4.広い海
承太郎に支えられながらホテルまでの道のりを歩く名前。
まだ早朝の時間であったことと、メインストリートではなかったことから幸いにも人に出会うことなくホテルまで来ることができた。
私はと言えば未だ先ほどの恐怖が抜けきっておらず、承太郎さんに支えてもらうことによって足元から崩れ落ちそうになるのを何度も支えてもらっていた。
ほとんど彼に体重を預ける形で歩いてしまっていたが、迷惑そうな顔一つすることもなく私の状態を気づかいながらゆっくりと歩いてくれていた。
自分の体重を軽々と支えてくれるその逞しい腕に心臓が忙しなく跳ねるのを感じる。
承太郎さんが泊まっている部屋についたらソファまで促される。
「コーヒーでいいか?」
「は…はい。ありがとうございます。」
何とか絞り出した声は未だ掠れて震えていたが柔らかいソファに身を包まれて少し心にゆとりができる。
彼は私の前にコーヒーを用意してくれたかと思うとどこかに電話をし始めた。それが済むと私の隣のソファに腰かけてくる。
「平気か?」
「はい。ご迷惑おかけしてすみませんでした。」
「君の学校に電話をかけさせてもらった。体調が悪いから休むと。」
「ええ!?あ、ありがとうございます…」
確かにこの状態で学校に行く気にはなれない。それに今から向かったとしても完全に遅刻だ。
入学して早々欠席することに一抹の不安を覚えたが、そんなこと気にしていられる程の余裕はない。しかし承太郎さんは一体自分とどういう関係と言って学校に電話をかけたのか?
「……」
お互いの間に何とも言えない気まずい沈黙が流れる。
目の前に出された温かいコーヒーを啜りながらそれを何とかやり過ごそうとする。先に沈黙を破ったのは承太郎の方だった。
「思い出したくないと思うが、先ほどの話を聞かせてもらえないか?何故奴は君を狙ったのか…、ただの偶然か。
それとも以前にどこかで会ったことがある…なんてことはないか?」
先ほどの出来事を思い出して身体が震える。それに気が付いた承太郎は名前が持っていたコーヒーを彼女の手からそっと受け取りテーブルの上へ置く。
震えるその身体を落ち着けるように自分の手で彼女の小さい手を包むように軽く握った。
「っ…!承太郎さん…!」
重ねられた自分とは比較にならない程大きくてゴツゴツした手に顔が真っ赤になるのを感じる。
「…君の情報は今後他の人間や君自身を守るために重要なものだ。ゆっくりでいいから話してくれないか。」
力強いブルーグリーンの瞳に吸い込まれそうになるのを感じる。
(この人は信頼できる人だ。)
ただ漠然とそう思った。
私は昨日の学校帰りに仗助君と共に奴のスタンドと出くわしたこと。その時奴が言っていた言葉。それらを話した。
「…なるほどな。奴め、もしかしたら次は仗助を狙うやもしれんな。」
「えっ!?仗助君を!?」
「ああ。恐らく片桐安十郎…アンジェロはお前たち二人を殺すまであきらめないだろう。奴は生粋の人殺しだ。人を殺すことに快楽を見出している変態だからな。」
そう言うと承太郎は再びどこかへと電話をかけ始める。
「___仗助か?ああ。まだ家か?」
どうやら仗助君の家に電話をかけたらしい。
(それにしても仗助君、なんでまだ家に…?まさかさぼり?)
「おい、仗助。聞いているのか…?おいっ!」
急に声色が変わった承太郎に驚いてそちらに注目する。
「どうしたんですか…?」
「…予想通り、どうやら仗助の家に野郎は行ったようだな。」
「えっ…!?」
恐らくこの近隣で起こっている事件の変死体は奴のスタンドが関係しているのだろう。
何らかの方法で他人の身体の内部に入り込み内側から破壊する。アンジェロのスタンドは見た目だけなら水とほとんど変わりない。
もし間違えて飲んだりでもしたら…。
「何…!?捕まえた?
_____分かった。これからお前の家に向かう。絶対にそいつから目を離すなよ。」
そう言うと承太郎さんはクローゼットの中から予備のコートを取り出して羽織り始める。
「どこか行くんですか…?」
「ああ。どうやら仗助がアンジェロのスタンドを捕まえたらしい。行ってくるからお前はここにいろ。」
颯爽と出て行こうとする承太郎さんに不安になり、部屋の扉のドアノブに手をかけた彼の服の袖を軽く掴む。
一瞬疑問に思った承太郎だが自分の服を掴む震える手を見て理解する。
「名前、ここにいれば大丈夫だ。今俺について行って外に出る方が危険だ。分かるな?」
大きな手に頭を撫でられながら諭されてゆっくりと手を離す。
「すぐに戻る。そうしたら『スタンド』のことについて話そう。」
今後こそ承太郎さんは部屋から出て行った。