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夏が終わればすっかり受験モードだ。
わたしたち(主に精市くん)も時間があれば教室や図書室で勉強している。



「ねぇこれは?」

『自動詞のあとに名詞がくるときは、前置詞が必要になるんだよ』

「じゃあこれは他動詞だ」

『自動詞と他動詞ってややこしいよね』

今日はA組の教室で、ブン太の席に精市くんが座って英語の勉強だ。
もともとU-17で海外に行ったり、頭のいい精市くんの飲み込みは早い。
わたしが教えられることなんてたいしてないのに、一緒に勉強したいと言ってくれるのがうれしい。

精市くんが目指すのは、東京の名門氷帝大学だ。
学部にもよるが立海大学より全体的な偏差値は少しだけ高い。
なんでも、立海大学より氷帝大学のほうがテニスコートの設備がいいらしい。
大学でもテニスを続けるんだな、と思うとわたしもうれしくなった。
一区切りついたのか、思い切り伸びをする精市くんにカカオ72%のチョコレートを3つ渡す。




「珍しいね、ゆずのかばんから手作り以外のものが出てくるなんて」

『お勉強といえばチョコレートでしょ?』

72%なのは、わたしがいちばんすきだからなんだけど。
1粒チョコレートを口にいれて、ころころと転がしながら読みかけだった本のページをめくる。
精市くんもカリカリとシャーペンを動かして英語のテキストを進めている。
どうやら今日で残り3ページ終わらせるようだ。
この本を読み終わるのと、精市くんがテキストを終わらせるのはどっちが早いかな。









『ふう・・』

なかなかにおもしろい内容だった。
ぱたん、本を閉じて精市くんの方を見れば頬杖をついたまますうすうと寝息をたてていた。
精市くんが居眠りなんて珍しいなぁ・・。
まつ毛長いしお肌も綺麗だし・・・くちびるの形もすき。
いつもこのくちびるが・・・ってなに考えてるんだろう。

でも、今すごくキスがしたい。

音をたてないようにイスをひいて少しだけ精市くんのほうに近づく。
ほんの一瞬、触れるか触れないか。
ふに、とやわらかくてあったかいいつもの感触。


精市くん起きてないよね?バレてないよね?


どきどきとうるさい心臓を鎮めるようにゆっくりと息をはいて、精市くんの肩にブランケットをかけた。

下校のチャイムが鳴っても起きなかったら起こしてあげよう。







「・・・んん、」

『精市くん起きた?あと10分で最終下校の時間だよ』

「ごめんね、寝ちゃった」

『最近ちょっと頑張りすぎで心配だよ』

「ありがとう」

寝起きでちょっとふわふわしてる精市くんはいつものパリッとした雰囲気とはちがってちょっとかわいい。
この時はまだあんな面倒なことが起きるなんて知らなくて、わたしはへらへらと笑っていた。












*****






「ちょっといい?」

それから何日か経ったある日の休み時間。
トイレに行って、教室に戻ろうと思ったら意外な人に声をかけられた。
そのまま人気の少ない階段の踊場に連れて行かれて、これはまさかの呼び出し?だなんてドキドキと心臓が音をたてる。




『えーっと・・佐々部さん?』

「あら、私の名前覚えてたの?」

『まあ、同じクラスですし・・』

球技大会以来全く接点のなかった佐々部さん。
そういえばボールぶつけられたこと謝ってもらってないな。もういいけど。
案外わたしは根にもつ性格らしい。




「この前見ちゃったの、あなたが幸村君にキスしてるところ」

そう言って見せられた携帯の画面には、いつの間に撮られたのか寝ている精市くんにキスをするわたしの姿。
あんな一瞬のキスだったのにばっちりくちびるがくっついてる瞬間がうつっていた。すごい。




「教室でこんなことしてるなんてバレたら謹慎ね。幸村君だってこれから大学受験控えてるのに」

『・・・なにが目的ですか?』

「察しがいいのね。わたしは丸井君のことが好きなの。ただの幼なじみだとしてもわたしからすればあなたが邪魔なのよ。丸井君とべたべたするのやめてくれない?」

『べたべただなんて・・』

「お弁当渡したりお菓子あげたり、目障りなのよ」

『そう、です、か・・』

「あなたの態度次第で、この画像うっかりSNSに載せちゃうかもしれないから気をつけてね」

それだけ言うと、スタスタと行ってしまった。
ゆすられた。
こういう時、どうすればいいのか。
授業開始のチャイムが聞こえるけど、わたしはここから動くことができなかった。




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