5.蜃気楼の
『助けて…誰か…』
服を無理やり破かれた音、太ももに無遠慮に這わされた気持ちの悪い感触。それらを思い出した時私はすでに悲鳴を上げていた。
___ガチャ
ノブ音がしてハッと目を覚ます。どうやら自分は承太郎さんが出て行った後そのまま眠ってしまっていたらしい。
辺りに差し込む橙色の光からして時刻は夕方くらいか。眠っていたはずなにの全身に脂汗をかいており疲労は全くとれていない。あんな夢を見れば当然か。
部屋に入ってきた大きい影を見てホッと息を吐く。
「っ承太郎さん!」
彼の姿を見た途端堪らなくなりソファから飛び起きてその大きな胸に飛びつく。
「名前…?平気だったか?」
突然の彼女の行動にも特に驚いた様子もなくその飛びついてきた小さな身体を受け止める。
彼の言葉に何度もコクコクと頷く。
だから気が付かなかったのだ。彼の後ろにもう一つの影があることに。
「あ、あのぉ〜……。」
まさか聞こえてくるとは思わなかった声に気が付き承太郎の身体越しに後ろを覗き込む。
「えっ…!?康一君…!?」
「や、やあ、名前さん…。」
まさか承太郎に抱き着いた一部始終を見られていたとは思わず途端に恥ずかしくなり彼から距離をとろうとするが、何故か承太郎が離してくれない。
「じょ、承太郎さん…!?」
「康一君。すまないがしばらく外で待っていてくれ。」
そこまで聞いてハッとする。私の今の格好は承太郎さんの大きすぎる白いコートを羽織っただけで、その中は無残に切り裂かれた制服しか着ていない。
承太郎さんは私が康一君に今の姿を見られたくないだろうことを考えて、その大きい身体で隠してくれていたのだ。
小柄な康一君には私の姿は承太郎さんの影になってしまって全く見えないだろう。
「俺たちは外にいるからこれに着替えろ。」
そう言って二人は再び部屋の外に出て行ってしまった。
(何故康一君と…?仗助君の家に行ったんじゃぁ?)
疑問は残っているがとりあえず受け取った服に着替える。中身は何故か学校指定のセーラー服だった。
「これ…『広瀬』って書いてある。康一君のお姉さんの?」
いつまでも二人を締め出しておく訳にはいかない。着替え終わった旨を伝えると承太郎さんと康一君は中へ入ってきた。
「康一君、これって…。」
「ごめん、ちょっと古いけど僕の姉さんが着ていたやつなんだ。よかったらそのままもらってよ。」
それはとてもあり難い申し出だった。正直入学して早々制服を駄目にしてどのように親に説明すれば良いのか途方に暮れていたところだ。
承太郎さんはそれを見越して康一君に事情を話し、服を用意してもらったのだろうか。
その疑問に答えたのはやはり承太郎だった。
「仗助の家で事件があってな。康一君とはそこで出会った。康一君にはお前に起こった一部始終を話させてもらった。勝手とは思ったがすまない。」
承太郎さんの優しさが身に染みて鼻の奥がツーンとする。
「大丈夫、です…。なにからなにまで本当にすみません…。」
涙ぐんだ私を見た承太郎さんは「悪かった」と言い腰を支えながらソファへと誘導する。
たぶん承太郎さんは私に起こった出来事を自分が康一君に話したことがショックで涙ぐんでいるのだと思ったのだろう。
違う、そうではないのだ。私はただ承太郎さんの優しさに感動していた。彼は決して言葉が多い方ではない。
だが出会ったばかりでなにも知らない私のことを精一杯考えてくれ、傷ついた私の心をこれ以上傷つかないようにと包み込んでくれた。
感謝こそすれ謝ってもらうなどとんでもない。
だが今話そうとすると確実に目の奥に溜まった涙が流れる。これ以上みっともないところを見られたくないと思った私はブンブンと首を横に振り必死に否定の意を示す。
康一くんが心配そうな表情をしながらこちらを伺ってくるのが分かった。
承太郎さんはL字型のソファの長い部分に座り私の手を引くように座らせる。短い部分に康一君に座るように促した。
「康一君、制服…ありがとう。助かったよ。親に、何て話そうかと、思っていたから。」
ギュッと拳を握って言葉を絞り出す。
「い、いいんだ。気にしないで。今日仗助君と三人で承太郎さんの話を聞きに行く予定になっていたでしょ?でも君も仗助君も学校休んでいたからさ…。
何かあったのかと思って仗助君の家に行ったんだ。そこで承太郎さんと会ってさ、僕も話を聞いておきたいと思って連れてきてもらったんだ。」
康一くんは私の身に何があったのか承太郎さんから聞いて知っているはずだが、一切そこには触れてこなかった。それが今の私にはとてもありがたかった。
「ところで、仗助君の家で事件って…?」
承太郎さんに向かい訪ねる。すると彼は帽子の鍔を下げながら至極話しにくそうにして言葉を紡いだ。
「……仗助の祖父がアンジェロに殺された。」
その言葉に頭が鈍器で殴られたかと思う程の衝撃が走る。
「…え、」
仗助君のおじいさんが?殺された?何故?どうして?
