ブラッディ・バレンタイン-2 「……ッ隊長! B地点まで突破されました!」 「くっ……これ以上進ませるわけには……! いいか! ここが最後の砦だ! 死守しろ!!」 「テンゾウ隊長ォ! い班、ろ班壊滅ですッ!」 「は班からの連絡も途絶えまし……ぐああ!!」 『殉愛の日』当日。 暗部たちが壮絶な戦いを繰り広げるここ第9演習場・通称『苦行の森』は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。 裏の世界にその名を轟かせる木の葉の暗殺戦術特殊部隊が、こうもたやすく壊滅の危機に瀕しているなんて、他国の忍には想像がつかないだろう。 しかも、 「キャー! 九影様ァァー!」 「決死のチョコ、受け取ってー!!」 それが同じ木の葉の女暗部たちの仕業だなんて、きっと夢にも思わないに違いない。 「……やっぱ『影見』の女たちは強いな。普通の暗部じゃ歯が立たねーよ」 「だな。――あ、」 「……テンゾウまで吹っ飛ばされたか。そろそろ『陽炎』に昇格してもいいかも知れないな」 演習場のど真ん中に建てられた塔の最上階で、阿鼻叫喚の世界を見下ろしながら呑気に呟いているのは『陽炎』の十六夜、千里、七瀬だった。 その後ろには相変わらずむっつりと黙りこんだ零夜。追いかけられているはずの当の本人、九影は、興味なさそうに足を組んだまま椅子に座っている。 通常部隊の隊長を務めるテンゾウがリタイアしたとなると、もうあとは同じ『影見』の男三人しか残っていない。実力はいずれも拮抗しているが、女暗部たちの方が容赦ない分、男性メンバーは甚だ不利。 そんなわけで、このイベントを『ついでに暗部の修行に利用しようと思うんだけど』とにこやかに提案した七瀬が、振り返って自分たちの参戦を進言したのは、当然の流れだった。 「九影、そろそろ俺たちも出た方が良くないか?」 「そうだな、まかせる」 「了解」 短いやり取りののち4人が窓から飛び出して行くのを見送った九影は、誰もいなくなった室内で深い深いため息をつく。 「……あのクソ親父、厄介なイベント増やしやがって……」 暗部総隊長を継いではや数年。 毎年この日になると木の葉一の激戦区と化す己の周囲を、いい加減ウザイと思っても仕方のない状況であった。 ☆ ☆ ☆ しっとりしたチョコスポンジに、チョコクリームをはさんで。ミルクチョコのコーティングもなめらかに仕上がった。うん完璧。甘党じゃなければ見ただけで胸やけ起こしそうだけど。 今日は一日それどころじゃないのでとりあえず自習! と言い渡されていた雪那は、ナルトの部屋の台所で完成したチョコレートケーキをほれぼれと眺めていた。 数日前、木の葉のバレンタインの過酷さをシカマルに聞いたものの、『暗部総隊長じゃなくてナルトにならいいよね』と考えをポジティブに捻じ曲げ、結局ナルトにあげるためのチョコケーキを作ってみた次第だ。 メッセージは暗号でなければならないそうなので、とりあえずいろいろ書きやすいように面積の広いケーキ(7号サイズワンホール)にしてみたのだが、ホワイトチョコのチューブを高々と掲げいざ暗号メッセージを書こうとして、 「……暗号……って、解析は結構習ったけどそういや作ったことない……」 いきなり暗礁に乗り上げた。 「……まあいいや、相手は表の『ナルト』なんだし……」 あんまり難しくない方がいいよね、きっと。 そう、ナルトの部屋にカモフラージュのために置いてあるような、『サルでもわかる暗号解析 基本編』みたいなやつで! またもポジティブに都合よくそう考えた雪那は、機嫌よく鼻歌を歌いながら、チョコケーキのなめらかな表面にホワイトチョコを絞り出す。 「やっぱ基本といえばこれよね〜」 「…………パンダ?」 「うわっナルト!?」 書きあがった瞬間、気配のない背後からナルトの怪訝そうな声がして、雪那は慌てて振り向いた。 「早かったね……って、影分身? なんでそんなにボロボロなの?」 