◎yesしか聞こえない
コート整備が入るから、と本日土曜日の部活は午前中のみ。
やったー久しぶりに早く帰れるー!今日こそユウトを攻略してやる!(今ドハマりしてる恋愛シミュレーションゲームだ)って思ってたのに。
『重い指ちぎれる』
「いつももっと重たいドリンクとか運んでるだろ」
なにが悲しくてこわいこわい部長とふたりで備品の買い出しだなんて。
大量のドリンクの粉にテーピング、アイシングスプレーに消毒液に絆創膏。
わたしが持ってるのはテーピングとか細々してるやつが入ってる袋ひとつなんだけど。
「俺って優しいだろう?」
『そうですねー』
「なに、俺の荷物も持ってくれるの?」
『幸村君優しすぎて泣きそう』
にこ、と笑ってるはずなのに感じるこの威圧感はなに?
こんなときユウトだったら「俺が持ってあげるよ」って言ってくれるはずだ。きっと。たぶん。
『ちょっと休憩しませんかー』
「こんなくらいで根をあげるなんて体力ないね。二ノ宮も明日から俺たちと一緒に外周走るかい?」
『外周なんて走ったらそのあとマネージャー業務できなくなるけど』
「それは困るなぁ」
全然困ってなさそうな顔して言う幸村に心のなかで悪態をつく。
「二ノ宮は春の海って見たことあるかい?」
『まいにち見てますよ?』
立海の通学路には海がある。
毎日潮の香りを感じているから特別視なんてしたことなかったけど。
「春の海は1年でいちばん穏やかなんだ」
ちょっと寄っていこうよ、なんて海へと続く階段を降りていく幸村の後を追う。
なんて自由な人なんだ。
『わあ、すごくキレイ!』
砂浜ギリギリのところのコンクリートの山に荷物を置いて座れば、太陽の光をキラキラと反射して輝く海。
ざあざあとゆっくり押し寄せる波の音。
しばらくぼーっと眺めていれば、ぴと、と首に押し付けられた冷たさに『うぎゃあ!』となんとも可愛くない声がでた。
「もっと可愛い反応できないわけ?」
『いきなり押しつける方が悪い』
「ふーん、いらないんだ?せっかくお前のために買ってきたのに」
『ありがたくいただきます』
押し付けられたのは缶のミルクティーだった。
あ、これわたしの好きなやつだ。
「二ノ宮はさ、そんなにユウトが好きなわけ?」
『っはぁ?』
「よく部室で丸井と話してるだろう?なんだっけ、おとといはデートしたんだっけ?」
『なんでそれを・・・!』
「ユウトってどんな男なの?」
『えーっと、、、』
やばい、これは言うまで帰らせてくれないやつだ。
でも、幸村に恋愛シミュレーションゲームの中の男ですって言うのはちょっと恥ずかしいというかなんというか。
「年上?何部?」
『同い年の軽音部』
「ふうん、立海には軽音部ないから他校なんだね。どうやって知り合ったの?」
『駅前で、道を聞かれて・・』
「ナンパか。かっこいいの?」
『うん、かっこいい』
「俺とどっちがかっこいい?」
『はぁ!?!?』
思わずむせるところだった。
誘導尋問のような取り調べのような、そんな気分だったのに。
「ねえどっち?答えてよ」
言えるわけがない。
そもそもあのゲームを始めたのも、ユウトを選んだのも幸村君にそっくりなキャラのゲームがあるの知ってる?って丸井にオススメされたからで。
「あははっ、ごめん、意地悪しすぎた」
急に笑いはじめた幸村にびっくりしてそっちを見れば、笑いながら携帯の画面を操作していて。
「ユウトってこいつだろ」と見せられた画面には藍色の髪の毛を揺らすユウトの画像。
『な、なんで・・・!』
「知ってたよ、二ノ宮がいまハマってるゲームだろ。クラスの女子に幸村君に似てるねって見せてもらったことがあってね」
もうだめだ、あの顔はすべてわかってるぞって顔だ。
ドン引きされたかな?いやするよね?わたしだったらドン引きどころじゃないぞ。
「ユウトじゃなくて、ホンモノの俺と恋してみない?」
『・・えっ?』
「そうだな、選択肢は yes or はい かな?』
なんだその選択肢は。あってないようなもんじゃないか。
『ゆ、幸村はいいの・・?』
「なにが?」
『恋愛シミュレーションゲームで必死になってるわたしでも』
「所詮俺の代わりだろう?」
返事、あしたまでに考えといてよ。そう言ってそろそろ戻ろうか、と立ち上がる幸村の背中にぼそっと呟いた。
『好きだ、ばか』
「明日、俺の誕生日だから最高の返事を頼むよ」
幸村を喜ばせるには、yes or はい どっちを選べばいいんだろう。
\ Happy Birthday Seiichi! /
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