2.何かが変化している
入学式も無事に終わり帰路に着こうと校門前まで辿り着いた。
朝は東方仗助のマッハの走りでギリギリの所で間に合った。足の長い彼に引っ張られる形で走らされた私は現在とてつもない疲労感に襲われている所だ。

「はぁ…帰ろ。」

これは肉体的な疲労だけでないのは分かっている。

朝、空条承太郎と名乗る男から聞いた突拍子もない話。
その話を全て信じるという訳ではないが、彼が私と同じ能力を持っているということは紛れもない事実なのだ。
私自身この能力のことはほとんど何も知らないと言っても過言ではない。なぜなら今まで周りにこのような力を持つ人間がいなかったからだ。
約半年前から突如として私の傍らに佇むようになったそれは、姿こそ見えないものの触れれば確かな感触があった。最初こそ見えないから気のせいだろうと思うことにしたがおかしな力も付随してしまいいよいよ無視できない状況になってしまっていた。


危険な力なのではないかと薄々感じてはいた。
できればなくしたい、難しいのであればせめてそれが何であるのか理解して周りに害がないようにしなくてはならない。

(そうなると一度空条さんと会った方が都合がいいんだよなぁ…)

だが出会って一日も立ってない男、それも恐らく自分より一回りも年上であろう男といきなり二人きりで会うのはどうなのか。
やはり東方仗助に相談してみるべきか。

(あー!こんなに悩むなら入学式の前に相談しておけばよかったー!でもあの時は時間がなかったし…)

悶々と頭を悩ませていると「おっ」と朝さんざん聞いた声が響く。
声のした方向を振り返るとそこには私の頭を悩ませていた当人が手を挙げて立っていた。

「おめぇ今朝の、名前…だっけ?おんなじクラスだったな。よろしくなァ。」

「名前さん、僕も同じクラスだったよ。よろしく。」

「東方君に広瀬君…。こちらこそよろしくね。」

声を掛けられたことにより東方君の後ろに隠れていた広瀬君の存在に気が付く。

「おめぇ東方君とか!気持ちわりぃよ。フツーに仗助って呼んでくれって!タメだろ?」

「何か僕も広瀬君はくすぐったいから、できれば名前で呼んでほしいな。」

あまり男子を名前で呼んだ経験がないため違和感があるが、当人たちがそう言うのであればと「じゃあ仗助君に康一君で。」と慣れない名前を呼ぶ。なんだかこっちがくすぐったい気持ちだ。

「一緒に帰ろうぜ。方向、一緒だろ?」

まだ良く知らないクラスメイト、しかも男子と一緒に帰るのは気が進まなかったが朝の件で家の方向が同じであることはばれている。
特に用事もないしここで断るのは変だろうと考えて二つ返事でOKを出す。


気が付いたら二人に着いて行く形で帰路についていた。歩き慣れた道だが一緒にいる人が違うとこうも緊張するものなのか。二人が会話する後ろで私はじっと地面を見ながら歩いていた。

(これって私一緒に帰る意味あるのだろうか…?)

ふと疑問に思いなんだか悲しくなってきたところで仗助君が「ところでさぁー」とこちらを振り向く。

「名前はどうする?」

どうする?どうするとは一体なんなのか。二人の話しを聞いていなかったのでついていけてない。

「だから承太郎さんの話を聞きに行くかって話だよ。康一は興味あるみたいでよ、俺はどっちでもいいんだよなぁ。ぶっちゃけ。」

ああ、その話か。康一君は空条さんの話に興味があるみたいだ。けどスタンド使いでもない彼が興味本位で話を聞くなど危ないのではないだろうか?

「…私は、空条さんの話聞きたい。」

私の答えが意外だったのか仗助君は珍しいものでも見るかのように目を見開いている。

「へぇー、おめぇもかよ。じゃあ俺も聞いとくかなー。あんま興味はないけど。」

「え?二人とも一緒に行ってくれるの…?」

もしかしたら一人で行かなくてもいいかもしれない。そう思ってパッと目を輝かせる。

「僕も興味あるから。やっぱり自分の町で起こっている異変なら知っておきたいと思ってさ。」

「んじゃあ、承太郎さんには明日電話してみっか。今日はもう疲れたから帰りてーしよ。」


話を通して私たち三人は割と近くの家に住んでいるということが分かった。さすが小さい町である。

「ここのスーパーの店員が」とか「あそこの店がおいしい」とかご近所特有の話で盛り上がっている所にサイレンの音が鳴り響く。私たちのすぐ横を通っていったパトカーはどうやら私たちの向かう方向と同じ方へ向かっていった。

「…事件かな?」

「行ってみるか!」

仗助君の言葉を皮切りに私たちはパトカーを追って走り出した。



パトカーを追って到着した先は家から歩いて数分の場所にあるコンビニだった。
何人かの警察官が警戒するように拳銃を構えながらコンビニへと近づいて行く。その周りを取り囲むように野次馬が集まってきている。
私たちもその中の一人なのだからなんとも言えないが。調度隣にいたおばさんが何故かとても楽しそうに私たちに事のあらましを教えてくれる。

