3.非日常へようこそ
気持ちの良い日差しを浴びて目を覚ます。
時刻はAM6:30
今日から本格的に学校が始まるのだ。
「名前―!起きてるのー?」
下から母の大きな声が聞こえてくる。
「起きてるよー。」
学校指定の制服に着替えて階段を下りてリビングへ向かう。テーブルの上には母が用意してくれたトーストとベーコンエッグにコーヒー。
起きたばかりでそれ程食べられないと思ったが、美味しそうな食事を前にすると不思議と自分がお腹が空いていたことに気が付く。
トーストにかじり付きながら何気なく点いていたテレビに目をやる。
『耳や目の内部が破壊されて変死するという事件が__』
「やぁねー。それ家の近所よ。もう7件目ですって。あんたも気を付けなさいね。」
そのニュースを見てどうしても昨日のスタンドを思い出してしまう。
「はぁ〜い。」
まぁ気のせいだろうと結論付けて私は気のない返事をし、その気味の悪いニュースからチャンネルを回した。
学校に向かうべく家を出た。
(そういえば何時に承太郎さんの所に行くんだろう。)
昨日のスタンドの件は少なくとも私たちの手に負えるものではない。
ついでに私の能力についても話したいこと聞きたいことが山ほどあるので、できれば学校が終わったらすぐにでも行きたい。
(学校で仗助君に聞いてみればいいか。)
そう結論付けて私は学校に向けて歩き出そうとする。
(あれ?)
何かおかしい。
「あ、足が…!」
動かない
バッと自分の足元を見るとそこに水のような液体が巻き付いている。
これはまさか
「やっ…!!」
声を上げる前に水のような液体に口を塞がれる。そのまま何かによって道の隣に位置する雑木林へと引きずり込まれた。
雑木林へと引きずり込まれた私はそのまま何者かによって地面へと押し倒される。
「うぐっ!!」
背中を打ち付けられて一瞬息がつまる。必死になって自分を押さえつけるものを押しのけようとするが、それは相当に力が強くビクともしない。
「捕まえたぜぇ〜。苗字名前。昨日お前の所を付けていた甲斐があったってもんだぜぇ〜。」
(こ、この声は…!)
「あ、あんた昨日の…、」
顔を見て確信した。私を押さえつけているのは紛れもなく昨日のスタンドと同じ顔であった。
そしてそれが承太郎さんが「決して近づくな」と言っていた男であることも。
それを確信した途端、私の身体は震える。
___片桐安十郎
昨日承太郎さんに言われてから気になって結局調べた。12の頃から殺人と強姦を繰り返し刑務所に入っていた男は死刑執行を待つ身であった。
しかしその死刑は何故か失敗。その後刑務所から逃走していて今も警察が追っているという連続殺人犯だ。
(つけられていた…!)
やはり昨日のうちに承太郎さんに相談しておけばよかった。しかしそんなことを後悔している場合ではない。なんとかコイツから逃げなければ。
「っ…!!ぁ…!」
力を入れて男から身を離そうとするが恐怖のあまり全く力が入らない。それにいつもなら何の問題もなく出現させられる結界も今は全く出すことができない。
「おまえさてはこの力のこと何も知らねぇなぁ〜?これは精神的なものが大きく作用するからなぁ。今のビビりまくっているおまえにはスタンドはだせねえ、よ!」
そう高らかに言ったと同時に私の制服の上着がビリィと嫌な音を立てて破けた。
いや、ひとりでに破ける訳はない。目の前のこの男の手によって無理やり布きれとされたのだ。
「い、いやあぁああああ、むぐぅ!」
突然のことに悲鳴を上げる私の声を抑えるように水のスタンドで私の口を塞いでしまう。
自由にならない手足に続き声も塞がれてしまった。
___絶対絶命
恐怖のあまり見開いた目から涙が溢れ出てくる。
片桐安十郎がその快感に染まった顔を近づけて舌なめずりをする。息がかかる程近くにある顔から逃げるように必死になって顔を背ける。だがそれも男からしたら僅かな抵抗。逆に顎をグッと掴まれてそちらを見ざるを得なくさせられてしまう。
「いいねぇ〜。女の恐怖に染まる顔っていうのはマジに興奮するぜ。しかも女子高生とはよ!興奮してもうこんなになっちまったぜぇ〜〜〜!」
片桐安十郎はスカートがめくれ露わになった名前の柔らかい太ももに、自らのモノを擦りつけるようにして気持ちの悪い笑みを浮かべる。感じたくもない固い感触を足に感じて更に涙が溢れる。
「じゃあ早速頂いちまうとするかぁ。」
スカートをめくり上げ私の下着に手をかけてくる。
(やめて…!誰か…!!助けてっ!!)
