◎バレンタインの魔法
どこか周りがそわそわしてるのは、気のせいではないはず。
そう、わたしだってそのひとり。
今日はバレンタインデーなんだもの。
かばんのなかでゆらゆら揺れるのは、綺麗にラッピングされたチョコレート。
どきん、どきん、学校に近づくにつれて心臓の音が大きくなる。
すう、と1回深呼吸。
いつも通り、上履きを履こうと自分の下駄箱をあける。
……と、ちょこん、と上履きの上に置かれていたピンク色の包装紙にきらきら光るゴールドのリボンがついた箱。
胸のどきどきが大きくなって。
かばんに自分が作ったチョコレートが入っていることも忘れて旧校舎2階いちばん東の教室まで走った。
『っ、れんじくん!!』
「おはよう」
ばん、と勢いよく開いたドアの音に、れんじくんは読みかけの本を床に置いた。
『れんじくん、これ…』
「そんなところに立っていないで隣に来たらどうだ」
『う、うん…』
太陽の光を背中に浴びるように、やわらかい暖かさに包まれたれんじくんの隣に座る。
「姉さんから流行っていると聞いた。逆チョコ、と言うんだろう?」
流行っていうものにあまり興味がない。
そんなれんじくんから逆チョコなんて言葉が飛び出してきて、正直びっくり。
目をぱちくりさせるわたしに微笑みながら、するり、ときらきら光るリボンをほどけば。
「ここは将来、俺がもらうからな」
左手の薬指に結ばれて。
光がきらきら反射して、本物の指輪みたいに綺麗。
『嬉しい…』
「ゆずは俺にくれないのか?」
『…あ!』
今日はびっくりすることばっかりですっかり忘れていた。
『走ったからくずれちゃったかも』
そんなことを言いながられんじくんに渡す。
あっという間にリボンは紐になって、トリュフチョコレートをひとつ手に取った。
『れんじくん甘いの苦手だから、ビターにしてみたの』
「ありがとう。せっかくだから一緒に食べるか?」
ぱくり、自分の口にトリュフチョコレートを入れると、ぐいっと抱き寄せられてふわりと甘い香り。
頭の後ろに片手をまわして、もう片方の手は腰に。
お互いの口の中を行ったり来たり、舌を絡めてチョコレートを溶かす。
『っは、』
「うまいな」
ふっとわたしの好きな笑顔でぽんぽんと頭を撫でられて。
『あ、授業…』
ちらり見えた時計はとっくに1限目を過ぎていた。
「1限くらいはこのままでも大丈夫だろう。今日は部活も早く終わる、帰りにどこか寄るか?」
『ほんと?嬉しいな』
「あぁ。ゆずの行きたいところに付き合ってやろう」
繋いだ手はもちろん恋人繋ぎで。
『じゃあね、じゃあね、れんじくんとプリクラ撮りたい!』
「全てキスしてるやつでよければな」
『え、』
「仁王が彼女と撮ったと言っていた」
『れんじくん撮りたいの?』
聞けばふい、と顔を反らされて。
『でも。……1枚くらいなら、撮ってもいいけど、』
「っ、」
バレンタインはまだ始まったばかり。
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