お嬢様と子供たち
「わたしは絶対に若様!」
ベビー5がそう言うとローは信じられないものを見る目でベビー5を見た。
「正気かお前」
「ベビー5は必要としてくれるなら誰でもいいですやん」
「なにをーーっ!!そんなこと......あるかもしれないけど!!でも絶対絶対若様!」
ローとバッファローから冷めた視線を向けられ、ベビー5はその場で地団駄を踏みながら叫ぶ。ローの隣にいた周はきょとんとそれを見つめた。
鉄山で遊ぶドンキホーテ海賊団の子供たちの今日の話題は「ファミリーの中で結婚するなら誰がいいか」だった。話のきっかけは先日の"仕事中"に助けに来てくれたドフラミンゴがかっこよかったというベビー5の発言だった。
ローとバッファローにとってはどうでもいい話題で、2人の反応はひたすら冷ややかだ。まだ6歳の周には難しすぎるのか、不思議そうな顔で3人を見つめていた。
味方がいないと嘆くベビー5はきょとんとしている周に気付き瞳を輝かせる。
「お嬢!そうだ、お嬢も若様よね!?」
突然詰め寄ったベビー5に周は小さく首を傾げる。
「お嬢も結婚するなら絶対若様よね!?」
「けっこん?」
周は結婚の意味がわからず、不思議そうにローを見上げた。ローはその視線を受けて気恥しさと気まずさを感じつつも、ドフラミンゴから周の世話をまかされている手前無視をすることも出来ず、帽子を押さえて目元を隠しながら説明する。
「結婚は......好きな相手とずっと一緒にいるっていう契約をすることだ」
「"けいやく"って?」
「約束みてェなもんだろ」
父と母の関係で例えられれば一番わかりやすいが、生憎と周には母親がいない。理解したのかしてないのか「ふぅん」と言った周は期待に満ちて自分を見つめるベビー5に向き直る。
「お嬢が一番好きなのは若様よね!?」
「うん、おとうさまがいちばん好き」
ほらー!!とドヤ顔のベビー5にローは「くだらねェ」と吐き捨てた。
「でも父親とは結婚できないですやん」
「そうなの?」
物知り顔で言うバッファローに周はまたローを見た。ローは話題の終わりが見えたのに余計なことを言うバッファローを睨みつける。ベビー5も「あ、そっか......」と肩を落とす。
ドフラミンゴが本気でベビー5みたいな子供や娘の周と結婚するわけではないのだからたとえ話で終わらせれればいいのに、妙なリアリティを追求するバッファローとベビー5にローは舌打ちをする。
「じゃあ若様以外で結婚するなら誰がいい?」
年齢のわりにませたところのあるベビー5はこの夢見がちな話題を楽しんでいた。
周は「うーん」と考え込む。ベビー5とそれに乗っかるバッファローは、周といることの多い最高幹部の名を上げていく。
「トレーボル様?」
「トレーボルは"ふけつ"だから、いや」
「わかった!ディアマンテ様だすやん!」
「よくしゃべるおとこは信用するなっておとうさまがいってたわ」
「......あいつ自分だってよく喋るくせに」
ローの小さな呟きは賑やかな声に掻き消された。
「わかった!ピーカ様ね!」
「ピーカはやさしいけど......それだけだよね」
ピーカが聞いたら確実に数日は立ち直れないだろうなとローは思った。
ベビー5とバッファローは当たりが出ないことに唸りながら頭を抱える。そんな2人に呆れながらも、唯一名が上がってない最高幹部がまだ一人いることに気付いていたローはまさかと口を開く。
「コラソンじゃねェよな?」
「あ!そうだコラさん!でもコラさんはお嬢の叔父さんだからダメよ、結婚できないもん」
「おじさまじゃないよ、へんなおけしょうはいや」
なかなか当ててもらえないことに拗ね始めた周は小さな頬をぷくっと膨らませる。
