いとしいあまりに、いとしい





『蓮二さん、大切なお話があります』

ちょっとばかりふくらんできたお腹を撫でる優しい手。
ソファに並んで座ってわたしのお腹の中で育つ新しい命を愛おしそうに見つめる蓮二さんの目が好きだ。
そういえば、いちばん最初に好きになったのは蓮二さんの目だったな。

結婚して1年とちょっと。
もうすぐ新しい家族が増えようとしています。





『あのね、お仕事・・・辞めてもいいですか』

「俺は構わないが・・なにかあったのか?」

『最初はね、臨月近くまで働いてって思ってたんだけどちょっとつらくなってしまいました』

蓮二さんと結婚してからというもの、わたしの企画書が採用されれば影でひそひそ言われたり、すれ違いざまになにか言われたり、そんな些細な嫌がらせにもならないことはされることがあったが特に気にもとめてなかった。はずなのに。

妊娠してからというものそれがつらくてかなしくて仕方がないのだ。
同じプロジェクトのメンバーはくみちゃんをはじめみんな祝福してくれたし気を遣っくれたりと助けられている。
なのにほんの一部の心ない言葉がぐさりと突き刺さってしまう。



『こんなことでへこたれてたらこれからママになるのにだめだって思ってたけど、妊娠してからちょっとだけ弱くなった気がするんです』

「マタニティブルー、というやつか」

『え?』

「ホルモンバランスの乱れによる情緒不安定といったところだ。ゆず、お前が弱くなった訳ではない。仕事に家事に充分なほどやってくれていつも感謝している」

『蓮二さん・・』

「ゆずと子供を養うくらいの稼ぎはあるぞ、安心しろ」

『さすがチーフですね』

「ゆずの夫として当然だ。お前を幸せにしたいと言ったのを忘れたか?」

ふ、と笑ってお腹に置いていた手をわたしの頭に乗せれば、ぽんぽんと撫でられた。
ああ、しあわせだな。




「それにしても、改まって大切な話と言われると身構えてしまうな」

『別れ話かと思った?』

「ふっ、それはないな」

『どうして?』

「俺は毎日ゆずの愛情を感じている」

俺の好みに合わせて薄味の食事を用意してくれるところも、あまり匂いの強くない柔軟剤を使っているところも、ちゃんとわかっている、だなんて。
逆にこっちが恥ずかしくなってしまう。





『あーあ、お仕事してる蓮二さんもう少し見たかったなぁ』

仕事のときだけかけているブルーライトカットのめがねをかける姿をこっそり眺めるのが密かな楽しみだったのに。




「家でもかけるか?めがね姿の俺に見惚れていたのは知っていたぞ」

『うわー、蓮二さんのそういうところ・・』

「好きだろう?」

にやり、楽しそうな笑みを浮かべる蓮二さんを見上げる。
惚れた弱みだ、好きで好きで仕方がないのだ。




『渡辺さんと飲みに行ったら玄関のチェーン閉めますからね』

「毎日定時で帰ろう」

『チーフがそれでいいんですか』

「愛する妻の為ならな」

普段ならえー、なんて言っちゃうような歯の浮くセリフも今日ばかりはにやにやしてしまう。
いつからこんな盲目になっちゃったんだろう。




『好き』

ぽろっと口からこぼれた言葉は蓮二さんのキスに飲み込まれた。






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