まる興味―――いや、この時点で既にただの興味じゃあなくなったいたのだが

(コイツ…言葉が解って…?)

遠巻きに感じた猿の気配と小十郎の視線にそっと放してやった腕に添えられた女の指先、白いそれに沸き上がったものは―――


(俺らしくねぇ、ろくに知りもしない女相手に…)


常に餓えた心に小さく灯る様に

『政宗、さん…』

芽を出し花開いてゆくそれを手に入れたいと


『いいのか?仮にも国主たる客人を袖にして…』


卑怯なOpenningだとしてもお前の気持ちは解っているから






(小十郎、嫁取りの準備だ!)
(は…、…って、は!?政宗様!?)
(これ以上離れてんのは御免だぜ。帰ったら武田のおっさんに使いを出すぞ!)
(武田…!?あの、もう少し小十郎にも解る様にお願い致します!)
(Yaーhaー!!)
(政宗様ーーっ!?)



(さてさて、どうなりますかね)
(佐助、名前殿の具合はどうなのだ?あまり芳しくない様ならば医師を呼ばねば…)
(あ〜、大丈夫。多分問題ないよ。…その内お館様か独眼竜から文でも来れば落ち着くでしょ)
(何!お館様が?独眼竜??)










『俺は、お前を―――…』
















企画【明けの明星】様提出

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