1.奇妙な男
杜王町、ぶどうヶ丘高校に入学した私、苗字名前

生まれた時からこの町で育ち、特に何に不自由する訳でもなく平穏に暮らしてきた極一般の高校一年生。

___ある一点を除けば、だが。


ある一人の男との出会いが私の運命を大きく捻じ曲げていくことになるなんて、この時は全く思っていなかった。


華々しい高校デビューを飾るための大切な日。
高校へと向かうべく歩き慣れた道を急いでいたところ。向こうからきゃあきゃあと黄色い声が聞こえてくる。生まれてこのかたこの町から離れたことがない私はその声の原因をすぐに理解する。
この杜王町に長く住んでいれば彼の存在を知らない者はいないだろう。その特徴的な髪型と日本人離れした体躯に彫りの深い顔立ち。

(東方仗助………)

彼と直接話したことがある訳ではないが、小、中学共に同じ学校に通っていたことは知っている。
当時から目立っていた彼だが最近では成長期のおかげかグンと背が伸び、より一層女の子の人気を集めているようだ。
先程の声は恐らく彼の取り巻きの女の子のたちの黄色い声だろう。近づくごとに自分のそれが確信へと変わっていく。

「仗助くぅーん、これから学校?一緒に行こうっ」

「今日も髪型決まってるねっ」

やはり東方仗助とその取り巻きの女の子たちだ。あまりの存在感に思わず来た道を引き返しそうになるが、ここを通らない限り目的の学校へ行くことはできない。

(仕方ない。ささっと通っちゃおう。)

更に近づいてみて分かった。そこにいたのが東方仗助だけではないことに。

「おい仗助、そいつらを追っ払え。くだらねー髪の毛の話をしている暇はねぇんだ。」

(?!あ、あの人東方仗助の髪型のことを…?!)

後ろ姿で顔はよく見えないが、白い服に身を包んだガタイの良い男性が今明らかに東方仗助の髪型を「くだらない」と言った。周りの女の子たちはその恐ろしい事態に顔を青ざめさせている。

「………てめぇー、俺の髪の毛がどうしただと?コラ」

そう、東方仗助は自分の髪型を貶されることを何よりも嫌う。
彼を知る人間であればそれは周知の事実であり避ける事柄なのだが、明らかにこの町の人間ではないであろう男性はそのことを知らないのだろう。

東方仗助がゆらりと身体を横に傾ける。私は知っていた。彼の後ろに付いている悪霊のような存在のことを。
何故ならそれは私にも現在進行形で付いているからだ。東方仗助は良くも悪くもかなり目立つ。それ程広くないこの町で騒ぎを起こせば嫌でも目につくのだ。
その度に見てきた彼の後ろに立つもの。
私も最近になって彼の後ろにも悪霊がいることに気がついたのだが、どうも彼の悪霊は私のものとは違い凄まじいパワーを秘めているようだ。それに殴られればあの男の人はただでは済まないだろう。私は咄嗟に自分の能力を発動させる。

ガァンと鋼鉄でも殴ったかのような音が辺りに響いたかと思うと東方仗助はそれに驚き自らの手を見つめた。その隙に白い服の男性は彼の頬を殴り飛ばす。

「げっ…!」

まさか男性が東方仗助を殴り飛ばすとは思っていなかったため思わず声に出してしまう。これって間接的に私がやったことになるのではないか。
男性はキャアキャア騒ぐ女の子たちを物凄い迫力で一喝したかと思うと先程の小さな声で存在に気がついたのか私の方を振り返る。

(……これはこれは、)

これまた物凄い美形だ。年齢は20台後半くらいだろうか。彫りの深い顔立ちにスッと通った鼻筋。透き通った翡翠の瞳は日本人らしくない。
どこか東方仗助と似たような雰囲気を持つ男性だった。

「………おまえ、まさか『スタンド』使いか?」

突然話しかけられて心臓が跳ねるが何とか動揺を落ちつけようと必死になる。
彼の言う『スタンド』というのが何なのかはよく分からないが、ここで応じたら確実に面倒なことに巻き込まれる。なんとなくそんな確信があり誤魔化すことにする。

「な、なんのことですか、スタンドって…。私、これから入学式なので失礼します。」

そう言って男性の横を小走りで走り抜ける。その先では先程男性に殴られ道端に座ったままの東方仗助と、もう一人少年がいる。
彼らを無視して学校に向かおうとする。

「おい」

力強い手に突然後ろから手首を掴まれて強引に振り向かされる。

「な、なに……」

次の瞬間には目の前に筋骨隆々の青い肌の色をした男の人が現れて私目掛けて拳を振り抜こうとしていた。

(殴られる……!)




咄嗟に目を閉じて顔を背ける。痛みを覚悟してビクビクしていたがいつまでたってもそれは訪れない。
恐る恐る目を開けると目の前には先程から私の手を掴み逃すまいとしている白い服の男性とその背後にいる先程私を殴ろうとした青い男性……。

(ん?青い?)

よくよく見れば青い人は姿形こそ人間に近いが何故か浮いており所々透けた箇所がある。

(これはまさか)

「やはりな。お前、『星の白金』が見えているな。」

私は早速やらかしてしまったようだ。

「スタープラチナ…?」

「惚けるな。お前は俺のスタンド、スタープラチナが殴ろうとした瞬間目を閉じて避けようとした。普通の人間ならスタープラチナが殴ろうとする動きに気がつくはずはない。だがお前は確実に目で追っていた。」

(や、やってしまった……!)

