愛すべきひと


晴香様リク
コメディーかほのぼののスレナル夢


 ――歌声が聞こえる。
 透き通る少女の澄んだ声は、透明感を持ちながらもどこかあたたかく甘い。
 子守唄のようにふわりふわりと、優しく眠りの世界へいざなう力に抗いながら、ナルトは重力に負けそうなまぶたをどうにかこうにかこじ開けた。
 ぼんやりとぼやけた寝起きの視界に映るのは、キッチンで楽しそうに歌いながら朝食を作る雪那の後ろ姿。
 できたての味噌汁と香ばしい焼き魚の匂いが、連夜の暗殺任務に疲れて何も食べずに眠ったナルトの胃を心地よく刺激する。
 布団に潜り込んだまま、ナルトはほんの少し頬をゆるめた。

 ただ、惜しむらくは、

「さかなさかなさかな〜♪さかな〜を〜食べ〜ると〜♪」
 その歌が『おさ○な天国』だということだろう。

 ……何となく、脱力。


『愛すべきひと』


「あたまあたまあたま〜♪あたま〜が〜良く〜なる〜♪」

 素晴らしく美しいクリスタルヴォイスで、聞いたこともない愉快な歌を歌いながら、雪那は焼き上がったアジのヒラキを皿に乗せていた。
 ……確か昨日の夕方、あの戦場のごとき木陰市場に赴き、5匹298両でゲットした戦利品だとか言ってたな。嬉しそうに。

「……なんつー歌だよ…」

 ナルトはのそりと起き上がって、頭を掻き回した。おさまりの悪い金髪はひよこみたいに跳ねっぱなしだけれど、『うずまきナルト』ならそれでいい。
 寝癖を直すこともなく、キッチンへ向かう。

「あ、ナルトおはよ!」

 味噌汁をよそっていた雪那は、ナルトの気配に振り向いて、破顔した。
 その顔があんまり嬉しそうだったから、奇妙な歌に対するツッコミは不発になってしまう。
「……はよ」
 我ながら、人には見せられないほだされようだ。
 ナルトはごまかすように、ひとつ、欠伸を噛み殺した。

「ナルトもう起きちゃうの? せっかく今日はアカデミーも任務もお休みなんだし、もう少し眠ってたらいいのに」
 雪那は言いながら味噌汁をよそい、テーブルについたナルトの前に椀を並べる。

 本日の朝食の献立は、油揚げとわかめの味噌汁、アジのヒラキ、水菜のおひたしに、納豆と白ご飯だ。
 何て健康的なメニュー。

「こんだけ寝れば十分だ。二度寝しようにも、目が醒めちまったしな」
 ナルトは箸を取り、いただきます、と行儀良く手を合わせてから、そっと水菜のおひたしを脇にどける。
 しかし、雪那の目が『お残しは許しまへんで』とでも言いたげに光ったのを見て、しぶしぶ元に戻した。
 何故か、あの目には逆らえない。
 満足気に笑って、雪那もテーブルにつく。
 が、

「残念、チューで起こしてあげようと思ってたのに」
「!!」

 さらっと呟かれた雪那の台詞に、ナルトは危うく味噌汁を吹き出しかけた。
 味噌汁を何とか飲み込むと、酸素を補給するために二、三回深呼吸する。
 笑顔にごまかされてる場合じゃない!!
 ここはツッコミを入れておかなくては、身の危険どころか、俺の貞操の危機!!

「普通でいい!」
「えー、眠り姫を王子のキスで起こすのは、乙女の夢でしょー?」
「世の乙女の夢はフツー起こされる方じゃねーのか!? つーか俺が姫なのか!?」
「だってホラ、スレナルは総受が基本だから」
「意味分かんねーし!!」

 ああ、朝から血圧上がる。
 ナルトは箸を持ったまま、テーブルに突っ伏した。

 大体、雪那はスキンシップやら愛情表現やらが臆面なさすぎるのだ。
 しょっちゅう「大好き」を連発するし、何かと抱き着いてくるし。
 それにも増して厄介なのは、

「だって、ナルト可愛いんだもん」

 これだ。


 まだ子供とは言え、俺も男だ。男が『可愛い』とか言われて普通喜ぶか!?
 いや喜ばない!!

「……あのなセツナ、『可愛い』は男にとって褒め言葉じゃねーぞ」

 脱力したまま顔だけ上げて、ナルトは力なく主張した。
 言ったところで聞きはしないのは解っているが、言わずにはおれない。
 何故ならば男だからだ。
 ドベで馬鹿な表のうずまきナルトにだって、男としてのプライドがあるのだ。
 裏の『俺』にないはずがない。

 しかし、てっきり『そんなナルトも可愛い〜!』と意味不明なまま押し切られると思っていたのに、雪那は呆れたように苦笑して、ナルトの頬をそっと両手で包んだ。
 こつん、と額を合わせて、覗き込むように見つめる深い瞳。
 いつもはナルトより子供っぽいくらいなのに、こういう時だけ雪那は大人の顔をするから。

 目を反らせなくなる。

「あのね、ナルト。
『可愛い』って字は、『愛す可(べ)き』って書くのよ。
この里の中で、ナルトほど『愛すべきひと』を、私は他に知らないわ」

 深く黒い瞳に映った自分は歳相応のただの子供で、ひどく頼りなく見えたけれど。
 恥ずかしいとか情けないとか、そんな感情はその瞳に吸い込まれるように溶けて消えていく。
 ああ、一番危険なのはこの瞳だ。
 いつか魂ごと囚われて抜け出せなくなりそうな、優しい常闇。

「だから、ナルトは『可愛い』でいいのよ」

 手を離し、とろけるように微笑んだ雪那の笑顔に、ナルトはうっかり口走りそうになった「可愛い」と言う言葉を、水菜のおひたしと一緒に無理矢理飲み下した。

 ……やっぱりもう手遅れかもしれない。

 そんなことを思いながら。


【終】



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