「じゃあ幹部の誰か?」
ベビー5の問いかけにふるふると頭を振る。候補になりそうな名前はひとしきり上げた。観念したベビー5は膝を折って周と視線を合わせると「教えて、ね!」と頼み込む。
周は視線をローに移し、ローはまたなにか質問かとそれを待つ。ローと目が合うと周はにこりと微笑んだ。
「ローがいい」
「は?」
「けっこんするならローがいい」
にこにこと微笑む周にロー、ベビー5、バッファローは硬直する。賑やかだった鉄山に静寂がおとずれる。
最初に我に返ったのはバッファローだった。
「若様に言ってやるだすやん!」
「あ、こら!!バカまてバッファロー!!!」
「えぇ!?なんでローなの!?どこがいいの!?」
「ローはやさしいもん!こないだこわい夢をみたらいっしょにねてくれてね、」
「バッおまっ周も黙ってろ!!!」
アジトに駆け出したバッファローを追いかけようとするが、聞こえてきた女子二人の会話にローは顔を真っ赤にして振り返った。
ニヤニヤと見てくるベビー5にイラッとしたローは思い切りその頭を叩く。
「いたーーーーーい!!!ひどい!!若様に言ってやるんだからー!!!」
「バカやめろ!!おれが殺されるだろ!!!」
ベビー5はうわぁぁあんと泣きながらバッファローの後を追いアジトへと駆け出していく。ローは連れ戻そうと駆け出そうとするが、周のことを思い出して踏みとどまる。
鉄山に周をひとり残し何かあったとき、それこそドフラミンゴに殺されてしまう。
「ベビー5ないてた......」
「大したことねェよ、大袈裟なんだよあいつ」
アジトでドフラミンゴに泣きついてるであろうベビー5と、それにより待ち受ける"説教"の事を考えるとローは憂鬱さを感じた。
日が傾きはじめたこともありローは周に「戻るぞ」と言うと、手を引いてバッファローとベビー5が走り去ったアジトへの道を2人並んで歩き出す。
「ローはけっこんいや?」
「はァ?」
思いがけない問いかけにローは素っ頓狂な声を上げた。周は歩きながらローを見上げている。
ローはそんな周の瞳から逃れるようにそっぽを向き、斑に白くなっている自身の腕を見下ろす。
「そもそもおれはあと1年で死ぬんだから結婚できるわけねェだろ」
「でもおとうさまがなおす方法をさがしてるよ?」
「治らねェよ」
ドフラミンゴが琥珀病を治す方法を探しているのは知っている。しかし医術の知識が長けているロー自身がこの病を治す方法がないことは誰より良く知っていた。
周もローの腕を見つめる。
「じゃあ死ななかったらけっこんしてくれる?」
「は?」
再び素っ頓狂な声が鉄山に反響する。
「だって、いやじゃないんでしょ?」
真っ直ぐな瞳でローを見上げる周にローは開いた口が塞がらない。邪気のない眼差しに、いつもの皮肉も出てこなかった。
「チビがなにませたこと言ってんだよ!?」
「?ませたってなに?」
「なんでもねェよ!!早くいくぞほら!」
耳まで真っ赤になったローは誤魔化すために歩く速度を上げた。手を繋いだまの周はその速度についていけず半ば引きずられている。
「病気がなおったらずっといっしょにいるんだよね?そういう"けいやく"なんだよね?」
「っだーーー!!!周おまえうるせェぞ!!ドフラミンゴにこのこと言うなよ殺されるから!!」
怒鳴るローに不思議そうな周。それでも手は繋がれたまま、2人はアジトへの道を歩いた。アジトに戻るとニヤついたバッファローとベビー5に出迎えられ、再びローの怒鳴り声が上がる。
後日、この話を聞いて落ち込む最高幹部たちと嫉妬の炎に燃えるドフラミンゴの姿があったとかなかったとか。