だが仕方がないことだろう。殴られそうになれば咄嗟に避けようとする、人間の反射だ。誰にでも起こる逃避行動。仕方がない。それにしてもまさか彼にも悪霊が付いていたなんて。知っていれば助けたりなんかしなかった。

「もう一度聞く。お前もスタンド使いなのか?」

男性は私の手首を掴んだまま尋ねてくる。彼にそのつもりはないのかもしれないがその身長と迫力のある顔からとてつもない威圧感を感じる。
彼が帽子の鍔に手をかけようと手を上げた瞬間に、私は先程殴られかけた恐怖が蘇り反射的にビクリと身を竦ませる。それに気がついたのか男性は罰が悪そうに「…やれやれだぜ」とため息をつきながら手を下ろした。

「すまない。怖がらせる気はなかった。俺は君にも同じ能力があるのか聞きたいだけだ。」

男性はそう言うが依然私の手首を掴んだままだ。私はただただ解放されたいがためだけに、力強くうなづく。

「み、見えています…!あなたの後ろにいる青い人も、東方仗助の後ろにいるピンクの人も、全部見えています…!」

早口で言い切った私は何故か原因不明の息切れを起こしている。なにをしたわけでもないのに冷や汗もかいてきた
東方仗助の後ろにいる少年は何がなんだか分からないのか私と白い男性を交互に見やり、目を点にしている。

「なるほどな…。先ほど俺と仗助の間に突然現れたものは君の能力か?」

私が咄嗟に出した能力のことを言っているのだろう。先ほどの男性の能力を見て誤魔化すのは得策ではないと感じた私は素直に頷く。

「俺の名前は空条承太郎。君の名前は?」

「苗字名前…。」

「君はこの能力についてほとんど何も知らないようだ。学校の後でも構わない。そこの仗助と一緒に俺の所へ来てくれないか?何故君がスタンド能力を持っているのかも気になるしな。」

突然過ぎる話しに思わず名前が挙がった東方仗助の方を思わず見やる。だが向こうも向こうでキョトンとしておりいまいち話の内容を飲み込めていないようだ。

「と、突然過ぎて何が何だか分からないんですけど…。」

「だろうな。長い話になるから改めて日時を作ってもらいたい。これは俺が滞在しているホテルの電話番号だ。」

そう言って空条さんから紙切れを受け取る。

(『杜王グランドホテル』…)

それは恐らくこの杜王町で一番大きいであろうホテルの名前だ。そこに空条さんが泊まっているらしい部屋番号が記されている。

「っと…、仗助、お前に会いに来たのには二つ理由がある。一つはすでに話した。お前はジョースターの人間ということ。」

(…?ジョースター?)

「そしてもう一つは、」

そう言った空条さんは自分の懐から一枚の写真を取り出す。

「この写真だ。ジョセフじじいの『スタンド』がお前の学校を念写した。」

空条さんはその写真を私たち三人に見せるようにこちらへ向ける。

「この町には何かが潜んでいる。何か…やばい危機がおめーの周りに迫っているぜ。」

その写真は私たちがこれから通うぶどうヶ丘高校の写真だった。だかそこに映っていたのははおどろおどろしい色をした空とどう見ても人の顔にしか見えないナニカ。気味の悪い写真に思わず顔を顰める。

「それとこいつだ。じじいがお前を念写しようとしたらコイツが映った。何故かはわからねぇ。」

もう一枚の写真に写っていたのは一人の男。しかし念写とは。悪霊…もとい『スタンド』にも色々は能力があるらしい。
首を傾げながらその写真を覗き込む私ともう一人の少年に対して空条さんは言う。

「コイツを見かけても決して近寄るな。危険な奴だ。警察に行っても無駄だ。」

「?なんで危険なんですか?」

疑問に思い思わず尋ねる。東方仗助ともう一人の少年も同じように疑問に思ったのだろう。空条さんの返答を待つ。

「…てめぇは知らない方がいい。ま、調べるというなら別だがな。とにかくこいつに会っても関わるんじゃねぇぞ。」

「………………」

納得がいかない。そもそもジョセフさんとやらが念写したと言われて、「はいそうですか」と簡単に信じられるわけがないのだ。この空条さんが言うこと自体もしかしたら出鱈目なのかもしれない。

(この町に危機が迫っている?言っている意味が分からない。)

____キーンコーンカーンコーン

遠くの方から始業を合図する予鈴が聞こえてくる。その音に私たちの会話は中断される。

(何か忘れている気が…っは!)

「入学式!!」

私が気が付いたのとほぼ同時にまだ名も知らぬ少年が叫ぶ。

「やっべぇ!えっと…康一に名前って言ってたよな?あんたらも新入生だろ?走るぞ!」

声を張り上げた東方仗助に、先ほどまで空条さんに掴まれていた方の腕を掴まれる。

「え?」

「えーと、そういう訳で話はまた今度聞きます!んじゃ!」

東方仗助は爽やかに言ったかと思うと、彼は私が疑問の声を上げる間もなく掴んだ手もそのまま学校に向かい走り出した。





(苗字名前、先天性のスタンド使いか。それとも…。)

それはまだ分からない。彼女の話を聞くまでは何も。

(入学式と言っていたし今日は奴らに会うことはできないだろう。図書館で続きを調べるか…。)

そう考えた承太郎は目的の場所へ向かうべくその場を後にした。