慶舎
燃えるような情熱を湛えた瞳に見つめられ、周は困惑を隠さずに僅かに体を後退させる。しかし周のそれよりひと回り大きな手のひらに手首を強く掴まれ、それは許されなかった。
はじめて見た時は小さく、周の手のひらで包み込んでしまえる程だったというのに、成長とは恐ろしい。

「貴方がほしい」

訴えてくる声も、低く、男のそれだった。
慶舎は掴んだ周の手首を引き寄せ、ぐっと距離を縮める。強い力に、女である周が抗えるわけもなく、されるがままに慶舎に引き寄せられる。
昔は周のほうが高かった身長も、今では慶舎の肩ほどにしか届かない。互いの呼吸すら感じでしまえるほどの距離の近さに、周は情けなく眉を下げ赤面した。

「慶舎、」
「周がほしい」

あいているほうの手が、優しく周の頬を撫でる。愛おしむような、情欲を感じる愛撫に、頭の奥がかっと熱をもつ。

「私の想いには気付いていたのだろう」

こつり、と慶舎の額と周の額が触れ合う。至近距離で見つめ合い、尚も体を引こうとする周の腰を慶舎はするりと抱き寄せた。いよいよ逃げ場を失った周はただただ困惑して、懇願するように慶舎の名を呼ぶ。
腕の中の愛しい存在に涙ながらに名を呼ばれ、何も感じないほど慶舎は枯れた男ではなかった。

「......それがどれほどに私を煽るのか、貴方はわかっいるのか」
「慶舎、お願い......離して」
「離さない」

手首をするりと指でなぞられる。男が、閨で女にするような愛撫をされ、周は思わず吐息をもらす。

ただの憧れだろうと思っていた。

頼る相手のいない中、たまたま親切にしてくれた女に、姉のように懐いているだけだと。成長するにつれて、薄れていくだろうと。
しかしそれが大きな見誤りだと気付くには少し遅すぎた。弟のように思っていた少年に男の顔で迫られて、自分はとても軍師になれそうにないと、頭の中のどこか冷静な部分がそう告げた。

「わたしと慶舎じゃ年が離れすぎてるよ」
「歴史を紐解けば年の離れた夫婦など数多くいる。それに離れてるといっても高々五つだ、全く問題にはならない」
「身分も違いすぎる!戸籍もないわたしと違って慶舎はもう趙の将軍なんだよ?」
「元はといえば下僕の身だ、身分など構うものか。それに武功を上げれば周の戸籍を用意することなど容易い」
「ああ言えばこう言う......かわいくない......」
「光栄だ。かわいいなどと思われたくない」

至近距離で見つめ合いながら言い合う姿は滑稽だったが、それを指摘する者はいない。
周は静かに慶舎から目をそらすと、ふと顔を背けた。不自然に黙り込んだ周だったが、しばらくするとようやく口を開いた。

「わたしはこの時代の人間じゃない」

遠い遠い未来からきた部外者。元を正せば、この国の人間ですらない。本来ならばいるべきではない人間。
この時代に飛ばされて片手を超える年月が経過して、たくさんの大切なものができた。しかしそれでも郷愁の思いは潰えない。
いつもとの時代に戻るかもわからない自分が、想いに応えることなど、できるわけがない。

「構わない」
「許されるわけない、そんなこと」
「それは誰にだ? 神か?私より余程、周のほうが神仙の類を信じていないだろう」
「それは......、いつ元の時代に戻るかもわからないし、」
「だからこそだ」

はっきりと言いきる慶舎に、周は顔をあげた。真っ直ぐに周を見つめる慶舎の瞳には、一点の迷いもなかった。

「だからこそ、私との子を為して、ここに根付いてほしい」
「こ、」
「気付いているか周。先程から貴方は様々な理由で私を拒絶しようとしているが、私の気持ちに応えられないと言っていないことを」
「!」
「本当に嫌ならばこの腕を振り解けばいい、しかしそれをしようとしない」
「それは、」

慶舎は戸惑う周の肩に額を押し付けた。背中にまわした腕は真綿のような緩さで、その気になれば周の力でも振りほどくことは容易い。慶舎は気づいていた、周自身は気付いていないが、周の気持ちが自分に向いていることを。周が決して慶舎を拒絶できないことを。

「愛している、こんなにも」

周を包み込む慶舎の身体は大きく、ここにいるのはひとりの男で、弟のように思っていた少年はもうどこにもいないのだと、周は慶舎の体温に包まれながら、そう長く抗えなであろうことを予感していた。
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