7.虹村億泰、登場
___ある日の学校の帰り道

私たち三人は一緒に帰っていた。あれから私たちは家の方向も同じということもあり、ほとんど毎日一緒に帰っている。
最近私の家の近くにできた謎の岩の前を通り仗助君の家の近くという所まで差し掛かる。
空き家の前を通りかかったとき私はその家から妙な気配を感じて振り返る。


「…………?」

「どうした?名前?」

「今あの家から何か気配を感じたような気がして…。」

「名前さんも?僕もなんだ。ほら、あの窓に確かに人影がうつったよ。」

「いや、それはないぜ。だって俺ん家あそこだろ。誰か引っ越してきたらすぐにわかるぜ。」

仗助君が指さしたのは確かにこの場所から目と鼻の先にある彼の家。

「それもそうだね。」

「ひょっとして幽霊でも見たのかなぁ。」

納得した私に対して康一くんは未だあまり納得できていないのか、何かに誘われるようにその空き家に近づく。
さらには『立入禁止』と書いてある門を少し開けて中を覗いていた。

「おい変なこと言うなよ…。幽霊は怖いぜぇ…」

「こ、康一君っ!空き家だからって勝手に入っちゃ駄目だよ!」

康一は少しだけ空いた門の隙間から頭を覗かせて辺りを見ていた。だが次の瞬間カエルが潰れたような声と共に門が康一の首を挟んだまま閉じたのだ。
いや、門がひとりでに閉じたのではない。家の中から突然現れた男は門に康一の頭を挟んだまま無理やり力を込めて門を閉じようとしていた。

「人の家を…覗いてんじゃねぇぜ、このガキャァ!」

「こ、康一君っ!!」

咄嗟に康一に近づこうとするのを仗助に止められる。

「てめー、イカレてんのか?離しなよ。」

仗助は落ち着いたように目の前の男に言うがその表情は穏やかではない。
その鋭い目に怯むこともなく男は康一の首を挟んだまま扉をグリグリと足で押して首への圧迫を弱めようとはしない。このままでは康一の首は折れるか窒息してしまうだろう。

「ちょっと…!止めなさいよ!『クリスタル・ミラージュ』!!」

耐えかねた私は自らのスタンドを出して男と康一君の間に結界を発生させる。
見えない壁を蹴った感触に男は一瞬驚いたようだったがすぐにニヤリと笑みを浮かべる。

「ほぉ。その女もスタンド使いらしいな。___だが!」

「『ザ・ハンド』!!」

「スタンド使いだとぉ…!?」

男が出したスタンドの右手に触られた結界はいつの間にか消失してしまったのだ。

「結界が…っ」

結界が消えた瞬間、どこからか飛んできた矢が康一の首に突き刺さる。クリスタル・ミラージュの結界を出す暇もなかった。


「いやぁああああ!康一君!!」

「なにぃ!康一!!」

咄嗟に仗助が康一の元へ駆け寄ろうとするが男によってそれは阻まれてしまう。

「どけぇっ!今ならまだ俺の『クレイジー・ダイヤモンド』で治せる!」

「億泰よ…。東方仗助と苗字名前を消せ。奴らは俺たちにとって邪魔なスタンド使いだ。」

「!?」

康一君に矢を放った男が家の二階の窓から言い放つ。

(なんであの男は私のことを知っているの…?)
康一につき刺さった矢を見て既視感を感じる。

「あの矢…どこかで、」


____思い出した

あの矢は半年前に私に突き刺さった矢だ。そして影になって良く見えないがその特徴的な頭には見覚えがある。
あの男に私は確かに射抜かれた。そしてスタンド使いになったのだ。

「東方仗助、そして苗字名前…。女をやるのはちと気が進まないが…仕方ねぇ。お前たちはこの俺の『ザ・ハンド』が消す!!」

その声を皮切りに私は億泰の周りを囲うように結界を作る。
だが億泰は再び結界に右手を触れると先ほどと同じようにそれはまるで何事もなかったかのように掻き消えてしまった。

