◎31
精市くんとわたしの誕生日を過ごすのは、今年で2回目だ。
1年前はブン太に泣きついてファッションショーして大変だったが、今年は事前にお買い物もして準備は完璧だ。
「明日はどこ行くか決まってんの?」
『ううん、精市くんが俺に任せてって』
「ふーん?」
食後のプリンを食べながら、明日のデートについて聞いてくるブン太は聞いたくせにちょっと興味がなさそうだ。
「明日は風が冷たいらしいから、ストール持って行けよー?」
『明日寒いのかぁ・・・。あ、ブンちゃんはなにか聞いてるの?』
「知ってたとしても俺が言ったら幸村君にぶっ殺されるだろい?」
『精市くんはそんなことしないよ』
「ったく、ゆずはいつまで幸村君のこと王子様だと思ってるわけ?」
『あれ、王子様だなんて言ったことあったっけ?』
「なかったっけ?」
ま、どーでもいっか。なんて言いながら4個目のプリンに手を伸ばす。
精市くんにバレたらお腹つつかれるだけじゃ済まないぞ。
付き合ってまだ2ヶ月だけど、自然に手を繋いで歩くようになって、1つのイヤホンで音楽を聴いてみたりなんだかすごくカップルって感じがする。
電車に揺られて30分、着いたのは水族館。
「この前ペンギンに会いたいって言ってたでしょ?」
『覚えててくれたの・・・!』
たまたませらちゃんの持っていたティーン向けの雑誌に載ってた水族館特集。
ぽろっとペンギンに会いたなぁ・・って呟いただけの言葉を覚えててくれたなんて。
事前にチケットも用意しておいてくれた精市くんに「今日はゆずにお金出させないから」と言われてどうやらわたしのお財布には出番を与えてくれないらしい。
大きな水槽に色とりどりのおさかなたち。
熱帯魚にクラゲに深海魚に、見たこともない生き物にびっくりしたりへんてこな名前に笑ったり。
イルカショーのあとはお待ちかねのペンギンだ。
『たくさん種類がいるね!あれがイワトビペンギンで、あそこにいるのがジェンツーペンギンで、これがケープペンギン。あっちの大きいのがコウテイペンギンだ』
「すごいね、意外な特技だ」
『ペンギンは小さい頃からすきだから覚えちゃった』
「なんでそんなにペンギンが好きなの?」
『昔ね、テレビで見たの。コウテイペンギンはメスがたまごを産んだらオスがあたためるんだって。ヒナが孵るまで60日も飲まず食わずでたまごをあたためて、その間にメスは体力の回復とエサを探しに出かけるの。コウテイペンギンは動物界のイクメンだよ、かっこいいよね』
「コウテイペンギンと俺ならどっちがかっこいい?」
まさか、精市くんらしくない質問にびっくりして顔を見れば、にやにやと笑っていて。
これは確実にわたしのことからかってる。
『精市くんが、わたしのコウテイペンギンになってくれる?』
「・・・っ!」
わたしだってこれくらいのこと言えるくらいにはなったんだぞ。
きゅ、と握っていた手に少しだけ力をこめる。
恥ずかしいからなにか言ってほしいんだけどな。
「ゆずには負けたよ」
『精市くんがからかってるってわかったからね』
「ほら、もう次いくよ」
『ペンギンの泳ぐスピードは時速7キロくらいなんだって』
「速いのか遅いのかわからないよ」
スイスイと泳ぐペンギンに背を向けて外に出れば、意外にも時間は経っていたみたいでイルミネーションがきらきらと輝いていた。
『わあ、きれい・・』
昼間とはぜんぜんちがう、花壇もみんなきらきら。きらきら。
光のトンネルをくぐって抜ければ、イルカやペンギン、サメなどの大きなモニュメントがあった。
『すごい、大きなイルカだ』
「寒くない?」
3月とはいえまだ肌寒い風が吹く。
大きめのストールを持ってきてよかった。
広げて精市くんの肩も一緒にくるまれば、いつもより少しだけ近くて暖かい。
『今日はありがとう』
「ゆずが楽しそうでよかったよ」
『精市くんが一緒だから、すっごく楽しかった』
へらりと笑えば身体の向きを変えてぎゅうぎゅうと抱き締められた。
「どんどんゆずのことが好きになる。どうしてだろうね?」
『わたしも精市くんのこと大好きだからわからないよ』
「誕生日おめでとう」
プレゼントだよ、と渡された箱を開ければハートフレームのシンプルなピンクゴールドのネックレスだ。
『かわいい!ありがとう!ねぇ精市くん、首がさみしいからつけてほしいな?』
3月の風でちょっと冷たいネックレス。
もしかしてブン太はプレゼントのことわかっていたのかな。
『しあわせな誕生日だ』
「毎年一緒に過ごせたらいいね」
『うん。それで毎年今年がいちばんしあわせな誕生日だなって思うの』
子供っぽい考えかもしれないけど、ずっと精市くんと一緒に居られたらしあわせをどんどん更新できるんじゃないか、なんて。
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