10.束の間の日常
結局男__小林玉美と言うらしい、が康一君に返したと思ったお金はただの切れ端であり、全額戻ってくることはなかった。
だが康一君は自分が子猫を殺していなかったということが分かり、その表情は少しホッとしているようだった。


___放課後

仗助君も康一君は用事があるからと言って慌てて帰っていった。億泰君は転校してきたばかりで先生からの説明があるようで、先に帰ってくれと言われてしまった。
彼らばかりとつるんでいるせいか、同性の友達が全くと言っていいほどいない私は一人寂しく帰路へとついていた。

(いい加減女友達作らないとヤバイな…。)

それにしても未だお日様は真上にあり天気はとても良い。
それもそのはず、今日は来週テストが控えていることもあり学校は半日だったのだ。なんとなくこのまま家に帰るのは勿体ない気がしてルートをはずれて海の見える高台へ向かってみることにした。


「ん〜、気持ちいい!」

授業で固くなっていた身体を伸ばすように伸びをする。心地よい風が肌をなぜる。
海岸から少し高い場所にあるこの高台は私のお気に入りの場所だ。天気のいい時は目の前の海が一望できる。そして何よりもここは地元民でも知る人ぞ知る極秘スポットだった。

ポツンと海の方を向いているベンチに腰かけてボーッとしていると、下の海岸に人間がいることに気が付く。

(ん…?珍しい。こんな所に人がいるなんて。)

背格好からするとどうやら男のようだ。砂浜にしゃがみ込み何かを探すようにキョロキョロしている。

(何してるんだろ…。怪しい〜)

挙動不審な男に警戒心が芽生えるがどこか既視感を覚えるその姿にジィっと見つめる。

「白い帽子に白いズボン…それにあの身長……。あ!」

間違いない。あれは承太郎さんだ!
特徴的な白いロングコートを脱いでいたため全く気が付かなかった。
承太郎だと気が付いたら居てもたっても居られるはずもない。私はベンチから立ち上がり崖のギリギリまに立ち大声で叫ぶ。

「承太郎さーんっ!!!」

どうやらその一声でこちらの存在には気が付いてくれたらしい。いくら人がいないとは言え大声を上げて自分を呼ぶ名前に呆れたように帽子の鍔を下げる。彼が気付いてくれたことが嬉しく私はピョンピョンと手を上げたまま飛び跳ねる。
まさかこんな偶然立ち寄った所で会えるなんて。今日はツイているのかもしれない。

「〜〜〜っ!」

承太郎さんは何かを言っているが遠すぎるのと波の音で全く聞こえない。

「なんですか〜〜?」

何とか彼の言葉を聞こうと少し身体を前に出す。だがそれがいけなかった。

「え、」

一歩踏み出した先には地面がなかった。咄嗟に重心を後ろに戻そうとするが一度進もうとした向きに逆らうことはできない。

「ひっ、きゃあああああああ!!!!」

海岸から結構高さがあるその高台はいくら下が砂浜とは言え落ちたらただではすまないだろう。
だが感じていた浮遊感は突然スッと消える。恐る恐る目を開けるとそこにいたのは___


「っ!!『スタープラチナ』!?」

筋骨隆々の青い人、承太郎さんのスタンド『スタープラチナ』が空中で私を抱きとめていた。その顔は無表情で相変わらず何を考えているのか分からない。
スタープラチナはゆっくりと砂浜にいる承太郎の元へ戻ったかと思うとそのまま彼に溶けるようにして消えてしまった。
必然的に承太郎にお姫様抱っこをされていることになる。
崖から落ちた恐怖よりも、今は目の前の承太郎に抱かれているという事実が衝撃的すぎて頭がうまく回らない。

「ったく…。てめぇはもう少し落ち着きってものを覚えな。俺がいたから良かったものの、落ちていたら死んでいたぜ。」

「ご、ごめんなさい…。」

確かにいくら承太郎さんに会えて嬉しかったとは言えあんな場所で跳ねるのは軽率すぎたかもしれない。

承太郎に呆れられたかも__

そう思うとなんだか悲しくなりシュンとうなだれる。

「立てるか?」

「は、はい。ありがとうございます。」

承太郎はゆっくりと名前の身体を砂浜に下ろしてくれる。少し落ち着いてきて彼の姿をまじまじと見ると本当に珍しい、というか始めてみる姿に驚く。
今の彼は上はタンクトップ一枚でその逞しい首筋や二の腕を惜しむことなく露出している。
それにしてもこんな場所で何をしていたのか。まだ海水浴シーズンには早いはずだが。