「な、なんで…」

「……分かったぜ億泰。なんで名前の結界が消えたか。
削り取ったんだな。『空間を削り取る』。そいつがお前の能力だろ?」

「その通り!『ザ・ハンド』の右手が触れたものは全て削り取られる。そして削られた部分は元と同じように閉じる!最も削ったものがどこにいくのかは俺も知らねーがなぁ!
逃げる相手には、こんなこともできるんだぜ!」

そう言うと億泰は何もない空間を右手で掻く。一瞬何をしているのか分からなかった二人だがその疑問はすぐに解明される。
まるで瞬間移動でもしたかのように仗助が億泰の目の前に現れたのだ。

「えっ!?」

「なにぃ!?」

「ほお〜ら、寄ってきた!瞬間移動ってやつだぜ!」

勝ち誇った笑みを浮かべる億泰に対し、何故か仗助はあきれ顔だ。


「やっぱりな。お前、頭悪いだろ。」

仗助君は身をかがめて『ザ・ハンド』が削り取ったであろう場所を避ける。すると彼のすぐ後ろにあった植木鉢が億泰の前まで引き寄せられてそれは彼の顔面にぶつかった。
ガシャーンッと植木鉢が砕けた音が辺りに響く。打ち所が悪かったのか億泰はそのまま気絶してしまったようだ。

「フー、虹村億泰か…。こいつはかなりグレートで恐ろしいスタンドだぜ。一発首でも絞めて敗北感ってものを植え付けてやるかな。」

「じょ、仗助君!康一君が…!」

いつの間にか重症の康一がその場から消えていた。いや、消えたのではない。その証拠に彼の血が何かに引きずられたように家の中まで続いている。


「康一君!!」

「オイ待て名前!早まるな!」

家の入り口まで来ると玄関を上がってすぐの所に意識を失った康一と億泰の兄がいた。

「…この矢は、大切なもので一本しかない。回収しないとな。」

億泰の兄は康一の喉に突き刺さった矢に手をかけて今にも抜きそうな雰囲気だ。

「ぬ、抜いたら血が…!」

「てめぇ…!いい加減にしろよ!」

だが億泰の兄は聞く耳持たず、康一から矢を引き抜く。途端に溢れだす血液。だがそれと同時に家の中へ踏み入る男がいた。

「っ仗助君!」

今家のなかに入るのは得策ではない。間違いなく罠だ。
だが康一にはもはや一刻の猶予もない。それも分かっていた。私も仗助君に続き家の中へ入る。

そのすぐ後ろから声が響く。

「兄貴!俺はまだ負けてねぇ!そいつへの『攻撃』は待ってくれ!」

(攻撃…?)

私たちの後ろから叫んだのは気絶していたはずの億泰だった。だが攻撃とは一体何なのか?未だ億泰の兄は攻撃らしいモーションはとっていないし、彼のスタンドだって姿を見せていない。
(それなのに攻撃って…?)


瞬間天井の闇がキラリと光ったのに手前にいた仗助だけが気が付いた。

「何か来るっ!名前!!」

「え?」

咄嗟に仗助は名前の手を引いて走っていたルートから横に逸れる。突然手を引かれた名前は踏ん張ることもできず仗助の上に倒れる。
仗助が受け止めてくれたおかげで何ともなかったが、自分たちが先程までいた場所を見て驚愕する。

「っ!!ぁ……」

何か大量の小さい丸いものが床に沢山の穴を空けていたのだ。それは私たちの後ろにいた億泰にも命中していた。
顔面に大量の穴を空けられた億泰は成すすべもなく後ろに倒れる。

