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カチコチ、秒針が音をたてる時計はもうすぐ夜の10時になるところだ。

蓮二さんはいつも今日は何時くらいに帰るとか、遅くなるときも絶対に連絡をくれるのに今日はまだ帰ってこない。
蓮二さんまで帰ってこなかったらどうしようって思ったらこわくて、電話しても繋がらないしメッセージも既読にならないし・・・蓮二さんの職場まで行く?
でも今日は取引先に行くって言ってたし、わたしはその取引先とやらを知らない。

もし入れ違いになったら?
そう思ったらどこにも行けなくて、でもそわそわと落ち着かなくて玄関から飛び出した。






「・・・あれ?ゆずちゃん?」

『幸村さん・・・』

「そんなに慌ててどうしたの?」

『蓮二さんがまだ帰ってこなくて・・・このまま、蓮二さんまで帰ってこなかったら、わたし、わたし・・・』

子供のようにぐしぐしと泣きながらわたしの目線に合わせるように少ししゃがんでくれた幸村さんにしがみつく。
ちらりと腕時計を見た幸村さんは「もうこんな時間か・・」と小さく呟くと、ゆっくりとわたしの頭を撫でてくれた。

よしよし、だなんてまるで子供をあやすようだけど、今のわたしはそれだけですごく安心できた。





「大丈夫、蓮二は絶対に帰ってくるよ。それまで俺が一緒に居てあげるから、ね?」

帰ってきたら俺が蓮二のことうんと叱ってあげる、なんて笑いながら言う幸村さんの横顔にずきんと胸が弾む。




わたしは気づいてしまった、幸村さんのことが好きだってことに。
















「すまない・・・!」

息を切らした蓮二さんがどたばたと帰ってきたのはあれから30分くらい経った頃で。
なんでも取引先での会議が絶対にどこにも漏らせない機密事項のある内容で通信機器の持ち込みが禁止され、思いの外長引いた会議を抜け出すことも連絡することも出来なかったのだとか。




「蓮二にしては詰めが甘いんじゃないかい?そんな会議なら長引く可能性もあったはずだ。それならあらかじめゆずちゃんに連絡を入れておけばよかったのに」

「精市の言うとおり、今回は俺が悪かった。ゆず、不安にさせてすまなかった」

「ほんとだよ、あの時俺が通りかかってなかったらゆずちゃんはずっとひとりで泣いてたんだからね?」

あの蓮二さんがたじたじになっている。珍しい。





「会議終わったときにゆずちゃんに連絡のひとつやふたつ入れられなかったのかい?」

「いや、電話をしたが電源が入っていないとアナウンスされてしまってどうにもできなかったんだ」

『・・あ、充電きれてる。蓮二さんごめんね』

「ゆずちゃんは悪くないよ、そもそも充電が切れたのだって蓮二にたくさん連絡したからだろう?蓮二のせいだ」

ちょっと理不尽にも思える幸村さんの責めに思わずくすりと笑ってしまう。
この家には固定電話がないので携帯がなければ連絡の取りようがないのに。





「そうだゆずちゃん、俺と連絡先を交換しようか」

『っ、え?』

「万が一なにかあったとき、蓮二より俺の方が早く駆けつけられることもあるだろうし。ゆずちゃんは知らないかもしれないけど家もけっこう近いんだよ」

思わぬところで幸村さんと連絡先を交換することになってしまった。どきどき。急展開だ。

ちなみに蓮二さんは、このあと真田さんにもこっぴどく叱られたらしい。ちょっとかわいそうだ。




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