「強盗が女店員を人質に立てこもっているんだってよ。」

まさか自分の家の近くでこのようなことが起こるとは思ってもいなかった。調度昨日もこのコンビニを利用したばかりなのだ。
信じられない気持ちでいっぱいになっているとコンビニの入り口から、男と女が出てくる。その動きは明らかに不自然である。それもそのはず。
男は店員であろう女性に向かってこちらを威嚇するようにナイフを突きつけていたのだ。

「あ!僕あの女の人から買い物したことあるよ!」

康一君が小声で話すのと同時に警察官は男に女性を離すようにと説得を試みるが、興奮しきっている男はそれどころではないようだ。
一歩間違えたらすぐにでもブスリと刺しかねない危うい雰囲気がある。
男は私たちのすぐ横にあるパトカーで逃走する気なのだろう。その周りにいる野次馬に向かってどくようにと大声を張り上げている。

「怖えぇ〜…。康一、名前もうちょっと下がってくれよ。」

「ちょ、ちょっと待って。人が多くて…。」

人だかりが多すぎてなかなか車から離れられずにいると、興奮しきった犯人はその場で一番背が高くて目立つ仗助君を名指しする。

「おい!そこの変な頭しているガキ!さっさと車から離れろって言ってんだよ!殺すぞ!」

「あ…。」

嫌な予感がして隣にいる仗助君を見上げる。
その顔は先ほど「怖えぇ〜」と言い汗をかいていた人物と同じとは思えない程にプッツンしており、怒りのあまり瞳孔は散大していた。

「あ“あ”?」

「ちょ…!仗助君!」

男の元へ行こうと足を踏み出した仗助君を止めようと彼の腕を掴むが、それはあっさりと振り払われてしまった。横では康一君が顔を真っ青にして叫んでいる。

(ま、まずいよ!とめなくちゃ…!)

しかも犯人は離れるどころか逆に近づいてきた仗助君にさらに逆上し、今にも女性にナイフを突きたてそうな勢いだ。
咄嗟に結界を張ろうと力を発動させるが距離が離れすぎていてここからではとても届かない。

(今私まで出て行ったら怒り狂った男は確実にあの人を刺す…!)

「てめー頭来た!このままこの女にナイフ突きたててやるぜー!!!」

一歩も引かない仗助君に完全に理性を失った男はナイフを女性に向かい振り下ろす。

(マズイ!!)

もう猶予はないと悟った私は自分の能力が届く位置まで行こうと勢いよく人ごみを飛び出す。だが人ごみを飛び出した時点でそれはいらぬ世話だったことに気が付く。



一瞬のことだった。
(あれが仗助君の能力…。)

女性もろとも犯人を突き抜けた仗助君のスタンドの拳は、彼が拳を引き抜く一瞬のうちにその腹に空いた大きい風穴を塞いでしまった。
女性を庇うように自分の後ろへとやった仗助君は男に向かって冷たい口調で「外科医に取り出してもらうんだな。刑務所病院で」と言い放つ。
なんのことかと思い男の腹を見ると、そこにはくっきりと先ほどまで男が持っていたナイフが何故か腹の中に入っていた。
浮き出ているから正確に言えば皮膚の下に入っていると言った方が正しいだろう。あまりの衝撃に戦意を喪失した犯人はその場に崩れ落ちる。警察はすかさず男を確保した。

私は思わず仗助君の元まで走る

「仗助君!大丈夫!?」

「名前?どうしたんだよおめぇ、そんなに血相変えてよ。」

「どうしたじゃないよ!なんでそんな…、!?」

「どうした?」

突然言葉を切って男の方を凝視している私に疑問を持ったのか仗助君もそちらへと向く。
男の口から水色の、液体のような固形のような形容し難いものが多量に出てきたのだ。
周囲の警察官が「な、なんだ突然口を空けて!」と言っていることから、あれが私たちと同じ能力『スタンド』であることを理解する。

「おめぇ、あれが見えるのか?」

「う、うん。見えるよ。」

「…そういや朝承太郎さんが言ってたな。殴られた衝撃であんま聞こえてなかったけど。」

男の口から這い出てきた水のようなものは人の形を取り、素早い動きで下水へと入っていく。こちらを見たスタンドの顔を見て驚愕する。

「仗助君!あの顔、承太郎さんの写真の…!」

「ああ。どうやら奴もスタンド使いらしーな。」

スタンドは姿を消す前にその下品な顔を歪めて言葉を放つ。

「ククっ。これからはお前らを見ていることにするぜ。俺はいつだってどこからかお前らをみているからな。」

「なんだと!てめぇ!!」

仗助君が怒りを露わにする前にそのスタンドは下水道の中へと潜り込み完全に姿を消してしまった。


(あのスタンドは一体…?それにこのコンビニ強盗、)

承太郎さんの言う通り最近この町では物騒な事件が増えている。原因不明の殺人事件や行方不明者。警察も休む時間がないと聞くほどだ。

やはり『スタンド』が関係しているのだろうか?
先ほどのスタンド使いも私たちが同じ能力者であるということを理解しただろう。

「…仗助君、見ているって…一体、」

恐ろしさのあまり震える私に気が付いたのか、仗助君は私の頭に手をやる。

「大丈夫だって。明日承太郎さんに会って相談しようぜ。それに俺もいるしよぉ。」

気にすんな、そう言い私の頭をグシャグシャと撫でた仗助君の手は大きくて、なんとなく彼が言うのなら大丈夫なのではないかという気になる。


私の生まれた町、杜王町で何かが変化している。

________何かが