「…何してたんですか?上から見てましたけど結構挙動不審で怪しかったですよ。」

「……てめぇ、それが命の恩人に対する言葉か。」

「いたっ!」

ゴチンと承太郎さんの大きな拳で頭を叩かれる。最も彼からしたら全く力は込めていないのだがそれにしたって痛いものは痛い。
叩かれた頭をさする名前を横目に承太郎は質問に答える。

「…仕事だ。ここに滞在している間ボケっとしている訳にはいかねぇ。この辺りに生息する生物を調べていた。」

「承太郎さんの仕事って何ですか?」

「本業は海洋冒険家だ。主に水辺に生息する生物や海の様子などを調べている。
この町のスタンド使いの問題は残っているがそっちの方も休むわけにはいかないもんでな。」

初めて知れた承太郎さんのことに私は目を輝かせる。

「すごいっ!じゃあ承太郎さんは、『空条博士』なんですね!」

「正確には未だ『博士』ではないがな…。」

久しぶりに降りた砂浜に興奮してキャッキャと走り回り始める名前。

「……やれやれだぜ」

その様子をみて承太郎はポツリと零すのであった。



◇◇

「ねぇ承太郎さん!これってヒトデ?」

名前と少し離れた所にいた承太郎は彼女の方へ向かう。

「どれだ?」

「これ。」

自分の足元にあるヒトデを指さす名前。その先を見た承太郎は彼女の問いに頷く。そのトゲトゲした形状は名前の記憶しているヒトデの形とは全く異なり疑問が浮かぶ。

「ああ。これは『オニヒトデ』という種類のヒトデだ。毒があるから掴んだりするなよ。てめぇならやりかねねぇからな。」

「ちょ!流石にそこまで警戒心薄くないですよ!ちゃんと聞いたじゃないですか!」

「どうだか」と呟いた承太郎に頬を膨らませる名前。どうあがいても彼の中で私は子供なのだろう。

「……承太郎さんの首の所にある痣もヒトデの形ですね」

その言葉に承太郎は驚く。未だかつてこの星型の痣を『ヒトデ』と形容されたことはなかった。だがそんな例えも独特な発想も彼女らしいなと思う。

もっとよく見たいと承太郎の背中に回り込んだ名前は後ろの方で「ホントに星型だ」「珍しい」「かっこいい」などとよく分からない感想を述べている。
しまいにはその痣に触りたいらしく、彼女は背の高い承太郎の身体を支えにするようにその背に手をかけて触れてくる。
本当なら自分が屈んでやればいいのだが、それはそれで癪だった。

やはり背の高い承太郎の首を触ることは至難で、その身体はほとんど承太郎にすべて体重を預ける形で彼の背中にしなだれかかっている。密着したことで必然的に触れる彼女の柔らかい双丘。今更女の胸の一つや二つでどうこうなる程若くもないが、枯れ果てたわけでもない。

「…おい、名前。…っ!!」

そろそろやめさせようと彼女に声をかけるが不意に彼女の手が自分の首筋を撫ぜる。
偶然触れたものであったが突然背中から首筋かけて走ったゾワリとした感覚に承太郎は思わずその手を振り払う。

さして力が入っていた訳でもないが、全体重を承太郎に預けていた彼女はその衝撃を受け止めきれず海の方へと倒れ込んだ。


____バシャーン

驚きのあまり目を点にしたままその場に座り込んでいる名前。全身は水浸しだ。

「………冷たい。」

突然振り払われれば誰だって驚くだろう。それも海の中へだ。彼女が驚いて立ち上がることもできないのだろうと判断した承太郎は帽子の鍔を下げて罰の悪そうな顔をする。

「……悪い」

そう言って彼女を立ち上がらせようと手を伸ばした承太郎。それを彼女は掴んだかと思うと逆に海の方へと引っ張った。

「っ……!!」

当然承太郎は踏ん張るがまさか逆に手を引かれるとは思っていなかったので、あえなく彼女と一緒に海へとダイブした。

「アハハハハッ!騙されてやんの!!」

座った名前に覆いかぶさるような形で倒れ込んだ承太郎。勿論彼も水浸しだ。

「『水も滴る良い男』ですよ!承太郎さん!」

「…………てめぇ」

承太郎はスタープラチナを出現させたかと思うと物凄い勢いで水を彼女にかける。
だが名前とてスタンド使いの端くれ。クリスタル・ミラージュの結界を出現させてそれを防いだ。

「てめぇ!大人しくしてろ!!」

「いやですっ」

承太郎は名前をとっちめてやろうと追いかける。そこから自分のスタンドを駆使して逃げようとする名前。

珍しく承太郎の口元は微笑みの形を作っていた。