声にならない声を上げてギュッと目を閉じる。
「おい。」
辺りに低い声がしたかと思うと、ズドンと何かを殴りつけたような重い音が響く。
その瞬間自分を押さえつけていたものがなくなりフッと軽くなった。
訳が分からずそのままの体制で目を見開く。なぜならそこにいたのは___
「じょ…たろ、さ……、」
名前の方へ目をやった承太郎はその姿を見たと思うとカッと目を見開く。
片桐安十郎は先ほど承太郎が殴り飛ばした後、それを感じさせない程すばやくその場から消えていた。
元々追う気はなかったのだろう。傍に男がいないことを確認すると承太郎は名前の元へと行き状態を確認する。
彼女の状態は酷いものだった。制服の上着は無残にも破られており、スカートの中の下着も膝まで擦り下ろされている。偶然にも承太郎がここを通りかからなかったら彼女は…、
「名前、もう奴はいない。大丈夫だ。」
震えて涙を流す彼女の背中に、自らのコートを脱ぎかけてやる。
だが彼女の焦点は未だ虚ろでその瞳には恐怖が映っている。承太郎は一瞬迷い彼女の背に手を当てる。瞬間ビクリと身を竦めた彼女だがそれは一瞬のことでむしろ背に感じるその体温に、荒かった呼吸も徐々に正常に戻ってきているようだった。彼女が落ち着くまで承太郎はその背を擦り続けた。
何分そうしていただろうか。
ようやく物を考えられるくらいに落ち着いてきた名前はふと思い出す。
「……がっこ、いかないと…。」
ポツリと紡ぎ出されたその言葉に承太郎は当然の如く反対する。
「その状態で行くつもりか?」
ハッとしたように今の自分の格好を見やる。
制服は無残にも破り捨てられ承太郎の大きすぎる白いコートを羽織ったその姿は、明らかに普通ではない。自分の状態をまじまじと見た名前はそれを承太郎に見られていたのかと思うと途端に恥ずかしくなる。
「……とりあえず俺の泊まっているホテルに行くぞ。その格好じゃぁどこにも行けねぇ。」
「で、でも……」
助けてくれたのに申し訳ないが目の前の承太郎だって男なのだ。なんとなく尻込みしてしまい言葉を詰まらせる。
(無理もねぇか)
名前の心中を察した承太郎は別の提案をする。
「仗助の奴を呼んでもかまわねぇ。それなら問題ないだろ?」
それを聞いた途端名前は自分より遥かに背の高い承太郎を見上げてすがるように懇願する。
「じょ、仗助君には言わないで…!」
その顔は必死でありまた青ざめているようにも見えた。
「こんなこと知られたら、嫌われる…!せっかく仲良くなれそうなのに…」
それを聞いた承太郎は心の中でイラついた気持ちが湧き上がるのを感じる。彼女に対してではない。彼女にこんな気持ちを植え付けた片桐安十郎に対してだ。
性犯罪の被害者は黙すことが多い。それは自分がそういう対象になってしまったことに対して羞恥や罪悪感を覚えるからだ。周りに話して痛々しい目で見られるよりは自分一人が耐えて何事もなかったかのように振る舞う方が楽だと考えるのだ。
自分に向かい涙さえ浮かべながら必死になって懇願する名前を見てフツフツと湧き上がる気持ちがあった。
(…許せねぇ)
空条承太郎は人一倍正義感が強い性格だ。弱い者を虐げたり、他人の弱みに付け込んで悪事を働く人間を許せなかった。
ましてや自分より弱い女を____
己の中の苛立ちを彼女に悟られぬよう承太郎は「わかった」と一言言い、彼女を支えるように立ち上がった。