「仗助が能力で傷を治したがすでに遅かった。恐らく仗助はしばらく学校を休む。平静を装っていたが奴は相当キテたぜ。」
私は言葉にならない怒りを感じていた。どうして仗助君のおじいさんが殺されなければならなかったのか。
奴の身勝手な行為が一体どれだけの人を傷つけたのだろう。
(許せない……。)
私は自分自身がされたことも忘れてただ怒りを感じていた。それが悪かったのだろう。
私の身体からスタンドの出る気配がしたかと思うとテーブルに乗っていたアンジェロの写真が突然横に真っ二つに切れたのだ。
「な、なにぃ…!?」
「しゃ、写真が…切れてるぅ!?」
驚愕してソファから立ち上がった二人はバッと私の方を振り返る。
「名前、これはお前の能力か?」
承太郎は写真の半分を手に取ろうとして気が付いた。半分になった写真の間になにか透明な見えないものがある。思わずそれに触れてみる。
「…壁だ。見えないが確かにここに壁がある。」
「ですけど承太郎さん、奇妙ですよ。僕でもこの壁は触れるのにこの写真が置かれていたテーブルは傷一つない…!」
説明を求めるように二人は彼女を見やるが当の名前は「やってしまった」という罰の悪そうな顔をしており顔を背けていた。
突然空間に現れた透明な遮蔽物に触れて承太郎はしばらく考え込んでいたが、やがて声を発した。
「____結界、か?」
その声に弾かれたように名前は承太郎の方を見る。
「名前、お前の能力は恐らく結界…、何かバリアのようなものを張るようだな。お前の好きな場所に出現させることができる…。その写真はお前にとっての攻撃対象だった。だから机は切断されず写真だけが二つになった…か?
初めてお前と出会ったときに使ったのもこの能力だな?」
(す、すごい…!やっぱり承太郎さんはすごいっ!)
二回私の能力を見ただけでズバリそのものを言い当ててしまうなんて、やはり彼はその道に精通した人間、一般の人間ではないらしい。
「承太郎さんの言う通りです。私の能力は結界を張ることです…たぶん。自分の思った所に出現させることができます。私が遮断したいと思ったものが面にあるとそれは切断されます。遮断したものは結界の内側に入ってくることは決してできません。」
ものは試しとテーブルの向こう側に人一人以上の大きさの結界を出現させる。見た目には分からないため「そこに出しました」と口で伝える。
承太郎さんと康一君はぺたぺたと見えない結界を不思議そうに触っている。
「こんなこともできます。」
そう言って私は彼らを囲うように結界を出現させた。そして彼らが誤ってぶつからないように自分の手でコンコンと結界を叩く。
「これは…、」
「で、でられないっ」
康一くんは突然の出来事に気が動転してしまい何らかを叫んでいる。承太郎さんはと言えば冷静に、自分を取り囲んだ四方の結界を興味深そうに触っていた。私はすぐに能力を解く。
「この結界、お前のスタンド本体か?例えばこの結界がダメージを食らえばどうなる?お前に跳ね返ったりはしないのか?」
このシールドの強度は折り紙付きだ。あの仗助君のスタンドの攻撃を無傷で防いだのだから、並大抵のことではビクともしないだろう。
「それはありません。現に仗助君のスタンド攻撃を受けても私は無傷だったじゃありませんか。それに…私のスタンド本体は『ここ』にいます。」
『ここ』と言われて名前が指さしたのは自分の斜め後ろの何もない空間。康
一はキョトンと首を傾ける。彼女が指さしたそこにはスタンド使いでない康一には勿論、承太郎にも何も見えなかった。
「見えないけど、触れば確かにいますよ。」
そう言った名前に承太郎は迷うことなく何もない空間に手を伸ばす。
「!!……確かに、『ここ』にいる。妙なことに見ることはできないがな。」
一見して何もない空間だが承太郎の手を伝って確かな柔らかい感触を感じる。
(…柔らかい?)
「じょ、承太郎、さんっ、」
自分の手に触れるやけに柔らかい感触と名前の赤くなった顔を見て、自分が彼女のどこに触れているのかやっと気が付いた承太郎はパッと手を離す。
「…………悪かった。」
「い、いえ。大丈夫です。見えないから仕方ないですもんね…。」
ハハハと笑いながら赤くなった顔を誤魔化す。
その横でスタンド使いでない康一だけが話しについていけずに頭にハテナマークを浮かべているのだった。