6.気になる男
『いいか。簡単に言えばスタンドとは自分の精神エネルギーが実体化したものだ。だから自分の精神状態によって強くも弱くもなる。それはスタンドの暴走に繋がる。名前、心を強くしろ。そうすればスタンドは___』

「『自ずと自分の味方になる、』かぁ…。」

一昨日ホテルで承太郎さんに言われた言葉。
あの後、私は無理を言って承太郎さんのスタンド、『星の白金』を見せてもらった。
逞しい肉体に鋭い目つき。その瞳は承太郎さんを思わせる深い緑で…


「かっこよかったなぁ〜〜〜」

やっぱり性格がイケメンだとスタンドもイケメンになるのかしら?


「お前はどんな顔をしているのかな?『クリスタル・ミラージュ』。」

『クリスタル・ミラージュ』とは承太郎さんに名付けてもらった私のスタンド名だ。
水晶のように透明で頑丈、決して見ることはできないが確かにそこに存在する、そういう意味らしい。

(まさか承太郎さんに名付けてもらえるなんて)
きゃあきゃあと嬉しくてベッドの上を転げまわる。だが、一つの出来事を思い出しピタリと動きを止める。


「………仗助君。」

あの日から会っていない友人の姿を思い浮かべる。彼の気持ちを考えるとやるせない気持ちになる。
あれから学校も休日だったので彼が今どういう状況にいるのか、彼の自宅も知らない私には知るすべもない。

(そういえば承太郎さん、妙なことを言っていたなぁ)


『最近弓矢で攻撃されたか?』なんて。

そう。確かに私には最近矢で胸を貫かれた記憶があった。だが目覚めたら何ともなかったので勝手に夢の中の出来事だろうと思い、特に気にしなかったのを覚えている。
しかしよくよく考えればこの力を発現することができるようになったのはその弓矢に貫かれた後だったような気もする。
その弓矢を持った者の姿ははっきりと見ていないが、確か学生服を着た男だったような気がする。




承太郎さん曰く、ここ最近杜王町で起きている事件はスタンド使いが原因であること。
そして何者かがその弓と矢を使ってスタンド使いを故意に作り出しているということらしい。


『男の顔を思い出したり、弓と矢を見かけたら俺に知らせてほしい。康一君、君もだ。』

そう言った承太郎さんは私の頭を軽く叩くと私にしか聞こえないよう耳元で低く囁いた。




『不安になったらいつでも連絡しろ。決して無理はするな。』

吐息がかかる程近くで低く囁かれ、背中からゾクゾクと何かが這い上がるような感覚を覚える。


(この天然タラシめ……)

心の中で悪態をつきながらも顔は真っ赤になっていることだろう。
それに気が付いた様子もなく承太郎は康一に向かい何かを話しているようだった。

(なんだったんだろう?)
その疑問は学校が始まった次の平日に明らかになる。

◇◇◇
_____ピンポーン

月曜日 AM6:30 朝早いこの時間に何故か玄関のチャイムが鳴り響いた。

「なにかしら?こんなに朝早くから…」

お母さんがブツブツと言いながらも「はーい」とよそ行きの声を出しているのを横目で見送った。

(仗助君、今日は来るといいけど…。)

そう思いながらかぶりついたパンを落としてしまうくらいの甲高い声が玄関から響く。

「名前っ!ちょっと!!早く来なさいよ!!」

「なに〜?もう!まだご飯たべて、る………、」

母の叫びに耳を塞ぎながらもその尋常ではない様子に慌てて玄関の方に顔を出す。そこに居た存在に私も悲鳴をあげることになるのだった。

「じょ…承太郎さんっ!?」

なんとそこに居たのは数日前に大層お世話になった空条承太郎その人だった。

「ななななななななんでここに…!?」

「お前一人じゃ心配だったんでな。学校まで送ってやる。」

あまりにも突拍子がなさすぎて持っていたパンを床に落としてしまう。

「…おい、パン落としたぜ。」

いやもはやそういう問題ではない。開け放たれた玄関から見えるのは承太郎さんの車なのだろうか。玄関の前に横づけされている。
うちの母と言えばコソコソと私に向かって「やだ!あんたいつあんないい男捕まえたのよ!」と盛大な勘違いをしており、承太郎さんに向かって「いつも娘がお世話になっています。オホホホホ。」なんて猫なで声で話している。

もう少しゆっくりしてから家を出るつもりだったが仕方がない。
これ以上ここにとどまって母が爆弾発言を投下するのを待つつもりはない。リビングから鞄をひっつかんで慌てて承太郎さんの手をとり外に出る。
後ろからは母の「いってらっしゃ〜い」といういつもより幾分、いやかなり上機嫌な声が聞こえてくる。


