◎35
運がいいのか悪いのか。
今日のお昼はテニス部のミーティングがあるため精市くんとは別々に食べる日だ。
昨日のお昼の件で精市くんを怒らせたのは間違いなくわたしだ。
ケンカですらない、あのとき精市くんがついたため息はなにも言わないわたしに愛想がつきたという意味のかもしれない。
「元気ないけどケンカでもしたの?」
『ケンカじゃないけど、精市くんのこと怒らせちゃった』
「え、あの幸村君が?ゆずに怒る?」
あり得ない!とまいちゃんは叫ぶけど、あり得てるからこんなにため息ばかりでるのですよ。
軽くこうなった理由を話せば、まいちゃんにもため息つかれてしまった。
これは呆れのため息だ。
「ゆずと幸村君がセットでいないと私たちもつまんないんだから早く仲直りしてきなさいよ」
『言えてたらこんなに悩んでないよ』
「ゆずはなんでも抱え込むから、たまには素直に思ってること伝えればいいの。その一歩を踏み出せば幸村君との距離がもっと縮まるんじゃない?」
まいちゃんの言うことは至極真っ当な意見だと思う。
一歩を踏み出す、か。
放課後、今日は精市くんと帰る日だから教室で宿題のプリントを仕上げてから借りていた本の返却をしようと図書室に向かう。
運動部のかけ声が響く教室はすごく静かで、残っているのはわたしくらいだろう。
通り道の、誰もいないB組を覗けばイスにポツンとかけられた深緑のブレザー。
あの席は、まさか。
(・・・やっぱり精市くんのだ)
ブレザーを手に取れば、たった1日なのに精市くんのにおいが恋しくてぎゅうっと胸の奥が締め付けられる。
(ちょっとだけだから、)
そう自分に言い訳をして、寒いときに精市くんがわたしに上着を貸してくれるときみたいにブレザーを肩にかける。
大きくて、あたたかくて、なにより大好きな精市くんのにおいにつつまれて。
そのまま精市くんの席に座れば、隣の席だった頃がすごくなつかしくなった。
(・・・やば、寝ちゃってた)
精市くんのにおいに安心したのか、ブレザーをかけたまま机に突っ伏していつの間にか眠ってしまったようだ。
早く脱いで元通りに置いておかないと。
ただでさえ今ギクシャクしてるのに、こんなところ見られたら。
そう思って顔を上げれば、頬杖をついてこっちを見つめる精市くんが目の前にいた。
『っ、わ!』
「ゆずってほんとによく眠るね」
ふわり、優しく微笑む精市くんは昨日みたいな冷たい感じはしない。
『部活は・・』
「さっき終わったよ。ブレザー取りに来たらゆずが眠ってたからかわいいなと思って」
『勝手に着ちゃってごめんなさい』
恥ずかしい。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
「どうして俺の席で眠ってたの?」
『あの、それは・・』
「ねぇ、教えて?」
恥ずかしい。恥ずかしいけど、このチャンスを逃したら。
『たまたま教室の前を通ったら、精市くんのブレザーが置いてあるのを見つけて。忘れ物なんて珍しいなって思って手に取ったら、精市くんのにおいがして、なつかしくて、つい・・』
顔から火がでるんじゃないかってくらい熱い。
精市くんは相変わらず目の前でにこにこしている。
「ゆず、仲直りしようか」
『精市くん・・・』
「昨日は冷たくしてごめんね。ゆずが悩んでるのに俺だと力になれないのかと思ったら悔しくて八つ当たりしちゃった」
『ううん、精市くんは悪くないよ』
「ゆずはなにに嫉妬したの?」
『なんでそれを・・・!』
「柳生に聞いた。でも理由までは教えてもらえなかったから、ゆずから直接聞きたい」
真っ直ぐわたしを見つめる精市くんの目を、今度はそらさずにちゃんと見て。
告白のときとは違うけど、どきんどきんと聞こえそうなくらい心臓が音をたてる。
『おとといね、精市くんのクラスの前を通ったの。女の子に囲まれて話をする精市くんを見たら、なんだかすごくもやもやした。違うクラスになるのが初めてだから、あんな風にクラスメイトの女の子と話をしてるんだって思ったらすごくさみしくなった。精市くんが誰と話そうがわたしには口出しする権利なんてないのに、すごく嫌だって思った』
自分がこんなにも嫉妬深かったなんて知らなかった。そう言えば、一瞬驚いたように目を見開いて嬉しそうに微笑む。
「嬉しい。いつも嫉妬するのは俺ばかりだと思ってたから、ゆずがヤキモチ焼いてくれてすごく嬉しい」
『それにね、その、あの・・・告白、聞いちゃったんだ。屋上に忘れ物取りに行ったらたまたま』
「えっ・・・」
『やっぱり精市くんとは釣り合わないって思われてるんだなって、知らない訳じゃなかったけど、聞いちゃうとちょっとつらかったな』
「俺がなんて言ったか聞いてた?」
『ごめんって断ってたのは聞いたよ?』
「その後だよ。俺の彼女の悪口を言う奴は許さない。俺が好きなのはゆずだけだって」
『え・・』
「どうせ聞くなら、最後までちゃんと聞いててほしかったな」
『精市くん・・』
「ゆずはなにも不安に思うことはないよ。俺が好きなのはゆずだから、自信をもって隣にいてほしい。悩みがあるなら言ってほしいし、一緒に解決したい。俺はゆずの彼氏だから頼られたいんだよ」
『・・ うん、ごめんなさい』
「ちがうでしょ?」
『精市くん、ありがとう』
わたしも精市くんのことだいすきだよ。
仲直りのきっかけを作るために精市くんがわざとブレザーを教室に置いていったなんて、わたしは一生知ることがないんだろうな。
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