まさかまた暴行でも、と眉間に皺を寄せた雪那に、泥だらけになったナルトの影分身はかぶりを振って疲れきったため息をつく。 「ちげーよ。……こんな日に、『うずまきナルト』が『サクラちゃん』にちょっかいかけねーわけにはいかねーだろ。サスケ探して血走った目の女どもなんて、たとえアカデミー生だろうが正直相手にしたくねーんだけどな……」 ふ……と遠い眼をしてそう呟いたナルト。 ああ、もみくちゃにされたんだな……と雪那もなまぬるく微笑んだ。そんな女の子たちに追われるサスケもかわいそうに。きっと必死で逃げまくっているに違いない。 サスケが甘いもの嫌いになったのは、このイベントのせいじゃなかろうか、とまで思ってしまう。 まあそれはともかく、暴行を受けたのでないのならいいのだ。 雪那は気を取り直して、完成したチョコレートケーキをずずいとナルトの方に寄せた。 「はい、これは私からナルトへのプレゼント。……罠とかくぐりぬけてないけど受け取ってくれる?」 正直それだけが心配だった。だってこのイベント私にはちょっとハードル高すぎる。大体チョコケーキを壊さないように戦闘とかできないから。まあだからこそ普通のチョコが多いんだろうけど。 ナルトは一瞬目を見開いてから、「俺に? ……あー、ありがとな。まあ本体が帰ってきたら食うよ」とか言っちゃってちょっと赤くなったりしてもーなにその可愛い反応反則ありえない! むしろ私がそんなアナタを食べちゃっていいデスカ!? うっかり外に漏れそうになる萌え心をぐっとこらえる。いけないいけない、これ以上変なことして変態さん扱いされたくはないんだよ一応乙女的に。 そんな風に雪那が内心萌え萌えしているうちに、まじまじとチョコケーキを見ていたナルトが「それにしても」と微妙な顔で口を開いた。 「……そんだけ『た』があるってことは、もしかしてその絵はタヌキなのか?」 「えっどう見てもタヌキでしょ!?」 私の画力がどこかの朽木ル○アさんと同レベルだなんて、不本意極まりないんだけど!? 心外だとでも言うように雪那はそう反論する。しかし意に介した風もなく鷹揚に頷いたナルトは、こう続けた。 「やっぱそうか。パンダだと思ってうっかり深読みしちまった」 「むしろこの子供向けなぞなぞレベルの文章に深読みできる余地があったらすごいと思うよ」 最近、ナルトのツッコミレベルが上がってきた気がする。いや、むしろレベルが上がったのはボケか。ボケの方なのか。 こうして雪那の木の葉で初めてのバレンタイン(葉恋多隠)は、色気もムードもない代わりに、当初の覚悟よりずいぶんほのぼのと過ぎて行ったのだった。 ☆ ☆ ☆ そのころ第9演習場では。 「っ、悔しいー!」 「七瀬師匠にはまだ敵わないわ……」 「九影様……っ!」 荒く息をする女暗部たちが、七瀬の前に膝をついていた。 「はは、まだまだ修行が足りないな」 何時も通り爽やかに笑う七瀬は、たった今えげつない技で弟子の女暗部たちからチョコを強奪したところだ。 その一部始終を見ていた十六夜と千里はそっと目をそらす。 うん、相変わらずだ。この人がえげつないのは今に始まったことじゃない。 「結局たどり着けた者はなし、か。ではこのまま修行に入るぞ。九影と共に闘いたいならもっと強くなれ、いいな」 「はい師匠!」 「九影様と共に!」 「九影様の御為に!」 目の前で繰り広げられる熱い青春の一ページにうんざりした表情で、これも自分の役目と自らに言い聞かせつつ千里が透視した彼女たちのチョコの暗号メッセージは、 『敬愛する九影様に捧ぐ!』 『九影様が火影になられた暁にはぜひお側に!』 『九影様に一生ついていきます!』 方法は異なれど、おおむねそんな内容であった。 「………………」 「どうした、千里?」 「いや……」 七瀬による将来有望な忍の洗脳と教育は、着々と実を結びつつあるようだ。 【終】 【拍手再録目次に戻る】 【夢小説トップ】 【長編本編目次】 【サイトトップ】 |