ガチャンと玄関が閉まったのを確認し承太郎さんに向き直る。

「ど、どういうつもりですか!?」

「…?どう、とは?」

「いきなり家に来るなんて…、っていうかなんで家の場所知っているんですか!?」

「そんなもん、いくらでも調べられるぜ。」

しれっとして言う承太郎さんにハァとため息をつく。

(この人、かなり変わっているかも)

根本的に良い人なのだろう。だから私がまた襲われるのではないかと心配して迎えに来てくれたのだと思う。
それは間違いない。
如何せん唐突すぎるのが問題なのだ。
何のアポもなしに高校生の私を大人が、しかも承太郎さんのような日本人離れした男が車で迎えに来るなんてのはとにかく目立つ。
あの様子じゃあ母も完全に勘違いしているだろう。

だが理由が理由だけに真実を話すのは憚られる。一体どうやって説明すればいいのかと頭を悩ませた。



結局承太郎さんの運転する車に乗って学校に向かうことになった。学校から少し離れた所に止めてもらえば何とかなるだろうと信じたい。
運転する承太郎さんをチラリと見上げる。

(やっぱり格好いいんだよなぁ……)

ハンドルを操作する骨ばった大きい手、そこから伸びる高級そうな時計を付けた太い手首にチラリと見える筋の通った逞しい腕。同級生にはない、大人の男を感じる。

一昨日はこの腕に助けられたのかと思うと心臓が早鐘を打つ。
見上げるとそこには整った横顔がある。堀の深い顔立ちは恐らく彼はハーフかクォーターなのだろう。

そういえばこれだけお世話になっているのに彼のことをなにも知らないなと思う。


「俺の顔に何かついているか。」

じっと見つめていたのがばれていたらしい。「何も」と言いながら慌てて顔を前に向ける。
訪れた沈黙を破るように承太郎さんは口を開く。


「一応お前には言っておこうと思ってな。アンジェロの野郎は仗助がこてんぱんにのしたからもう悪事を働くことはないぜ。」

『絶対にな』そう付け加えた承太郎さんは珍しくニヤリと笑んだ。

「仗助君が…?」

「ああ。今日は学校にも来るだろう。奴がさぼらなければだが。」

アンジェロが悪事を働くことはもうない。承太郎さんがそう言うのだから間違いないのだろう。なんだが胸につかえていたものがスッと取れた感じだ。

「だが油断はできねぇ。この町が異常なことに変わりはねぇんだからな。お前も十分注意しろよ。」

そう言って承太郎さんはゆっくりと車を減速した。どうしたのかと思い周りを見るとその原因が明らかになる。

「アイツらがいりゃあ大丈夫だろ。帰りは奴らに送ってもらいな。最も奴らは勝手について来るだろうぜ。」

承太郎さんの言っている意味が分からなく頭に疑問符を浮かべるが「さっさとしな」と言い車から追い出されてしまった。
車の後ろを歩いていた仗助君と康一君は降りてきた私の存在に気が付く。

「あ、名前じゃねぇか。どうして車で…、って、承太郎さんっ!?」

仗助君は一人だけ驚いたように素っ頓狂な声を上げている。理由を知っている康一君は彼の横でハハッと苦笑いを浮かべている。

「やれやれ…うるせぇのが来たようだ。俺はうっとおしい話が嫌いなもんでな。もう行くぜ。」

もう行ってしまうのか。ほとんど無理やり連れてこられたようなものだというのに承太郎さんと離れることに一抹の寂しさを感じる。
私の表情を見てハァとため息をついた承太郎さんは私の頭に手を乗せてグシャグシャと髪の毛をかき乱す。

「ちょ…!承太郎さん…!痛い痛い!」

「フッ…。じゃあな。名前。」

そう言ったかと思うと車を発進させて行ってしまった。暫く彼の去った方向をボーッと見ていた名前。
だがフイに後ろから聞こえてきたけたたましい声に現実に引き戻される。


「名前!おいおめぇ、なんで承太郎さんの車に乗ってきてんだぁ?
それになんか…やけに親しい雰囲気だったよなぁ?康一、どう思う?」

「確かに…。あの承太郎さんといつの間にあんなに仲良くなったのか、僕も気になるよ。」

二人してズイと近づいてくるものだから私は後退するしかない。

「え〜…。えっと………。あ!学校に遅れちゃう!それじゃあ後で!」

それを説明する術を持たなかった私は苦し紛れの言い訳をしてダッシュで逃げる。距離は十分に離れているが捕まるのは時間の問題だろう。


(承太郎さん……、また会えるかな?)
彼の笑顔を思い出してふとそう思った。