「貸し出されに、来ました」


早朝、扉を叩く音に起こされた大木雅之助は、目の前の少年―能勢久作―を見て眠気を吹き飛ばした。



久作レンタル10文(100円)



話は雅之助が、とれたてのらっきょうを忍術学園に届けたことから始まる。
食堂のおばちゃんと少し世間話をしたあと、雅之助は図書室に向かった。最近、動物の世界でも食欲の秋なのか、猪が畑を荒らして困っていたのだ。
効果的な対策方法が書かれている本があれば借りようと、図書室を覗く。図書室の中はがらんとしていた。
いつもなら、無口な六年生が座しているはずの返却台にも誰もいない。

「邪魔するぞ〜…?」

大声の雅之助には珍しく、恐る恐る声をかけると、「は〜い」と棚の奥から少年の声がした。
ほっとした雅之助は図書室に入り、目当ての本を探す。本棚は本が横に積み重ねられていたり、順番がバラバラだったりと、いつもの図書室では考えられない有
り様だった。
自力で探すのは面倒だ、と雅之助は棚の裏の少年に声をかける。

「済まんが、猪の対策方法が書かれている本は」

知らんか? という言葉は少年を見て宙に浮かんだ。
本を棚に戻していた少年は、雅之助を見て太い眉毛をピクリと動かす。

「猪対策…ですか?」

ちょっと待ってくださいよ。と少年―能勢久作は持っている本をさっさと棚に戻すと、雅之助に背を向けて本を探し始めた。


雅之助と久作との出会いは、あまり好ましいものではない。雅之助が図書室から借りていた本を延滞してたため、恐い顔をした久作に追いかけられるという経験
―もちろんそれは夢だったのだが―をしてから、雅之助は久作にちょっとした苦手意識を持っていた。

「ありましたよ。…これでいいですかね?」

上目遣いに本を差し出す久作に、少し間固まっていた雅之助は我に返る。

「あ…ああ、これじゃ」

じゃあ、貸し出し手続きをしますね。と久作は本を持って返却台に向かう。帳面を開いた久作に、雅之助はさっきから疑問に思っていた事を口に出した。

「なんでお前さんだけなんじゃ?」

たまたま一人残っているだけにしては、何日も図書委員がいないかのように図書室が荒れている。
久作は帳面を書いていた手を止めると、左側の壁に貼ってある紙を筆で示した。

『図書委員一人につき、一週間
「10文で貸し出します』

「予算会議で、思ったより予算が取れなかったので、アルバイトです」

顔を帳面に向けたまま、久作は答える。なるほど、他の委員はみんな貸し出し中なのだろう。

「これは…学園外でも有効なんかの?」

雅之助の言葉に、怪訝そうに久作は顔を上げる。

「はぁ…まぁ、有効だと思いますけど」

きり丸のやつなんか、これを好機とばかりに関係ないアルバイトまでやってますから。と愚痴りながら、久作はまた帳面に顔を戻す。

「それなら、わしに貸し出してくれんか?」

驚いたように久作が顔を上げる。言った張本人である雅之助も、自分の言葉に驚いていた。

「…いいですけど、誰をご希望ですか?」

久作は驚いた顔から直ぐに平生の顔に戻ると、貸し出し帳とは別の帳面を取り出した。

「雷蔵先輩は鉢屋先…あ、いや学級委員長委員会に、アルバイト期間中はずっと借りられてますし、きり丸はここの近くから他の仕事を受けてるので、遠くに行くのは嫌がるでしょうね。
怪士丸は、つい昨日毒虫探索に駆り出されたので、帰ってくるのは5日後かな。力仕事なら中在家先輩をおすすめしますよ。3日後ぐらいには帰ってきますが…」

慣れた番頭さんのように、帳面をめくりながら喋る久作。

「お前さんは貸し出されんのか?」

雅之助の言葉に、久作は筆の尻をアゴにあてながら思案気に眉を寄せた。

「…僕、ですか?」

まさか、久作だけ貸し出しリストに入っていない、ということはないだろう。久作の言葉に雅之助はうんうんと頷く。

「わしはお前さんを借りたいんじゃが」

いかんかの?という問いに、久作は首を横に振る。

「いや、全然構いませんよ。…あ、でも図書室に誰もいないのはまずいので、他の人が返却されてからでいいですか?」

「いつでも構わんよ」

雅之助の答えに、久作は何やら帳面に書き付けた。

「……じゃあ、他の図書委員が返却されたらこちらから向かいますね」

書き終えた帳面をパタンと閉じて、久作はそう言った。

「おう。それじゃあ、よろしくのう」

雅之助が図書室を出ようとすると、「ちょっと、ちょっと!」と久作が呼び止めた。

「なんじゃ?」

「これ、忘れてますよ」

呆れたように猪対策の本を差し出す久作。

「おお! 忘れておった! ありがとうな、久作」

本を受け取った雅之助は、大きな口でニカッと笑う。

こうして、能勢久作が大木雅之助に貸し出しされることが決まったのだった。





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