「じょ…じょうすけ、く…」

驚きすぎて張り付いてしまった声を出そうとした瞬間に目の前が暗くなる。

「え…?仗助くん…?」

「女の子によぉ〜、あんまこういうの見せるのってよくないと思うんすよ。俺は。」

目の前が暗くなったのは仗助の胸に顔を引き寄せられていたからだった。
ドクン、ドクンと音を立てる彼の心音に少し落ち着きを取り戻す。


「億泰よぉ…お前のスタンド『ザ・ハンド』は恐ろしいスタンドだが、お前は無能だ。弟よ…お前はそのままくたばって当然と思っているよ!」

仗助の胸に顔を突っ込み彼の手で後頭部を固定されてしまっているため姿は見えないが、男の酷い物言いに仗助の服を掴んだ私の手が震える。

「実の弟に……酷い」

「名前……」

自分の胸の中で震える名前に、何かを決意した仗助は彼女の背中を抱いたまま立ち上がる。

「何のつもりだ?東方仗助。お前とお前の胸の中で震えている苗字名前は決して逃がさない。いや、逃げられない。
なぜならお前たちはこの康一とかいうガキを絶対に見捨てない。」

その合図と共に再び暗闇の中から無数の何かが発射される。

「てめぇの弟ごと殺る気かよ…!」

仗助は咄嗟に億泰を引き寄せて『クレイジー・ダイヤモンド』で壁に穴を空ける。だが私を抱いてさらに億泰を抱えて素早く動けるはずもない。
攻撃が迫っているのを確信した私は咄嗟にスタンドを発動させる。


「『クリスタル・ミラージュ』!!」

億泰兄の攻撃は私の結界に阻まれて届かなかった。その隙にクレイジー・ダイヤモンドが開けた穴から私たちは脱出する。

「あぶね…、助かったぜ名前。お前の結界がなきゃあやられてたぜ。」

「ううん。私こそ、仗助君がいなかったら初めの一撃目でやられてたよ。ありがとう。」
私たちは重症の億泰に向き直る。

「…さて、と億泰。お前の兄貴のスタンド能力を話してもらおうか。」

あれだけ酷いことを言われたのだ。億泰だって頭にきていないはずはないだろう。だが予想に反し億泰が兄を思う気持ちはそれ以上だった。

「…っ言う、かよ……!ボケが…!」

「やっぱりな。言うとは思わなかったぜ。」

仗助は億泰の覚悟を見抜いていたのだろう。すぐにクレイジー・ダイヤモンドで億泰の傷を治しにかかる。
あっというまに彼の傷はあとかたもなく消えてしまった。

(すごい能力…強いけど、とても温かくて優しい。仗助君みたい…。)

億泰は無条件で自分の傷を治した仗助に食ってかかろうとするが彼は軽くいなしてしまった。
そして仗助君は私の方へ向き直る。

「名前。おめぇはこのことを承太郎さんに知らせてくれ。」

「えっ!?」

突然の仗助の台詞に私は驚く。

「な、なんで!?私も行くよ!康一君が心配だもの!それにもしも仗助君になにかあったら…」

「だからだ!俺の身に何かあったらお前を守れねぇ。お前の力はどう見たって戦い向きじゃあねえからな。
もし…お前に何かあったら、俺は一生自分を許せねぇ…。だから、頼む。」

「仗助君……。」

暗に『足手まとい』と言われたことに少し涙腺が緩む。
だが分かっている。自分が仗助君の言う通り足を引っ張っていることに。
私がついていけば優しい仗助君のことだ。彼は先ほどのように私のことを守ろうとするだろう。だがそれでは康一君の救出が間に合わないかもしれない。


(今一番に優先すべきこと、それは康一君の救出。)

自分に言い聞かせて緩みそうになる涙腺をグッと引き締める。

「…わかった。承太郎さんにすぐに伝えに行く。そしてすぐに戻ってくるから。

_____康一君を、お願い。」


名前の泣きそうなのに強がっている表情を見た仗助は一瞬眉をハの字に歪めるが、すぐに引き締める。


「ああ。勿論だぜ。」

私は振り返らずにその場を走り去った。