堀田から見た二人
その子が三っちゃんにとって特別なんだってことは、すぐにわかった。

三井がバスケ部に復帰してから、堀田は放課後体育館に顔を出す機会がぐんと増えた。三井が抜け、その際に元々対立していた(と一方的に思ってる)桜木軍団ともある意味和解をした今、喧嘩を吹っかける相手もいなくなりこれといってすることのなくなった堀田の楽しみは三井の応援をすることだった。世間一般でいうところの不良仲間に分類されるような関係ではあるが、三井のことは大切な友人だと思っている。その友人がそれまでの腐った日々に別れを告げ、文字通り全力でなにかに打ち込む姿を見るというのは、まるで自分のことのように嬉しいものだった。最も、応援されている当の本人は「また来たのかよ暇だな。」と憎まれ口を叩いていたが、それが照れ隠しだということはそう短くない付き合いで理解している。

「あれ、堀田くん?」

体育館へ歩いていると後ろから声をかけられ、振り返ると華奢な体に不釣り合いなドリンクサーバーを両手に下げた湘北バスケ部のマネージャーで同級生の藤野周がいた。

「よう、周ちゃん」
「三井の応援?いつもご苦労さま。」

くすくすと笑う同級生に、なんだか気恥しい気もするがそれを肯定すると「貸しな」とその両手からドリンクサーバーを奪い取った。

「うぉっ、案外重いな……」
「ありがと。毎日持ってたらそのうち平気になるよ」

見てよこの力こぶ、と頼りない細腕で小さな力こぶをつくる周に苦笑しながら、堀田はドリンクサーバーをしっかり握り直した。
優しげで温厚な雰囲気で、頼りなさげな雰囲気すらある周だが、見た目とは裏腹に気が強く肝が据わってるのを堀田は知っている。バスケ部襲撃の際に三井に惚れ惚れするような啖呵を切っていた時も「この女ただ者じゃねぇ」と思ったが、部室に出たゴキブリを表情ひとつ変えずに丸めた雑誌で処理していたと三井から聞き「あの子に逆らうのはやめておこうと」とひそかに決意を固めたのがつい先日のこと。ちなみにその丸めた雑誌は赤木の私物の週バスとのこと。南無。

「どうだ、バスケ部の調子は」
「うん、赤木の怪我の治りもいいし、土曜の武里戦に向けていい仕上がりだと思うよ」

惜しくも海南に一敗を喫し、もうあとがない湘北。主将・赤木の怪我もあり、予断を許さない状況ではあるものの今尽くせる最善を尽くしている。

「三井も調子いいみたいだよ」
「そうか、そりゃよかった」
「私たちにとってはこれが最後だからね、悔いは残しくないから。あとはやりきるのみ!」

今年3年の周たちにとって、この夏が最後の挑戦となる。聞いたところによると、周は赤木と木暮とは中学時代からチームメイトらしい。中学時代を含めると6年間、IHそして全国制覇を共に目指してきたということになる。
6年間という膨大な時を掛けてまで成し遂げたい目標があり、それに全力で努力する。それほどまでに打ち込むものがない堀田にとって、湘北バスケ部というのは眩しい存在だった。彼らのことを知った今となっては、あの時の襲撃で部を潰すことにならなくて本当によかったと、心から安堵する。もしそんなことになっていたらと想像すると、恐ろしくて息もできない。

「大丈夫だ、今年は三っちゃんもいるだ。絶対行けるさ」
「ふふ、そうだね。2年も待たされたんだもん、しっかり働いてもらわなきゃね」

少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる周に、堀田は湘北バスケ部の影の権力者を垣間見た気がする。あの赤木ですらこの周には頭が上がらないという話だ。頑張れ三っちゃん。

そんな他愛もない会話をしているうちに、丁度体育館の入口が見えてきた辺りに差し掛かり、ふと入口の階段に腰掛ける人影がいることに気付く。首から下げたタオルで汗を拭っていたその人影は、こちらに気付くと僅かに目を丸くした。

「んだよ、おせーと思ったら徳男もいたのか」
「三井」
「三っちゃん」

丁度休憩中なのか、普段なら耐えることなく聞こえる掛け声も、バッシュの音も体育館から聞こえない。入口から中を覗くと部員は疎らに散らばり各々休憩を取っているようだった。
三井はタオルを首から下げて立ち上がり、腰に手を当てた。体育館入口で外履きを脱ぎ、邪魔にならないところに揃えた周は、中に置いてあった体育館履きに足を入れながら堀田を振り返る。

「堀田くんありがとう、ここまでで大丈夫だよ」

部員ではない堀田は、普段応援に来る際も体育館の中に入ることは滅多になく、入口や2階で見学していることが殆どだった。それを知ってる周は堀田からドリンクサーバーを受け取ろうと手を差し出した瞬間、後ろから伸びてきた手が堀田から並々とドリンクの入ったサーバーを軽々と奪い去った。

「三井?いいよ休んでなよ」
「お前がおせーから喉乾いてんだよ」
「まだあっち空になってないでしょ?」
「…………こっちのが飲みたいんだ」
「中は同じポカリだよ」
「………………あっち氷解けて味薄いんだよ」

堀田の手からドリンクサーバーを奪い取った三井は悪態をつきながらそれを体育館の中へと運んで行く。追いかける周が渡すように言っても聞き入れる気配はない。体育館の入口に取り残された堀田は言い合いながら歩く2人を見て、穏やかに微笑んだ。

素直じゃねぇな、三っちゃん。

味が薄いなど嘘だ。マネージャーでそれが仕事とはいえ、目の前で華奢な女子が重いものを運んでいたら持ってやらねばと思うのが男だ。それが憎からず想っている相手ならなおのこと。

三井は周に対して、ぶっきらぼうな物言いをする。しかしそれが悪感情からではなく、照れからくるものだということは誰の目から見ても明らかだった。
決して鈍くはない周自身、それに気付いている節があり、そんな三井を彼女はいつも楽しげに見ている。恐らくそれが三井の照れを増長させているということも、気付いているんだろう。

完全に尻に敷かれてるな……。

彩子を好みと言っていた三井は、つるんでいた時からグラマラスで派手な風貌の女を好んでいた。顔立ちの整っていた三井はそういった女たちに言い寄られる事もあったが、最初こそ鼻の下を伸ばしていても最終的には「うぜぇ」の一言で振り払っていた。悲しいことにモテない堀田からしてみれば全く理解のできない行動だったし、なんなら「三っちゃん……女は好きじゃないのか?」なんて聞いてしこたま殴られたこともある。
それがバスケ部に復帰して、華奢で決して派手とはいえない周にぶっきらぼうながらも慣れない気遣いを見せ、気にかけているのを目の当たりにして、目を丸くしたのは記憶に新しい。最初はバスケ部へ対する引け目からくる行動なのかと思っていたが、周を見つめる三井の瞳に宿る、暖かな色に気づいた瞬間、堀田は全てを悟った。

三井にとっての特別は、この体育館に詰まっていた。

休憩終了の笛が鳴り、部員達がコートに集まり始める。桜木がなにやら騒ぎ出し、赤木がそれに被さるように怒鳴る。笑っている宮城と、桜木と赤木の間に止めに入る木暮。我関せずの流川。
呆れたような表情で、輪に加わる三井はしかしどこか楽しそうで────、

頑張れよ三っちゃん。
バスケも、それ以外も。

体育館を吹き抜ける風が夏の訪れを告げていた。
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